320.禍々しい指輪〜ミランダリンダside

「ロブール夫人」


 ロブール公子は、自分の母親に冷たく声をかけた。


「……ミハイル、お前っ……」


 夫人は喉から絞り出すような、まるで怨嗟がこもっているかのような声をだす。


 2つの同じ色合いの菫色の瞳が交わるのに、片方は底冷えするような、片方は怒りに燃えるような温度差。


 ただ1つ。

どちらもそこに、親子の情が感じられない事だけは同じ。


 この2人とロブール公女は本当に、血の繋がった家族なのかと思うくらい、似ていない。

今しがた見た公女はそれくらい、温かみと可愛らしさ、そして年相応の弾けた笑顔をしていた。


 あれが巷で流行りの小説の、ギャップ萌えなのね、と妙に納得してしまったわ。

もしかしたらヘイン様も、してやられたのかもしれない。


 こっそり二次創作なんかを、出版社に送った事もあるの。

作者が見てくれたら……嬉しい。

そんな気持ちで。


 返事はその後刊行された後書きの、お礼の欄に書いてくれていた。

見た時は、天にも昇る心地だったわ。

冒頭は皆様へ、だったから、私の他にもそんな読者がいたのも、その時知ったけれど。


 時々オリジナル……といっても流行りの小説の影響を受けてはいるのだけれど、小説も書くようになった。

最近出た新刊のイラストレーター様に、いつか私の小説も、と野望を抱いてしまう。


 いえ、小説と同じね。

これからは他にも、イラストを描く人が出てくる。

イラストも少し練習し始めたの。


 小説もイラストレーターも、きっと同志はいるはず。

いつかそんな集いを…………なんて、烏滸がましいかしら。


「あの時は不意打ちの魔法以外にも、どなたかの介入があったようだ」


 冷えた菫色に見据えられ、思わずビクリと体を震わせて、現実に意識が舞い戻る。

立場上、私の加護を知らないはずもなく、当然事実なのだから、今更否定もできない。


 公女の悪女的な噂もまた、違うのかしら。

だってこの人達のほうが、よっぽど悪女や悪人のようだもの。


 けれど、と思い直す。


 公女には突然、鞭で引き寄せられて盾にされたんだもの。

噂通り?

判断に迷ってしまって、ちょっとわからないわ。


 もしかして、とハッとする。


 あの溌剌はつらつとした顔に、してやられた?!

あの笑顔で小説で言うところの、推し認定というやつを、知らずやってしまったの?!


 でもヘイン様と密会しているのを知った時は、もしかして彼を手に入れる為に、公女がひと芝居打ったんじゃないかと、そう思ったのも事実で……。


 公女の婚約者だった第2王子の暴言が、日々エスカレートしていたのは、ヘイン様情報を集めている時から、知っていた。

これに関しては、間違いなく事実。


 その後突然第2王子が療養を取り、2人の婚約が解消され、第1王子が臨時講師として学園に突然赴任した時に、そう理由付けしていたようだもの。


 言動を諌めきれていなかったヘイン様も、何かしらは咎められるだろうと、当時少なからず察していたし。


 もちろん、それで除籍なんてあり得ない。

けれどもし、公女がそこにつけこんで、アッシェ公爵に示談をもちかけたとしたら?


 第2王子からの慰謝料の件は、どうやら本当らしいわ。

身分が1番高い王族が、自らの婚約者に対する暴言を、認めた事になる。

それなら側近候補として、長い間常に側にいたヘイン様にだって、公女は請求できてしまう。


 除籍処分となったなら、身分的にヘイン様は平民で、あの方は公女。

公女という立場を利用すれば、平民なんて好きにできてしまう。


 けれど自分が直接見た現実が、噂を否定しているの。


「だが、もう後れは取らない。

次期当主として、あなたを邸の牢へ連行する。

現当主からの沙汰も、追ってあるだろう」

「は、沙汰ですって?!

ふざけないで!

私は何もしていないでしょう!

それに私はロブール公爵夫人なのよ!

お前の母親よ!」


 とうとう夫人は怒りに任せて火球を放つ。


 けれどそれは、ことごとく霧散してしまう。


「何をどうやったのか知らないが、初級程度の魔法なら、どうとでもなる」


 息子の言葉で、夫人は更に逆上していく。


 何か、とても嫌な気配が夫人からしてくる。


 あの左手の中指にはめた指輪?


 よく見れば、桃茶色の指輪に、黒い靄が絡みついている?


「何、あれ……」


 思わずそう漏らすくらいには、禍々しい。

けれど他の人達は、全く指輪を注視しない。


 もしかして……気づいていない?



※※後書き※※

いつもご覧いただきありがとうございます。

フォローやレビュー、応援、感想にやる気スイッチ押されてます。


お知らせ記事やSSで報告したように、書籍化となり7/10発売予定です。

皆様のお陰です。

心よりお礼申し上げます。


書籍化に伴い、タイトルを変更致します。

急に変更すると戸惑われる方もいるかと思うので、鬱陶しいかもしれませんが、1週間程後書きを設けてお知らせを続けてから、今週末に変更したいと思いますので、お付き合い下さいm(_ _)m

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