279.只者ではない〜ナックスside

『……わ、私は今日はこれで……』


 油断して第1王子のせいで魔法を無効化され、抵抗虚しく、あの馬鹿力の公女に連れ去られ、それでも何とか断ろうとした。


 私の体を切り刻んだ末に、下手くそな縫合などされてはたまったものではない。


『タダで逃したり致しませんわ!』

『仮にも四大公爵家の公女がタダって何です?!』


 しかしガシッと右腕を腕を絡ませ、引きずる公女は全く聞く耳をもってくれない。

年ごろの娘が神官とはいえ、男の腕に己の腕を絡めるとは、破廉恥極まりない。


 後ろからついてくる第1王子の刺すような、ドス黒い何かを纏わせて殺気立つ眼差しが、私達の腕に突き刺さっていた。

きっと王族として、公女のそうした行動に何かを物申したかったに違いない。

どうせなら私の魔力の無効化を止めて公女と引き離して欲しかったのに、何故黙って視線を突き刺していたのだろう。


『皆〜!

お手伝いしたい子は集まってくれるかしら!』


 やがて公女はある部屋に入ると、外で遊ぶ小さな子供達を窓から呼んだ。

もちろんまだ私の腕はまだホールドされていた。


 集まった子供達は、キラキラした瞳で公女を見る。

もしや悪魔の所業をいたいけな子供達に?!

ハサミまで持たせた?!


 一体何をさせるつもりかと警戒した。


 後から公女の同級生らしき少女も来る。

しれっとハサミを手にした。


『神官のオジサンと一緒に、残りをチョキチョキしてくれる?

パッチワークは、刺繍も得意なそこにいるお姉さんがお手本を見せてくれるわ。

ね、カルティカちゃん』

『はい!

頑張ります!』


 黒髪の眼鏡娘が元気に返事をしたが、誰がオジサンだ!


『私は最年少で上位神官となった、まだ25才ですよ!』

『子供達は10才未満ばかりですから、25才なら十分オジサンでしてよ。

最後はこのオジサンが片づけのお手本を見せてくれるから、頑張ってちょうだいね!』


 そこで初めて公女は腕を解放し、そう言いながら公女は棚から取った布束をドン、と机に置く。


『私はオジサンでは……い、いえ、それより……』

『『『『『は〜い!』』』』』

『そんな?!』


 私の反論は子供達の元気な声にかき消された。


『神官のオジサン、しよ?』

『ふぐっ……ええ……』


 しかし結局は猫っ毛の1番小さな男の子に誘われ、止めを刺される形で了承した。

男の子は後にカイと名乗ってくれた。


「申し訳ありません、猊下。

結局あの後、公女は魔獣避けのメンテナンスや修理、魔石の魔力補填等で子供達と忙しくしていて、声をかける暇もなく……私も孤児達に夕食の支度の手伝いの誘いを無碍にできず……」


 散々な目に合い、這々の体で教会に戻った私は教皇猊下への報告を終わる。


 いたいけな公女を救いに行ったはずなのに、何という仕打ちか。

しかしそれは同時に、教皇猊下からの依頼を叶えられなかったという事でもあった。


 猊下は当初、机に座って書類に目を通しつつ、微笑みながら報告に耳を傾けていた。

しかし今は両手を机の上に置き、拳を握って震えている。


 それはそうだろう。

この上位神官である私は、孤児達の遊びに付き合った上に、最後は孤児達と準備した夕食まで食べて帰った。


 もちろん合間に逃げ……離れようとした。

だが一旦何処かへ行った公女は、何食わぬ顔で現れ、しれっと子供達を煽り、次の行動を仕向けてまた何処かへ消えるのだ。


 公女の有無を言わせぬ話運びと笑顔の圧。

あれは只者ではない。

魔力の少ない凡庸な、血筋だけの少女と侮り過ぎた。


「………………くっ」


 猊下はとうとう怒りを声に漏らしてしまったようだ。

何とも自分が情けない。


「申し訳……」

「くっ、くくっ……ふっ……あはははは」

「げ、猊下?!」


 しかし謝りかけるも、突如笑い始めた猊下に面食らう。

長らくお仕えしてきて、初めて見る奇跡の爆笑だ。

それ程に猊下はいつも穏やかに微笑む様しか見せない。


「はぁ、ふふ……くくっ……いえ、久しぶりに笑ってしまいました。

それに頭の硬い貴方が……ふふっ……裁縫に、夕食の支度……ぷくくっ。

そうですか、の孫が……」


 あ、頭が硬いと言われてしまった?!

そう思われていたのだとショックを受け、最後の囁きのような声を聞き漏らす。


 もちろん猊下の言葉は否定できない。

私は融通が利く方ではないのだから。

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