284.自走するバロメッツ?

「はあ、はあ……今、声がしま、せんで、したか?」


 不自然なところで声を途切れさせる神官は、未だに息が上がっている。


 これでは、すぐにここから離れるのは無理ね。


「そうかしら?

お疲れ過ぎて、幻聴が聞こえたのではなくて?」


 __ひぃぃぃ〜!!

__もうしませんから、助けてぇ〜!!!!


 まあまあ、声が女性だっていうのがわかってしまったわ。


「や、やっぱり……近づいてますね」


 訝しげな顔の神官もはっきり気づく。

息を整え、そして索敵魔法を使った。


『ディア、ドレッド隊長、こっちの神官が索敵を使っているの。

そろそろお遊びは止めておいて』


 きっと楽しんでいるだろう聖獣ちゃん達に、一応、念話で話しかける。

隊長は問題ないけれど、ディアが遊びに夢中になって、万が一魔法に引っかかると面倒だわ。


『おかあさん!

追いかけっこ楽しいよ!』

『ディーも特訓じゃ〜ん!

隠れんぼ追いかけっこじゃ〜ん!』


 駄目ね、どちらも止めてくれなさそう。

でもディアをディーと呼んで可愛がる隊長は、ちゃんとわかってくれているみたい。

これなら、索敵魔法への問題も無さそう。


「人と……魔獣?!

公女、隠れていて下さい!

人が魔獣に追いかけられているようです!」

「ええ、よろしくてよ。

先に……」


 下山すると伝えようとして、続くディアの言葉にハタとなる。


『隊長!

羊のおなかから、つるがいっぱいだね!

おもしろ〜い!』

『そうじゃん、そうじゃ〜ん!

自走するバロメッツに、品種改良じゃ〜ん!』


 ……何してるのかしら、うちの子達。


 バロメッツは前世のおとぎ話に出てくる、中世ヨーロッパに伝わる伝説の植物……いえ、動物になるのかしら?

確か中国なんかにもそんな伝承があったような、無かったような?

ネットサーフィンできないから、今更確かめられないのは残念ね。


 確か木の実から生まれる植物……動物?

どうしてずっと動物と迷うのか、なのだけれど、すっごく丈夫でしなる木に実がなって、熟すと羊が生まれるらしいわ。

羊のお腹はその木と繋がっているのですって。


 あちらの世界の別名は、スキタイの仔羊。

スキタイ人が帽子の裏打ちにこの羊の毛を使ったとか、何とか。


 この羊毛はとっても重宝されていたらしくて、しかも子羊のお肉は蟹の味がするらしいの!

羊なのに、蟹よ、蟹!

何だかいつぞやのムカデみたいよね。


 実から生まれた羊は生きているらしくて、お腹と木の茎……幹の事かしらね?

それが繋がったまま、周りの草を食べつくし、やがて飢え死に、本体が……本体なのかしら?

とにかく枯れるみたい。


 どちらにしても、木の部分はわからないけれど、羊自体は頭の先から尻尾まで無駄な所がない、素敵な素材でしょう?

あ、もちろん本来は自走なんてしない、ほぼ人畜無害な生き物なはず。


 なのにどうして、こちらの世界では初耳のバロメッツなんて存在が、自走しているのかしら?

それも……品種改良?


「ひぃぃぃ〜!!

誰かいませんか〜!!!!

もう後をつけないから、許して〜!!!!」


 あらあら、とうとう気のせいでない距離まで近づいてきたのね。

胡麻粒から次第に豆粒サイズ、更にその上のサイズになっていくわ。


 日に当たると青みのでる焦茶のロングヘアを振り乱し、恐怖に追い立てられたような彼女は、どこかで見たような空色の瞳をしているわ。


 息を整えた神官は、今度こそ身体強化魔法を使って彼女の方へと疾走する。


「こちらです!

彼女と隠れていて下さい!」


 まあまあ、結局巻きこみ事故に遭ってしまったわ。


「あ、ありがとうございますぅ〜!」


 そう言って、私の方へ駆けてきた。


「はぁ、はぁ、あ、あの、あの……」

「落ち着いて。

まずは息を整えてはいかが?」


 息も絶え絶えに話しかけようとするのを、まずは落ち着かせましょう。


 そう思って声をかければ、スーハー、スーハーと深呼吸。


「ありがとうございます。

本当に助かりました。

よろしくお願いし……え……えぇ……えぇぇぇぇぇ?!」


 今度は何事?!


 少し落ち着いたらしく、私を見てお礼を言ってくれていたのに、突然仰天されてしまったのだけれど?


「何ですか?!

あの魔獣?!」


 かと思えば、神官は神官で騒がしいわ。

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