193.ジャンル変更

「お兄様、遅くにどうされました?」


 リアちゃんはお兄様を見つけて転移したのね。

山と違って王都の真夏は熱帯夜だけど、頭が涼しくなったように感じるわ。


「庭を少し散歩していたら、こちらに明かりが見えたから……少し心配になってな。

この離れは普段あまり人の行き来はないから」


 お兄様の言うお庭はこの離れの裏に真っ直ぐ進むとある、こじんまりしたお兄様専用のお庭ね。

こじんまりといってもこのログハウスが何戸も建てられる広さだけれど。


 明かりの犯人はライトボールじゃないかしら。

用具入れから出たあたりからは足元をずっと照らしてくれているわ。


「左様でしたの。

多分これが正体でしてよ」

「そのようだ。

外で何を……というか、その大鍋は何だ?」

「これは……」


 プィ〜……。


 ムムッ、このモスキート音は……。


 パチン。


 ほっぺたに止まった気配を感じてつい、手首のスナップを利かせて自分で打ってしまったわ。


「お、おい?!」


 お兄様が慌てて駆け寄るけれど、そんな場合じゃないわ。

仕留め損なってしまったもの。


 地味に痛いし。


「蚊でしてよ。

普段は虫除けを焚いているから気になりませんけど、場所が場所だけに多いんですの。

まだ寝るには早すぎるお時間ですし、中に入ってお茶でもいかがです?

落ち着きませんわ」

「あ、ああ」


 そのまま大鍋を抱えてすたすた玄関に移動して鍵を開ければ、戸惑いながらお兄様もついてくる。


「どうぞ。

そのまま中まで入って下さいな」

「鍋を貸せ。

失礼する」


 ドアを開いてライトボールを放りこんでから、大鍋をさっと持ってくれた紳士なお兄様を中へ促す。


 背後に忍び寄る、プィ〜、に追い立てられるように私も入ってすぐにドアを閉めたわ。


 ついて来てないわよね?


 お兄様は勝手知ったるテーブルの方に向かったのね。


 入口付近にある照明用の魔法具のスイッチに魔力を通して点灯させて奥にいけば……あらあら?


「お兄様?

どうしてお鍋を持ったまま固まってらっしゃるの?」


 リビングの椅子に腰かけるでもなく、目線を下にして一点集中ね? 


「ラビアンジェ……私はお前がこんな事をする人間だとは思っていない。

そこは信じている。

だがこのログハウスは鍵をかければお前以外に入れない。

こうする前に……誰かを庇って隠す前に……俺に相談して欲しかった」


 まあまあ、思い詰めたような、どこか呆然としたようや声で何を言っているの事かしら?


 近づいていき、視線を追えば……。


「誰がやったのか、言いたく無いかもしれないが……見てしまった以上無かった事には……できない……すまない」

「あらあら?」


 お兄様視線の先には人が1人入ってそうな皮袋……の縛っていた紐がほどけて口から赤い血が流れているかのような、サスペンスな惨状。


 …………自然解凍されて少しドリップしたのね。

でもあれくらいなら味的にも問題ないわ。


「ラビアンジェ……」


 ……めちゃくちゃ思い詰めたお顔で見られたけれども……もしかしてお兄様の中では死体遺棄犯にされてないかしら?


 確かにラグちゃんにペシペシされて当初の膨らみよりペチャンコになった分、死体を連想させるわね。

このログハウスの特徴に、鍵の開閉も目の前でしたから……。


 【隠蔽〜妹は死体遺棄犯?!】


 ていうタイトルのミステリー小説がインスパイアされそうな悲愴感ね。


「お兄様、それ、お肉でしてよ?」

「人肉?!」


 ミステリーじゃなくホラージャンルに変更されたわ?!


「兎熊でしてよ?!」

「……………………う、兎……熊?」


 長い沈黙の後、ようやく理解できたのか、ふらふらと白いソファに座ってお鍋を床に置く。


「よ……良かった……」


 真っ白に燃え尽きたようにうつむいて脱力してしまったわ。


「あらぬ誤解が解けたようで何よりですわ……解凍だけに……ふふっ……溶けましたの……ふふふ」

「そ、そうだな」


 ライトボールを消しながら、ついうっかり親父ギャグなるものをお見舞いしてしまったわ。

どうしてかお兄様の視線が生温かいわね。


 室内が少しだけ涼しい気がするのは冷凍肉のお陰……よね?

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