287.ハイヨ、ハイヨー!

「ハイヨー!

シルバー!」

「メエ〜」

『きゃ〜!』


 私は前世の古いおとぎ話で定番の、愛馬にするようなかけ声と共に、羊に跨ってピョンピョン跳ねる。

ロープで下半身を羊に固定し、羊の毛を鷲掴みにして、振り落とされないような格好よ。

動きやすいパンツスタイルで良かったわ。


 ディアはそんな私の前で、器用にバランスを取りながら、とっても楽しそうにはしゃいでいる。


 それとなく魔法で羊の毛とディアを繋げてあるから、小さな聖獣様も、安全ね。


 傍から見ていると、あちらの世界で暴れ馬や暴れ牛に乗って耐える、ロデオみたいじゃないかしら?

あれ、なかなか危ないのよ。


 新婚旅行先でチャレンジした旦那さんが、振り落とされてまさかの足首捻挫。

捻挫で終わって、むしろ良かったなんて言われてしまうくらい、危ないの。

旅の後半、ケンケン歩きで観光していた彼の様子を思い出すと、何だか懐かしい。


 神官と誰かさんは、とってもハラハラした目で私に釘付け中。

振り落とされても身体強化を使うつもりよ。

心配しないでちょうだい。


 ロープは、うねる棘蔦をリメイク。

丸茄子の下から生えていたアレよ。


 生え際を神官の魔法で出した水刃でスパッと切ると、しばらくその場でうねってから、ピタリと止まったわ。

うねり方がまるで蛸。

ちょっと塩もみして食べてみようかと思ってしまったのは内緒。


 だって止まった後で断面を確認すると、間違いなく植物特有の繊維質な何かだったのだもの。


 でも丈夫なロープになりそうだったから、試しに棘を取ってみたの。

茄子のヘタのような材質のそれは、短刀を使ってフキやアスパラガスの皮を取る時みたいに、縦に削げたわ。

棘ごと綺麗に、スルッとね。


 短刀は誰かさん__ミランダリンダ=ファルタンと名乗ったあの子の物よ。

腰に下げていたから、借りちゃった。


 思っていた通りの人物で、アッシェ家の傍系にあたる、21才の伯爵令嬢。

やっぱり初めましてな間柄。


 今はハラハラと私を見ているけれど、ずっと下を向いてビクビクしていたの。

人見知りさんかしら?


 長めで重めの前髪だったから、お顔が隠れて分からなかったけれど、今は私を見上げてハラハラ中。

だから空色の瞳がキュートで、可愛らしい系の顔立ちだって、はっきりわかるわ。


「公女!

危ないですから……」

『おかあさん、たのしいね!』

「ふふふ、楽しいわね!

ハイヨ、ハイヨー!」

「メ、メエ〜」


 神官が何か言っているけれど、無視。

少しずつお疲れ感が漂い始めた羊には申し訳ないとは思うのよ?


 未だに動物か植物かは分からない仕様だけれど、あともうひと頑張り、お願いね!


 その胴を両足でポンと蹴り挟めば、メエ、と鳴きながら高めにピョン。


 蔦は羊のお腹と丸茄子のヘタを繋げているから、本当に飛んでしまう事はない。

丸茄子の下側は水刃で水平に切れているから、安定感もあるわ。


『品種改良した甲斐あったじゃ〜ん!

そろそろオイラは行くじゃ〜ん!』

『隊長、あそんでくれて、ありがとうー!

またね〜!』

『茄子の味噌焼きと海老天を作ったら呼ぶわね〜!

でも量産はストップよ〜!』

『オッケーじゃ〜ん!』


 念話で会話すれば、ドレッド隊長の気配が消えた。


「ハイヨ〜!」

「メ……ェ……」


 もう少し楽しめるかと更に蹴れば、最後の踏ん張りとばかりに今までで1番高く跳躍。

けれど羊は空中でクタリとして、急激にいくらかしおれた。


 不意に丸茄子がグラリと揺れる。

もしかして、今まで隊長が土に干渉して固定してくれていたのかしら?


 なんて思っていれば、羊が萎れてロープが弛んだのね。


「「公女?!」」

『おかあさん?!』


 羊に固定したディアとは違い、私はそのまま投げ出されてしまう。


 神官が慌てて私を追いかけてくるのが、視界に映りこむ。


 でもこんな時の為に、私には身体強化魔法も完備!

仮に彼が失敗しても、かすり傷程度で終わるわ。


 衝撃に備えるように、わざとギュッと目を閉じる。


 ほら、私ってば無才無能で魔力の低い、生活魔法くらいしか使えない設定じゃない?

綺麗に受け身を取ったり、無傷だと設定崩壊しちゃ……。


 __トサ。


 思っていたのと少し違うタイミングだし、慌てていた神官とは思えない、妙に余裕のある抱き止め方ね?

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