195.クマさんと低音ボイス
「久しぶりね、お義姉様。
相変わらずみすぼらしい格好だこと。
公女がそんな大荷物を背負って歩くなんてみっともないのではなくて?」
何だか久々に従妹で義妹のシエナに出くわしたのだけれど、そういえば先月あった家族のお食事会以外で見ていなかったような?
それにしてもどうしたのかしら。
随分
あら、目の下にクマさんが住みついてるわ。
青クマさんが茶クマさんに衣替えすると永住しかねないから、日々のケアはちゃんとしないと若さだけで乗り切れなくなるのよね。
髪も何だかパサついているようだし、唇も夏なのに乾燥しているわ。
蜂蜜あげたら塗るかしら?
それにしてもこの子、こんな所で何をしているの?
この通路は片側が壁だけれど、外通路で片側は柱しかないの。
お庭を見ながら移動できて、目にも優しいわ。
けれどあそこに見える食堂に向かう一本道よ?
この子が食堂付近で1人立っているなんて珍しい事もあるのね。
「義妹として、何よりロブール家公女として恥ずかしいわ」
はっ、まさか
でもキョロキョロしても周りには誰もいないの。
ほら、1年生に前の年の皆勤賞は取れないでしょう。
だとすれば上の学年の賞を獲得した誰かがついていないと、ね。
「あら、周囲を見回したって誰も助けになんて来ないわ」
「問題なくってよ。
それより同伴しないと食べられないし、ランチまでまだ時間があるから今すぐは難しいと思うの」
いつも通りに淑女らしく微笑んでおきましょう。
助けって、荷物の事かしら?
江戸時代の行商人のような格好をしているから、重い荷物を背負っていると勘違いしたのね。
もちろん重量的には重いけれど、重力操作で軽くしてあるから問題ないわ。
基本的に貴族男性は紳士であれと教えられるし、見かけたら手を貸そうとする男子生徒もいるかもしれないけれど、食堂も目と鼻の先だからどのみちお断りしたと思うわ。
「ちょっと、何の話をしているのよ?」
「もちろんSSS定食よ?」
「は?」
「あなたは1年生だから、誰かと一緒じゃないと難しいわ」
何いってんだコイツ、みたいなお顔をするという事は知らなかったのね。
「約束した方と出直してらっしゃい。
もちろん事前予約はしたのでしょう?
それに長期休み中の食堂は今の時間、原則お湯やお水以外は出されないし、各自自分で用意するのよ?」
「そんなの初めて聞いたわ」
「寮生活で無ければあらかじめ調べる人もいないでしょうし、1年生だもの。
知らないのも無理はないわ。
それじゃあ、行くわね」
食堂に料理人さんは待機しつつ、お昼の準備をしているでしょうから、お手間を取らせずに済んで良かったわ。
「はあ?!
そういうお義姉様は……ちょっ、待ちなさ……ごほん」
何か慌てているけれど、私の方を向いてハッとしたわ。
背後霊が見えたとか言われたら怖いから無視しましょう。
今日は頭にリアちゃんも鎮座していないし、約束していたお届け物の日だから相手にしないわ。
それよりシエナの向こうから食堂のガラスドア越しに、心配そうなお顔でこちらを窺っているのはSクラス給仕オバサンこと、マリーちゃんね。
約束の時間には少し余裕を持たせてあったのだけれど、先に中で待っていてくれたみたい。
こちらを指差したり、来い来いと手招きして何かジェスチャーしているわ。
『はやく』
ああ、早く来いと言う事ね。
読唇術は王女時代に習得しているの。
きっと学園内でも公女同士の会話に平民のマリーちゃんは口を挟めないからと、口パクにしたんじゃないかしら。
「酷いわ、お義姉様!
そんなに嫌わなくても……って、ねえっ、待ち、お待ちになって!」
いつぞやの教室で見たような悲劇のヒロインが誕生しそうだけれど、付き合うつもりはなくってよ。
そのまま無視して横をすり抜けようとすれば、腕を掴まれた。
「待ってお義姉様!
きゃあ!」
「あらあら?」
何だか勝手に横にステップ踏んで壁にぶつかって……。
「何をしている?」
まあまあ、この不機嫌そうな低音ボイスもお久しぶりね……。
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