第138話 なんすかこれ……



「敵はすでにいないか……外の奴らと同種の仕業だと思われるが、このフロアの何処かにまだ潜んでいるはず」


 冷静を装いながらも、ブルース大尉のその言葉には、言いようの無い怒りと悲しみが表情から窺い見える。

 その足元に散々と広がる骨付きの肉塊、肉片が散らばる血溜まりと衣類の破片。 

 半刻ほど前まで共に同じ飯を食い、語り合った戦友たちの無残極まる亡骸。


「「「…………」」」

「フット一等軍曹……」

「ハンド上等兵……」

「ギブス曹長……」


 口々に、その犠牲者たちの名が告げられるが、それ以降の言葉を失う。


 戦場であれば、爆撃によるこの様な光景は珍しくも無い。明日は我が身といずれも覚悟の想いで兵士として生きてきた。

 だが、これは爆撃ではなく‶喰い残しの残骸〟。誰が兵士志願時から現在に至るまで抵抗もままならず、戦死すらでも無い、こんな悲惨な結末を想像できようか。


 おそらく、一度喰われ吐き出されたものだろう。脱ぎ捨てられたかの様に転がる傷だらけの軍用ブーツには、まだが入ったまま。いずれも丸呑みではなく、バラバラに引き裂かれ、喰いちぎられた凄惨な在り様。


「ギブス…負傷を負ったもの、大事に至らず幸運と思いきや、最悪の結果に……」

「とても、いい奴だっだのにね。とても悲しく残念ね……」

「おれにとっては一応上官だが、気の許せるダチでもあったよ……」


 数年に渡り同部隊としては勿論、ラーナーにとっては信頼できる部下であり、家族の様に同じ時を過ごしたきた。その戦友の死は耐えがたく、我が身を引き裂かれる想い。

 ダドリーとダフィも、これまでの事を思い返し涙を滲ませ、友の冥福を言外に祈るのであった。

 ジミーに於いては配属され間もないが、この僅かな期間で濃密な時を共にし、すでに良き兄の様に思っていたギブスの無残な姿に嘆き悲しみ言葉を失う。


「何故こんな事に……」

 

 クロエにとっては、医師として治療した甲斐も無く、全て無駄だと言わんばかりのこの悲劇。例えようの無い無力感と悲痛の想いが、彼の不運を呪わずにはいられなかった。


「ハハ、こんなの馬鹿げてるよ。これ全部夢オチってやつだろう! とっとと目を覚ませよオレ! ハハハ、マジくだらねー!なんだこのご機嫌なクソソsrhけ……」


 海兵隊ハウンドゴルフチームは、すでに大半の犠牲者を出し、もう残り3名。

 いずれも兄弟親友と呼べる掛け替えのない存在。ピッツ伍長のこれまでの思慮を欠いた発言は、精神が崩壊しつつある兆候。SAN値正気度消失寸前でピッツに異変が生じた。


「「「!!!!!!!」」」

「おい、ピッツ伍長!どうした!?」


 ピッツの肌の血色が見る見る抜け落ち、質感が変容しコンクリート色。血管が浮き出し、相貌が狂気で血走る。口元から涎を垂れ流し、狂相の表情。


⦅AAAAMENBERAAAAAAAAAHEAHEAHE!!!⦆


「「「「!!!???」」」」

「なっ!? 何だこいつは!?」


 ピッツの精神が崩壊し発狂と変異。それは──亡者化。

 変容即座に、間近にいたジミーに襲いかかる。

 

 バン!!


 瞬時にジミーは反応。コルトの.45ACP弾が、亡者化したピッツの頭部を穿つ。糸が切れたマリオネットの様に、ピッツは崩れ倒れる。


「さーせん……いきなりだったんで…反射で撃って……俺…なんてことを…」


 咄嗟とは言え仲間を撃ち、殺傷至らしめた事に極度の罪悪感と悲痛な想いが、全身を襲い震えだすジミー。


 パン!と、ラーナーはジミーの頬を平手打ち。

 それは、ピッツを射殺した事に対しての叱責では無い。


「ラーナー大尉…?」

「落ち着けジミー。これは、もうピッツでは無い。何かは分からんが、外の奴らと似たようなもんだろう」


 そう言いながらピッツの亡骸を一瞥する。通常、人がどれほど狂人と化し兇悪な表情を作ろうとも、灰色で筋張った肌の質感に、このような獣じみた顔つきには変容しない。


「今のピッツの状態。何か分かるかクロエ?」


 明らかな異常状態。困惑しつつも、情報整理の観点で冷静に問うブルース。


「あの錯乱からの攻撃性は、狂犬病の症状に似ていますが、あの状態は別物。何らかの未知の細菌かウイルス感染により変異した可能性が高いですね」

「なるほど。マーローの件もあるし、即効性の異常変異もあり得るか……」


「その未知の細菌かウイルス。もうすでにワタシたちに感染してるかもね……」


「「「「…………」」」」


 細菌 ウイルス感染。その感染パターンは微生物学の見識から、一般的に多く知られている事。大本の感染源は不明であるもの、ここにいる全員がピッツと密室にて共にしていたのだ、考えられるのは『飛沫感染』。全員がすでに感染している可能性が濃厚。

 

 だが亡者化は、この世界特有の『精神感染』と言う別次元の兇悪感染症。

 それを、現時点で知り得る者はここにはいない。


「まぁ、何にせよ、現在このフロアの何処かに潜んでいる奴に加え、目に見えない敵にも警戒せねばならないと云う事。全く面倒な話だな……」


 苦虫を嚙み潰したかの様な表情で、そうぼやくラーナー。建物の内外、更に自分の体内にさえ脅威が潜んでいるとは、四面楚歌どころでは無い厄介極まる状況。

 いずれも気が気ではない様子の中、早速異変の兆候。


 ビチャ…クチャ…クチャ……


「ん? 何の音だ?」

 

 その異変発生元は、ラーナーたち後列隊の下方足元傍。ピッツの遺体からだ。

 ジミーのハンドガンに取り付けられたライトで照らして見れば、何か小さなものがピッツの遺体頭部に絡みついていた。


「なんすか、これ…?」

「知らねーよ……なんの生き物だ…? きめーな……」


 それは、30cmほどの奇妙な生物。赤黒いタコ足の様なものがうねうねと、横たわるピッツの顔面に齧り付き、クチャクチャと咀嚼。


「それは、クラスルス・アーチェリ。俗名オクトパス・スティンクホーン……

‶キノコ類〟ですね」

「「「は?」」」


「地球にあるキノコ類の形状そのまま。勿論、この様な肉食生物ではありませんが、いったい……」


 クロエが語るは、学名『クラスルス・アーチェリ』。和名通称は、ネーミングセンスに問題有りの『スッポンタケ科(ファルラケラエ 学名はかっけー)』の『タコスッポンタケ(ダサっ!)』。検索画像 閲覧注意。  

「悪魔の指」とも呼ばれ、クトゥルフ神眷属を思わせる様相だと、その筋の界隈では有名。幼生とも言える段階で、男性器に酷似した亀頭部分は「エイリアンの卵」とも呼ばれ、そこから生えだすタコ足は、正に宇宙生物を彷彿させる。

 

 グチャ!と、とりあえず踏み潰す。


 見過ごすには余りにも危険であるのは当然。

 周囲を見渡せば、は至るところに群生していた。


「……なんか、オチンチンみたいなのがそこら中に生えてるね」

「それ言うな!そんな事より、潰しとかねーと。他にも孵化しかかってる奴がいるじゃねーか!あーったく、まるっきりエイリアン2のリプリーの気分だよ」


 ダフィの言葉にいずれも同意。即座にそれらを踏み潰しに掛かる。


 ざわ…ざわ……


 「!?」

 

 クロエが不穏を感じ、トイレ内の他を照らし見渡せば更なる異変に気付く。

 3名死骸の血肉溜まりに反応したのか、壁や床に蠢く黄色いアメーバの様なもの。


「あれらは‶フリゴセプティカ〟ですね……」

「は?なんだそ──ああ、こいつらか…エグイな……」


 学名フリゴセプティカ。和名は相変わらず残念『ススホコリ』。変形菌(粘菌)の一種。その黄色い見た目から『スクランブルエッグスライム』とも呼ばれ、実際に不気味に動き回る。植物でもキノコでも無く、曰く『巨大なアメーバ』。


 犬嘔吐粘、粘菌変形体、ジャスミンカビとして知られ、胞子を飛ばし繁殖。動き回った後はスポンジ状に固まり、傷つけると一定時間を置いて血流なものを垂れ流す。

 科学的分類は、真核生物、アメーボゾア門、粘液ガストリア網、フィサラ目、ホトケノザ科、フリゴ属、F.セプティカ種。と、何が何だか、わけ分からん分類。

 

「要するに、とても変テコな菌類生物ってことね……」

「ええ、まぁそんな感じです……。しかし、血液に反応するなど聞いた事がありませんね……」


 その黄色いアメーバは、血肉溜まりに触れると吸収し活性化。そこから急速に成長し、赤黒いイソギンチャク型の触手花を咲かせた。


「「「!!!!!」」」


「タコ足もそいつも多分、マーロー中尉を変異させた肉食植物の幼体だよ……」


 2名だけとなった海兵隊ハウンドゴルフの一人『ウッズ上等兵』が、そう震えながら告げた。

 つまりそれは、タコスッポンタケやススホコリの菌類に胞子にて寄生し、変異現象を発生させた【パラシア】の幼体。


 いずれも絶句する中、クロエは情報分析、一つの回答を導き出す。


「……なるほど。その肉食植物との交戦時に、身体に胞子が付着したのでしょう。

それが、海兵隊の誰かがトイレを使用した際に、ここの菌類の胞子と結合し変異。

繁殖の場をこの建物内に広げたと云う事。すなわち──」


「ギブスたちを殺害したのは、ここで新たに生まれた奴か……」



 ブジュ


「え?ハック?」


 トイレの外、廊下通路側で、何の音かとウッズが、隣りにいた海兵隊のもう一人『ハック一等兵』を見れば──上半身が消失。


 ドシャっと、残された下半身が千切れた臓物を引っ提げ倒れる。大量の血流を吹き出し、ピッツの遺体の傍で新たな血溜まりが広がる。


「うわあああああああ!!ハックーっ!!」


「「「!!!!」」」


 ウッズ上等兵が叫声をあげ、何事かと一同が振り向けばその惨劇の光景。


「どう云う事っすか、これ!?」

「隠れていた奴の仕業か!? いったいどこに行きやがった!?」


 通路先を見るも何物もいない。何処だ!?


 グチャグチャ……ピチャピチャ……


 明らかな咀嚼音。そしてポタポタと垂れ滴る血の雫。


「「「上か!!」」」


 見上げれば‶それ〟は天井に張り付き、ハック一等兵の上半身を貪り喰らっていた。


「嘘だろ……まさか、こいつ……」

「あの、間違い無いっす……」


 その胴体部は米兵士のもの。だが、脇腹から昆虫の様な肢足が三対生えていた。

 右腕は歪に長く変形し、上腕部に巻かれていた包帯が千切れ垂れ下がっている。

 首は蛇腹状に長く伸び、頭部は赤黒いイカ足の様な触手のイソギンチャク形態。

 その頭部触手を広げれば、直径1m程。その中央に幾重もの牙だらけの円口。


 紛れもない。それは、寄生蟲パラネスにより変異したラフレイダー。

 その身体の元々の宿主は──。


「ああ、ギブスだ」

 

 つまり、トイレ内の血肉の残骸は3名のではなく、フットとハンドの2名。


 変異ギブスは円口部から血を垂れ流し、グチャグチャ、バリボリと咀嚼音。そして、べっと何かを吐き出し床に落ちた。ズタボロになったボディアーマーだ。


「クソっ!!このバケモンがよくも仲間を!!」


 バン!バン!バン!と、生き残った最後の海兵隊員ウッズが、透かさずハンドガンSIG P320 M18をラフレイダー化したギブスに半狂乱で発砲。

 数発命中したもの、9mm弾では然程効果は無く、弱点である頭部を狙うも、変異ギブスはぬるぬると素早く動き回りかわす。

 

「もう、こいつはギブスじゃない!! 即刻仕留めるぞ!!」

「「「イエッサー!!」」」


 海兵隊員に先起こされてしまったが、ラーナーの号令により戦闘開始。


 バンバンバンバンバン!!ババンバ バン バン バン!!ハービバノンノン!!

 コルト・45ACP弾の一斉斉射。流石に躱しきれず被弾し、床に叩き落ちた。

 

 この間に空マガジンリリース&リロード。後衛となったブルースチームは、位置的に前衛ラーナーチームへの同士討ちフレンドリーファイアを避けるべく、近接武器に持ち替える。


⦅KYARIYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!⦆ 


 ギブスは金切り叫声をあげ、肢足をわちゃわちゃと、うねる様に回転しながら立ち上がり反撃態勢。

 ラーナーチームは頭部を狙うも、ブンブンと長い首を振り回し、的を絞らせない。胴体には被弾するも、構わず襲いかかって来た。


「ヤベーっす!!こっち来たっすよ!!」

「クソっ!!近接戦闘C Q Cかよ!!」


「俺がやってやるよ!このクソ化け物が!!」

「おい、待てウッズ!逸るな!!」


 ラーナーの制止も聞かずに、ウッズは両手持ち用、柄の長い災害時用手斧ファイヤーハチェットで決死覚悟の特攻応戦。

 ウッズは、ギブスの噛み付きを躱し手斧を振るうも、続く歪に伸びた右腕手刀に胴体を貫かれた。


「まだまだぁあああ!!こノクソBAkeもguruげげAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 ウッズSAN値消失、発狂。


 ──亡者化。


「「「!!!!!!!」」」

 

⦅KIRIRIYYYYYYYYYYYYYYYY!!!⦆

⦅GURUAAAAAAAAAAAAAAA!!!⦆


 人外に変異した二体による、超異種同士の混沌対戦カード。

    

 【ラフレイダーギブスV S亡者ウッズ】


 宇宙ワームの様な頭部と右腕を振り回し、鋭利な三対の肢足を振るうギブスと、亡者化による強化された強靭な膂力、手斧を片手で高速で激しく振り回すウッズ。


 至近距離にて互いの身を裂き抉り取る、壮絶な生存権&お食事券の争奪戦。


 これぞ‶THE煉獄〟仕様。人外たちが織り成す悪夢の狂演舞台。


「なんすかこれ……」


 


 

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