277.紫ラインの神官

「ど、どうぞ」


 カタカタ手を震わせながら、院長がお茶を出す。

とっても緊張しているのは、王子や公女がいるという理由だけではないの。


「ありがとう、院長」

「それで、何故貴方が?」


 お礼を言って、できるだけオジサマの緊張をほぐすように微笑みつつも、基本は無表情がデフォルトの王子の言葉には同意しかしないわ。


 部屋で待っていたのは、口元にだけ笑みを浮かべる目の笑っていないクリーム色の神官服を身に着けた神官。

それも詰襟には紫のラインだなんて。


 亜麻色の髪に、この国では多い碧眼の彼は、教会に10名しかいない高位神官。


 ……逃げて良いかしら?


「初めまして、ロブール公女。

私はナックス。

教会で上位に位置する神官の1人です」

「初めまして、ナックス神官」


 院長は退出したから、私はいつもの淑女の微笑みに切り替えてご挨拶よ。


「私が何故ここにいて、公女との面会を望んだかを話す前に、第1王子も外へ出ていただけますか」


 もしかしたら院長へは、事前にお茶出ししたら出て行くように言ってあったのかもしれない。

だってここ、院長室だもの。


 上位神官は王子を敬称となる殿下とは呼ばないみたいね。


「何故だ?」

「ロブール公女と話をしたいと申しませんでしたか」

「2人きりとは聞いていない。

私がいてはいけない理由は?」

「貴方がいては公女の本心がお聞きできません」

「本心?」


 ナックス神官の言葉に眉をひそめる王子。

王族が不快な表情を表に出したら、貴族は少なからず萎縮するもの。

けれど目の前に腰かける彼は気にしないみたい。


「失礼ながら公女が第2王子と婚約中、絶えず手酷く扱われ続けた挙げ句、義理とはいえ公女の妹にあたる方と堂々と浮気をされていたとか。

学園では第2王子主導で故意に悪評を流され、お優しい公女は精神的に傷つく事もあったでしょう。

公女は残念ながら四大公爵家の血筋ではあっても、魔力保持量が低く、平民程度。

そのせいか家族からも無碍にされ、きっとままならない思いがおありであるはず。

私は偽らざる本音をお聞かせ頂くため、こうして参りました」

「「……」」


 やだ、王子共々二の句を告げられないわ。


 彼が言っている事は真実よ。

私の心情以外は。


「……ままならない?」


 王子は私を凝視してボソッと呟くの止めてくれない?


 実際の魔力はこの国で多分1番多いの。

それに元婚約者と元義妹の思春期による反抗期的イチャモンを、右から左に受けずに流しっ放しにしていたわ。

好きな事だけしかせずに、王子妃教育どころかお兄様の教養の強要からも逃げ続け、学生生活をエンジョイしていたの。


 それを全て知ってしまった隣の王子の視線も含めて、ボソッと発した呟きが痛いのだけれど?


「やはり王家は、これまで公女になさってきた第2王子の所業を、軽くお考えのようですね。

それとも貴方の弟君が広めた、悪女とやらの噂を鵜呑みになさっているのですか?

私は、教会は、学園の外での公女の振る舞いを調査しました」


 何だか自信満々に、前世の興信所を使った身辺調査をしたかのような発言をしたわ、この神官。


 王子も眉間に皺が出来たわよ?


「孤児院での活動中の評判は良く、人柄は温厚。

義妹を虐めた?

全てが貴方の弟君とその浮気相手の狂言です!

恥知らずにも程がある!」


 ええ、ほぼほぼその通りね?

でもその恥知らずな浮気相手はロブール家の元養女だったから、元義姉だった私にもブーメラン効果をはっきしているって、少しは察してくれない?


「公女!

恐らくロブール公爵家の面々も、王族達のように公女の心の傷を見て見ぬふりしているのでしょう!

2人きりになってから提案しようと思っていましたが、このまま1度教会にお越しになり、話をお聞かせ下さい!

望まれるようならもちろん、教会は責任を持って保護させて頂きます!」


 どうしましょう?

神官の中でも襟に紫のラインの入った神官服は、この国の最高神官である教皇の身辺を世話する事を許された証でもある。

つまりそこそこの権限があるって事よ。


 思いこみも激しそうだし、1度教会に入ると私の意志を完全無視して、取りこもうとされそう。

この手の人種は人の話を聞かないか、自分に都合よく曲解するのよね。


 まるで元婚約者や元義妹のように。


 でもそもそも無才無能公女を教会に連れてって、何の利があるのかしら? 

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