322.自分と同じ空色〜ミランダリンダside

『「あははは!

さあ、行くわよ!」』

「コココココココ!」 


 人の2倍はありそうなバシリクスが、夫人をその手に鷲掴みにする。

手ももちろんそうだけれど、それよりも足。

更に大きい。


 緑のトサカのついたトカゲは、ポンと跳ねるようにして奥へと走り、飛び降りた?!

いえ、違うわ。

そう見えたけど、確かあっち側は急勾配になっていて、その先は海岸へ繋がっていたはず。


「待て!」


 公子が叫んで結界から走り抜けるのと、チリ、とした殺気を首筋に感じるのは、ほぼ同時だった。


「待って!」


 嫌な予感に、公子を静止しようと、今度は私が慌てて叫ぶ。


 そして視界の端から、何かが彼に飛びかかるのも、それと同時に起こった。


「ヴァルァ!」

「きゃあ?!」


 野太い咆哮に驚いて、地面にへたりこんだまま、両手で耳を塞いで叫んでしまう。


 太くて鋭い爪で、今にも公子を引き裂こうと襲ったのは、熊のような体つきの、顔が兎。

兎だからって、決して可愛らしくなんてない。


 牙を剝いて更に吠えるし、魔獣ではよく見かける赤い目は、爛々としていて恐すぎる。


「ここは結界内だ。

それに兎熊なら、公子の敵ではない」


 私に気を使ってくれたのね。

隣に立つ王子は無表情ながらも、そう教えてくれた。


 怖々と公子の方を見る。

彼は障壁で爪を防ぎながらも……どうして反撃しないのかしら?

何かを思案するように、眉根を寄せている。


「ヴァルァ!

ヴァルァ!

ヴァルァ!」


 その間も、普通なら吹っ飛んでいきそうな力で、兎熊は障壁を攻撃し続ける。

王子の言う通り、公子の作る障壁はびくともしていないから、きっと大丈夫。


 けれどやっぱり公子は、何か思案し続けている?


「……煮こみ」


 ボソリと横から声が。

そちらを見上げれば、王子もまた、何かを思案している?

……煮こみ?

小腹が空いたのかしら?


 __ヂリッ。

「ヒッ」


 また殺気?!

今度は全身に針を刺すような殺気を察知して、本能的に恐怖で身を竦ませる。


「「「グォン!

グォン!

グォン!」」」

 __ヴォン!

 __ヴォン!

 __ヴォン!


 3頭の黒い蝙蝠の羽を生やした黒狼が、勢いよくどこかから飛んで来て、結界に向かって吠えた。


 狼だとわかるものの、上向きの鼻は、どこか蝙蝠の顔にも似ている。

その3頭は咆哮と共に、牙をのぞかせた口から肉眼でも見える、揺らぎのような波動を出す。


 私のすぐ脇にあった低木が、震えたかと思えば、弾け飛ぶ。

初めて目にするけど、昔騎士団の遠征に加わった時のヘイン様から聞かされた通り、威力がある。

波動に触れると体の内側に、もの凄い共振動を与えて、ダメージを受ける、だったかしら。


 けれどそれは結界の外の事。

王子の張った結界の内側にいた私には、微細な振動すらも与えない。


「音波狼か……面倒だな」


 恐らく公子を視界に捉えている王子は、無表情なまま、そう漏らす。

空間を完全に遮断して保護する結界には効かないけど、ただ壁を作るだけの障壁では、こうはいかなかったかもしれない。


 それにしても公女がいた時に見せた顔は、どこに行ったのかしら。


「ヴァルァ!

ヴァルァ!

ヴァルァ!」

「「「グォン!

グォン!

グォン!」」」


 安全圏にいる余裕からか、もの凄く騒がしい。

どうして急にこんなにランクの高い魔獣が?


 走り去ったバシリクスもそう。

全て危険度B以上……多分……自信はないけど。

こんな時は引きこもり過ぎたと反省するわ。


 反省しても、私の手に負えないのは間違いないから、そっと気配を消して成り行きを見守るしか……。


「ちょっと、やだ!

騒がしいから出てきたら、これ、何事?!」

「ちょっ、師匠!

いきなり前に……って、レジルス王子?!

ミハイル?!」


 突然のハスキーな声と……聞き間違うはずのない声に、思考が停止する。


「……え、何で……ミラ……」


 赤い髪と自分と同じ空色の瞳が、結界の向こうに見えた。


「ヘイン、様……」


 きっと彼には聞こえないくらいの声が、知らず漏れる。

何年かぶりに、正面から見すえたあの人は……。


「ちょっと、ボーッとしてんじゃないわよ!」

「んぐぁっ」


 背の高い、スラッとした美女に、お尻を蹴り飛ばされた後、ゴロゴロ転がった。




※※後書き※※

いつもご覧いただきありがとうございます。

フォローやレビュー、応援、感想にやる気スイッチ押されてます。


本作の書籍化に伴い、予告通り本日タイトルを変更しました。

そして昨日からカドカワBOOKSでイラストが公開されています。

よろしければ、のぞいてみて下さい。


あとジャングル化した庭と、廃墟状態のベランダの片づけで、高確率で体力と腰がやられるので、来週いっぱいは不定期投稿となります……多分m(_ _)m

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