第149話 お前はチョムスキーかよ!


 嘗て、アメリカのありふれた田舎町であったセントラリア。

 何の因果か、煉獄世界の地下空間へ転移し、暗闇と異形生物に支配された魔境の町。


 それが、昨晩にほぼ一掃され浄化。天井岩盤に開けられた大穴から現在、永らくぶりに陽の光が差し込み、町全体を淡く照らしていた。


 トールが煉獄の地下迷宮に転移し、四日目の朝。


 陽射しを見るのは然程ぶりでも無いが、今ここにいる地球人を含め、元々地上に生きる者たちにとって、陽の光は生命活動の起点であり、肉体、精神的衛生上でも最重要たる事象の一つ。

 まだ地上に辿り着いたわけでは無いもの、これまでの置かれた状況と経緯から、いずれも、様々な想いが込み上がると同時に、神聖なものにも感じられた。


 実際に、神聖なものの様で太陽の光では無い。この煉獄の住人である、帝國小鬼インペリアルゴブリンの王子サウル曰く、それは煉獄の神々が居座るとされる‶神界〟の光。太陽と同様に、一定時間周期で地上に明かりを齎すと云う事。

 

 そんな地上に各々想いを馳せ目指すべく、幻浪旅団はいざ進軍開始。  

 

 と、その出陣前に先ずは朝食。リディが亜空収納アイテムボックスから食材と各器具を取り出し、調理担当亜人種らにトールを交え、せかせかと料理を始める。百名以上の食欲旺盛な肉食種がいる為、その量は尋常ではない。


「おとたま、アタシも手伝うのー!」

「ボクもー!」

「あー、うんじゃあ、こっちの切った肉を串に刺して、そこの大皿に並べてくれ」

「「イエサッサー!」」


 可愛らしい獣人形態のカレンとトアも、せっせとお手伝い。大量に焼かれた肉の香ばしい香りが周囲に漂い、食欲がそそられる。大狼たちは尻尾をガン振りし、もうたまらん様子。

 

「寝起きから早々にBBQか。胃もたれしそうなんだが……」

「このメンツに、そんな腹具合など関係無いだろう、ブルース。そもそも、喰える時にガッツリ喰うのが野生世界のセオリーだろ」

「俺たちも野生化しろってことか……まぁ、メシの前に少し体を動かしておくべきか。おいラーナー、ちとCQCの相手をしてくれ」

「オーライ。しかし、あの亜人たちの方、マジで戦り合って無いか……」

 

 すでに一部は、日課としているのであろう戦闘訓練を実地し、切磋琢磨と励んでいる様子だが、実戦さながらのガチ模擬戦。


 特に古代醜鬼エルダーオークゲバルと、古代獣鬼エルダーオーガゾイゼの種族リーダー同士の戦闘は、訓練とは思えぬ壮絶な在り様。

 ゲバルの紫色オーラを纏った大金棒と、ゾイゼの紅雷迸る剛腕の激烈なぶつかり合い。その大音響は、周囲の喧騒を全て打ち消し衝撃波と化している。

 

 これに旅団一同、意識せざるを得なく各々の行動が止まり、必然とその戦いに注目が集まる。


 仮に一般地球人が、うっかりその間に入ろうものなら、後悔する間もなく瞬時に爆散し、粉塵と化すであろう。

 

 しかし、その中をお構いなしで超然と入り込む‶地球人〟。爆散するどころか、逆にゲバルとゾイゼがひっくり返り、地面に叩き伏せられた。

 

『『「「!!!???」」』』


 何が起きたか理解できず、間の抜けた表情のゲバルとゾイゼ。それを、観戦していた者たちも同じく、拍子がまるっとすっぽ抜けの様子。


「やかましい!お前らやり過ぎだろ。特製スパイスがごっそり吹き飛んじまったじゃねーか!」


 と、そんな神業が可能且つ、言動が許された地球人は唯一トールであろう。何やらなブロック肉の下味用、貴重な各ハーブ&スパイスのブレンド調合中に、大迷惑な衝撃波。これは堪ったものではない。


よーに非常に、悪りゅうのう。つい、力が入り過ぎとったんじゃけぇ」

「同ジクダ。コレハ、申シ分ガ無イ」


「あー、訓練もいいが程々にしとけよ。飯抜きにすんぞー」


「そがいは、イケン!!横暴じゃけぇ!!」

「ゲバルニ同意ダ!ソレハ、断固トシテ断ル!!」

「うっせ!嫌なら大人しく瞑想でもしとけ!」


 この世界の地元民であり、現在は仲間であるもの‶鬼種〟。云わば「煉獄の鬼」

 見た目的にも闘争力に関しても、正にたる超常存在。

 地球人に太刀打ち不可は絶対的。その煉獄の鬼二体が地球人に対し、慌てふためき反省正座と言ったシュールでポップな絵面。


 トールの背後では、ホワイトサーベルタイガーのナーヴが暴言を吐き散らかし、その周囲を大狼たちが興奮気味に走り回っている。


 サウルは何故かうんうんと、何度も頷きつ、他の観戦していた亜人鬼種たちは、イベントお開きとばかりに再び訓練開始。

 その奥、左側では金色、銀色の鎧甲熊アーマードベア兄弟が火花を散らして、ガンガンとぶつかり相撲。右側では、アンドリューサルクス二体が爆睡。

 

 朔夜、黒鉄、弥宵は、班リーダー格の大狼を集め、いずれも獣人化形態にて、あーだこーだと戦術ミーティング中。

 上空ではグリフォン、ヒッポグリフたちが、周辺哨戒にて飛び交っている。


 調理班の方では、リディが何やら毒舌お小言にて、エルダーオークの一人を叱りつけている。何かミスをしたのであろう、申し訳なさげに、ごつい鬼がヘコヘコの様子だ。それに、カレンとトアがキャハハと愉快気に大笑い。

 

 「「………」」


 そんな混沌たる光景に、未だ慣れずに呆然とするラーナーとブルース。


「うちらの大将とワルキューレも、このイカれた世界にガッツリ馴染んでるみたいっすね……」

「馴染んでるどころか、寧ろ支配側の枠組みだろ……魔王だ何だかんだと、最早、異次元勢力争いの筆頭一角じゃねーか」

「ワタシたちも、その勢力争いに加わったみたいね。とてもヤバイね……」

「つっても、カミズル少尉以外、今の俺たちじゃ後方支援すらままならないだろ。

てか、ワルキューレの正体が、実は異世界から地球に転移してきた‶エルフの王女〟とか、ファンタジー過ぎてもうわけが分からねーよ……」 

 

 ジミー、ダフィ、ダドリーの賑やかしトリオも、この余りにもカオス状況にボケるにボケれず、ツッコミたるも茶を濁すに至らず、マジコメント。


「ファンタジー種のワルキューレは兎も角、トールとカミズル少尉のヘンテコ人外仕様は、こっちの世界基準規格だったようね。エグイね」

「そんで、アフガンにいた怪物の群。あの討伐ミッションを単独ソロでこそっとクリアしてたり、でかい昆虫、悪魔の大群とバトったり、大除霊やら裏世界やら不滅者イモータルやら、色々と無茶苦茶っすよね……」


「極めつけは、このでかい狼たちと共闘で、万単位の化け物大軍を殲滅デストロイ。鬼種と他の獣種は敵側の反乱勢で、仲間に取り入れたとかだったな。それで、俺たちの転移を含めた元凶黒幕が、死霊魔術師ネクロマンサーで大魔王!?更に、イカれた殺戮魔人が無双状態でうろつき回ってるとか、どんだけのカオスだよ……」


「で、昨日カチ遭ったハ=ゴスっすよね。もう何が何だか……」


 昨晩、現在に至る経緯や、この世界の何やかんや等を知り得たものの、内容が想像埒外。異次元情報過多で理解が追い付かず、思考が珍爆走。

 

 そんな混乱混迷極まる地球人たちに、クロエが一刀一振り物申す。

 上官であるラーナー、ブルースも含めてだ。


「率直に申しますが、貴方方らはでは戦力外。これから先、この強陣営に、おんぶにだっこのままでは確実に死にますよ」


「「「………」」」


 クロエの遠慮の無い通告。余りにもストレートな物言いに、5人は返す言葉も無く悲痛の表情でうつむく。これまで絶対的に信頼を置いてた銃器は、ここでは戦力と語るには実に乏しい。

 通常地球人の身体レベルで、この異次元生態系に対応が困難であるのは、言われずとも分かりきった事。


「そう悲観しないでください。あくまで、現段階での話です」

「「「!!??」」」


「どう言う事だクロエ? 俺たちにも、戦力となり得るすべが残されているか?」


 クロエは一旦、最悪底辺まで下げてから上々解決策をほのめかし、色めき立つブルース。他4人も同様に目を見開き表情に光が差す。

 

「レベルアップです」


「「「は?」」」


「これは『ダーパ』での研究による機密情報ですが、異世界転移の際、良性の遺伝子変異が生じ、身体能力及び脳稼働率の向上が確認されております」


「「「は?」」」

「ダーパで研究って……つまり国の上層部では、すでに異世界の存在が周知されていると云う事か……。それで、その転移の際に身体のレベルが上昇する話だが、ダドリーの謎な感知能力の発現もその一環であったか」

「そういう事だったのね。鼻神様のおぼし召しかと思っていたね」 


 アメリカ合衆国、バージニア州、アーリントンに置かれる、軍使用の為の新技術開発及び研究を行う、国防総省の機関。

 アメリカ国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency)

 略称DARPAダーパ


 その極秘研究情報を知り得て、尚且つトールたちと比肩するほどの戦闘能力を持ち得る、クロエの隠された素性も気になるところだが、話は進む。


「ええ、まぁそんなところです。しかし、転移初期の現段階では一般地球人と然程変わりませんので、くれぐれも過信なさらぬように。先ずは場数を踏んで、戦闘に限らず、多くの経験を得る事。実質のアップグレードは、転移後の行動によってですね」


「それはつまり、RPGみたいなもんっすね!これは、ちとアガってきたっすよ!」


「アホかジミー。単純に言えばそうだが、セーブもコンティニューも無しで生身でプレイ。死ねば一発ゲームオーバーだぞ。現に昨日、どんだけの仲間が死にまくったことか、お前も見て来ただろうがよ」


「さーせん、ダフィ一等軍曹、そうでしたね……。RPG風と言っても、ゲームバランス度外視、鬼畜死にゲー仕様ってことっすよね。これは相当慎重にクリアしていかないと、速攻アウトっすね」


「そういう事です。重々と肝に銘じておいてください。まぁ、昨日の戦闘を生き抜いた事で、多少はマシになっているはずです。今のうちに変化の程を確認しておいた方がいいですね」


「「「何!?」」」

「マジか!!よし、早速確認だ!おいラーナー、CQCの相手しろ!」

「オーケイ!これは楽しみだなブルース!」

「俺は、ちと試しにトレランしてくるっす!」

「ワタシは、少し踊ってみるね」

「なんで踊る!!」

 

 クロエは、混迷浮足立つ地球人たちの心情を下げて上げて、また下げてと揺さぶり、最終的には上がる方向に持っていき、いずれも士気高らかに沸き立つ。

 因みに、トレランとは「トレイルランニング」。山、森林、平原、砂地など様々な自然環境の不整地を走りまくるスポーツである。


「あなたたち、何か盛り上がっている様だけど、そろそろ朝食の時間よ。はしゃぐのは食事を終えてからにしなさい。じゃないと死ぬわよ」


「「「なんでだよ!」」」


 ここまでの話の云々を知るはずも無く、当然お構いなしでぶち壊すリディ。

 

「まぁ……ですよね」


 お膳立てのつもりであったが、現在、幾つかの焚火にリディが朝食のお膳立て中。

 然もありなん。タイミング的に、いささか配慮に欠けていた事を反省するクロエ。

 

 そして「メシじゃメシー!」と、団員各々が集まる最中さなか、調理班の方から。


「うっせ!お前はチョムスキーかよ!」

「「キャハハハハハハハ!!」」


 何の事やら、インペリアルゴブリンの一人にトールの謎なツッコミに続く、カレンとトアの楽し気な笑い声が響き渡るのであった。



 

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