286.天啓

『ラビの好きな茄子じゃ〜ん!

羊は海老味じゃ〜ん!』


 あら、隊長から念話が。


 するとバロメッツの動きがピタリと止まる。

隊長が命じたみたいね。


『もしかして、私の為に品種改良してくれたの?』

『そうじゃ〜ん!

ラビの言ってたバロメッツを作ってみたじゃ〜ん!

茄子の味噌焼き食べたいじゃ〜ん!

陸の蟹はもういるから、陸の海老にしたじゃ〜ん!

プリプリ美味いじゃ〜ん!』


 それは隊長の食べたい物ではないかしら?


 陸の蟹はムカデ型魔獣の事よ。

ムカデ肉の天ぷらを食べながら、海老天も食べたいって言ってたの。


 改めて品種改良型バロメッツに目をやりつつ、バレない程度に鑑定魔法をかける。


 なるほど、元々はアウラウネという植物型魔獣ね。

色々かけ合わせて、品種改良したみたい。


 前世の昔話でも出てくるアウラウネ。

こちらの世界のそれは、下半身を花の中に埋没させた緑の何かなの。


 甘い密の香りや幻覚を見せる花粉、そして上半身を使って獲物を誘い出し、蔦で絞め殺して食べちゃうのは同じよ。


 ただ、上半身はその時々で変わるの。

大抵はこれまでに食べた事のある何かが多い。

女性の姿の方が捕食率が高いなら、学習して女性の上半身を選ぶようになるから、あちらの世界のような形態になりそう。


 かといって知能が高いかというと、一般的な植物レベル。

根が伸びる範囲での移動しかしない、前世で言えば、食虫植物みたいな魔獣よ。

味もまた、学習した味に似るから、当たり外れが大きいわ。


 でもこのバロメッツ……上から羊、棘の蔦茎、丸茄子。

ここまでなら大した事は無いのだけれど……更にその下からは棘蔦がうねっている。

この蔦で自走するし、攻撃力、そこそこあるわよ?


 食欲から新たな魔獣を生み出すなんて、罪な隊長ね。


『もしかして、量産した?』

『まだしてないじゃ〜ん!

覗き魔にお仕置き兼ねて出した、こだわり植物じゃ〜ん!』


 そういえば、誰かさんはもう後をつけないって、叫んでいたわね?


 ともかく、品種改良はこれ1体だけにしてもらいましょう。

流石に近くの村を襲ったら大変。


「公女!」


 念話中だと知らない神官が、返事がない事にしびれを切らし、どこか苛ついた様子で私に呼びかけ……。


「ンメェ〜」

 __ドカッ

「くっ、羊が?!」


 蔦茎が得も言われぬ速さでしなり、羊が足先の棘で神官に羊キックをお見舞いした。


 神官は咄嗟に結界魔法で遮る。


 羊はまるでバンジー紐で吊るされたかのように、ピョンピョンと軽やかなステップを踏む。


「メェ~」

(いいのかい?

よそ見してると俺の棘々が火を吹くぜ、アーハン?)


 耳栓が誤作動を起こしたのかしら?

そんな副音声が聞こえたのかと錯覚しそうなほど、昭和レトロ的アンニュイさを醸し出す、昭和顔。


「くっ……何故か腹立つ……」


 そうね、別名、馬鹿にした表情と言えなくもなさそう。

ピョンピョンしているし。


『いいなあ、ディアもピョンピョンしたい』


 ふふふ、頭のディアが楽しそうで何より……そうだわ!


 天使の天啓が降りてくる!


「ナックス神官!

下のうねっている蔦が生えているあたりを、水魔法で実ごと切断なさって!」

「しかし羊が邪魔です。

いっそ小間切れに……」

「何が噴き出すかわかりませんのに、それはいけませんことよ」

「ハッ、そうでしたね!」


 大嘘よ、せっかくだもの、食べたいわ。


 あら、ついうっかり心で一句詠んでしまったじゃないの。


 でも戦闘慣れしていないらしい神官は、神妙なお顔で頷いているし、これで良しよ。


「あなたは土魔法、使えますわね?」


 改めて誰かさんに声をかければ、不意打ちしてしまったのか、ビクリと体を震わせる。


「え?!

あの、は、はい。

でも……私には……」


 けれど、すぐに自信無さげな様子で、うつむいてしまう。


「でしたら、あの羊が地面に着地して、棘の蹄が刺さったタイミングで、足下の土を硬化していただけて?

近寄らなくても、あなたの魔力量ならばできますし、急ぎませんわ。

落ち着いて狙えばよろしいのよ?」

「え、あの、それだけ……」

「ええ。

ナックス神官。

羊はこの方が止めて下さるので、それまで羊キックを華麗に躱しながら待機なさって」

「……羊キックを華麗に……わかりました!」


 そうして隊長がバロメッツ本体を止め、誰かさんが羊を固定し、神官がうねる蔦の切断という、難易度がかなり低い、緩やかな共闘を開始する。

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