336.父親は……〜ミハイルside
「ミハイル」
ちょうど消去ペンで書き損じた部分を消している時、ガチャリとドアが開く。
ヤバい雰囲気を醸し出していた令嬢と同じ、空色の瞳の、ヘインズが入ってきた。
「どうした?」
「一応、報告に。
公女に頼んだ肉の内、音波狼の翼以外は、明後日には渡せるらしい」
「……翼……本当に……いや、わかった」
そもそもあの蝙蝠仕様の翼に、食材としての価値があるとは、聞いた事がない。
しかし妹の手にこかれば、それも可能になりそうな予感はする。
「その……見つかったのか?」
誰を、とは口にしない。
教えたのは、間違いなくあの令嬢だろう。
確か何年か前まで婚約していたはず。
しかしこいつはもう平民だ。
触れて良い、というよりは、触れても何かあった時に身を守れる後ろ盾が無い以上、危険だ。
「さあな」
「……そうか」
少し間を空けて、ヘインズが頷く。
本人も、今の立場はわかっているようだ。
多くのものを失い、今や身分は平民。
しかし、いや、だからこそ、以前よりも分別や状況判断能力は、ついてきたように感じる。
「お前はもう、体は平気なのか?」
「ああ」
夏の終わりに、こいつは魔法呪という、悪魔の絡んだ禍々しい呪いをその身に受けていた。
ギリギリのところで、妹によって雑な魔法回路が描かれた魔法具で、奇跡的な解呪となったが。
あの時義妹が自ら進んで、魔法呪となった。
その後、魔法呪としての義妹は、人へと戻った。
しかし欲望の反動と、身勝手な欲望を抱き、実の両親をその手にかけた罰だと言わんばかりに、醜い老女へと変貌を遂げた。
そうなる前の、黒い呪いの核となった時の体と、あの女の背後から纏わりついた黒い影。
そのシルエットは、酷似していた。
今、元義妹が収容された、北の強制労働施設に問い合せている。
そろそろ返事が来るはずだ。
「妹の様子はどうだった?
昨日から、顔を見に行く時間が取れなかった」
絶対、気にも留めていなそうだが、兄としては気になる。
「……え?!
あ、いや……いつも通り……そう、いつも通りだった」
「何故そう慌てる?」
怪しいな。
何かやらかした気配がする。
もちろんやらかすなら、妹の方だ。
いつも通り……妹のいつも通りは嫌な予感しかさせない。
「いや、そう、だな……そう、あの離れ、に初めて通されて……思いの外、小屋だったから、そう、それがな、はは、ははははは」
「……確か王家の影が作った妹の報告書を読んでいたな。
今さら、小屋で驚くとは思えんが?
というか、まさか2人きりで、あの狭い……」
「ちょっと待て!
それはない!
保護者2人も一緒だった!
なんなら、ミラ、じゃねえ、ミランダリンダ=ファルタン伯爵令嬢も一緒だった!
つうか流石に公女があの小屋で自活してんのは、普通は驚く所だと思うぞ?」
「そうだな。
だが絶対に違う。
何を隠している?」
立ち上がり、一歩進めば、怯えた様子で、一歩後退する。
更に一歩、もう一歩と、壁際へと追い詰める。
「そういえば、最近は妹と行動を共にする事も、多々あるようだな?
アトリエと称したあの場所で、2人きりになったりもしているようだな?」
とうとうヘインズは、壁に背をつける。
__ドンッ。
ヘインズの顔の横の壁に勢い良く手をつき、顔を近づける。
「妹は破廉恥だが、純粋な子だ」
「破廉恥は認めんのかよ?!
それもう純粋じゃねえだろ?!」
「手を出したら、潰すぞ、ああ?」
「潰すって……何を?!
ガラ悪!」
生唾を飲みこんで、気圧されつつも、言い返してくる。
普段から破廉恥に付き合うこの男には、何か耐性がついてきているに違いない。
__ガチャリ。
「キャ……」
「あらあら?」
不意にドアが開いたと思った途端、聞き覚えのある2つの声が重なる。
__ドサドサッ。
絡み合うようにして、見覚えのある女生徒2人が中へなだれこむ。
「こ、公女ぉ……」
「まあまあ、ついうっかり。
開き過ぎましたわ」
仰向けに倒れた休学中のファルタン伯爵令嬢の上に、破廉恥__妹が……馬乗りになっていた。
咄嗟に令嬢が庇って、下敷になってくれたようだ。
が、淑女らしからぬスカートの乱れに、目のやり場に困る。
視線を彷徨わせかけ……妹の腹に釘づけとなる。
「ラ、ラビ……その、腹は……」
「ふふふ、そうでしてよ。
もう少しで……ふふふ」
俺の反応に馬乗りのまま、頬を染めて愛おしそうに、
「父親はお前かー!」
思わずヘインズを殴りつけた。
※※後書き※※
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
フォロー、レビュー、応援、感想ありがとうございますm(_ _)m
やっと書きたかったこのシーンが書けました!
いきなり何でと思われたでしょうが、少しずつフラグは立ててたりするんです!
ネタバレはおいおいに。
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