278.切って縫う
「せっかくの申し出だけれど、辞退しますわ」
「な?!
心配しなくとも……」
慌てて腰を浮かしたりして、そんなに意外な答えだったのかしら?
神官達は教会至上主義者が多いから、普通に話したのでは理解して貰えないでしょうね。
「何も心配していなくてよ。
教会より今の生活が楽しいだけですの」
「楽しい?!
濡れ衣を着せられてもですか?!」
「魔力が少なくて、無才無能、嫌な事からも逃げる、義妹虐めが趣味の悪女、かしら?」
「そうです!
あ、いや、魔力については……まあ……」
何だかバツが悪そうに言い淀んだわ。
魔力の高さは、教会でも一種のステータスですものね。
「半分は合っていてよ?」
「何を気にされているのです!
公女の生活も、教会なら見て差し上げられます!
魔力だって平民程度にはあるのですから、ちゃんとした指導を受ければ……」
「え、嫌でしてよ?」
思わずドン引きしてしまうわ。
そもそも一般的公女の生活って、お金がとってもかかると思うのだけれど……ケチる気よね、きっと。
もちろん今の生活水準なら……そういえば自給自足しているけれど、私が陰で活動する為に揃える魔獣素材って、かなりお高かったわね?
「な、何故そのような表情を……」
「ああ、お気になさらないで?
うっかり表情を取り繕うのを忘れてしまっただけですの」
「取り繕う……」
ガガーンとショックを受けたお顔になった意味がわからない。
私の方が何故と言いたいわ。
なんて思いつつ、気を取り直して話を続ける。
「コホン。
とにかく特に努力する必要性を感じないし、そもそもどうでも良い事に努力はしたくありませんの」
「どうでも良い……」
「貴方が思うよりも、ずっと楽しく暮らしていますもの。
それにおわかりでないようだけれど、私の幼少期から、お兄様はちゃんとした講師を招いておりましたわ。
もはや執念とも呼べる程の熱意で、私に教育を受けさせようとことあるごとに追いかけ回してらしたのよ」
「執念……追いかけ回して……」
「今の生活はとっても楽しいから、教会に連れて行かれたら、数分で逃げてしまいますわ」
「逃げ……」
「それから無才無脳と言われておりますけれど、これでもあのロブール公爵家の次期当主の教養の強要からは、九割九分九厘、逃げおおせてきましたわ」
「九割九分九厘……」
「そちら方面だけは才能豊かですの。
教会であっても裸足で全力逃走して、逃げ切る自信しかありませんことよ!」
胸を張って宣言すれば、神官は驚愕しながらの合いの手をやめて、目を白黒させる。
ハッ、これが噂のザマアってやつね!
私、今ザマアしたのよ!
「ふぐっ」
どうしてかしら?
隣から何かを吹き出したような音と、小刻みな振動を感じるわ。
でも隣は見ない!
王子なんて気にしない!
そうそう、魔力を大きく使わずに、極限まで細くした網を巡らすようにした索敵なら、相手に気づかれずに現在地を探れるわ。
気配と魔力を消して、脇目も振らずに全力疾走すれば、大抵逃げ切れるのよ。
お兄様から逃走する為にマスターした逃走技術を舐めないでちょうだい!
転移すればもちろん簡単に逃げられるけれど、こんなにも魔力差があると、ズルしてるようで格好悪いでしょう?
「さあさ、私へのお話は終わりまして?
子供達の所に戻りますわ」
「お、お待ちを!
とにかくまずは、教会へお越し下さい!
教皇と共にお話を……」
あらあら、教皇なんて物々しい肩書きが登場ね。
そうは問屋が卸さない!
「まあまあ!
切断したいと!
よろしくてよ!
切断しにまいりましょう!」
「は?!
え、切断?!
何を?!
離し……力つよ……王子、魔法を無効化しましたね?!
こ、公女!
力強いのですが?!
まさか身体強化?!
まずは平和的解決を!」
「レディに力が強いなど失礼でしてよ!
身体強化など魔力がもったいなくてしておりません!
貴方が軟弱者なだけでしてよ!」
「な、軟弱……」
「ちょっと切って縫うだけの、簡単な作業ですわ!」
「切って縫う?!
王子!
笑っていないで……って、貴方そんなに笑うタイプではないでしょおぉぉぉ!!」
ごちゃごちゃうるさいから、取りあえずサクッと作業場に連行して、実はまだまだある布を気の済むまでチョキチョキして貰っていましょう。
本当は魔獣避けのメンテナンスを手伝って貰いたいけれど、高位神官ほど魔力を個人的に使うのを嫌うの。
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