第137話 ざわ…ざわ……


 セクター40エリア 旧セントラリア群保安官事務所 2階会議室。


 現在、この室内にはフォースリーコン ウルフ1、レイダース ディンゴ4、海兵隊ハウンドゴルフが各4名ずつ、計12名。野戦糧食ミリメシにて栄養補給し終え、各自寛いでいる様子。他1名、ウルフ1チームの負傷したギブス曹長は、向かい部屋の仮眠室にて休養中。


「──外は、大分落ち着いたようだな。俺たちを完全に見失い諦めたんだろう」


 建物外の様子を聞き耳を立て窺い、そう呟き一息をつくラーナー大尉。


 先ほどまで建物周囲では、わーきゃーと獲物を求め、大興奮で駆けずり回っていた寄生変異体‶ラフレイダー〟の群も疎らとなり、終宴お開きの模様。


「ああ、さすがに建物内の感知までには至らずってところか。助かるが、頭部があの感じだから何を以って、どの程度まで把握しているのか、全く分からんな」


 ラーナーの呟きにそう答えるディンゴ4リーダー ブルース大尉。

 

「……一応、聴覚はあるようですが、眼球らしきものは見当たりませんので、視覚以外の感覚器による感知でしょうね」


 顎に手を当て、外見的特徴から生態分析をするディンゴ4兼、海軍所属SARC。

クロエ・デュマ・神水流カミズル少尉。


「コウモリの様なやつか? 反響定位エコーロケーションと言ったか?」


「ええ、あの金切り声からそれも考えられますが、幾つかのヘビ種が持つ『ピット器官』の様な‶赤外線受容体〟による感知の可能性が高いですね。あれは生態を把握するだけ無く、獲物の頭部や心臓部など致命部位も認識できますから、反響定位と両方兼ね備えているかもしれません」


 ブルースの問いに、ズバッと妥当な情報を提供するクロエ。軍事知識以外で幅広い見識を持つ彼女は、この未知の状況下で実に重宝。

 

「なるほど……。感知能力レベルで言えば、地球の野生動物とそう変わりは無いと云う事か。まぁだけ別格の例外はいるがな……」


「例外? 一人だけ? なんですかそれ?」


「ハハン、ラーナー大尉。の事っすよねぇ。なんせ‶レーダー機能〟を備えた一人軍隊ワンマンアーミーっすからねー」

「トールが居れば、ワタシもさっきの戦闘中でも安心して鼻をほじれたのにね。全く口惜しいね」

「どういう安心だよ──まぁ、確かにあの雷神様がいりゃ、外の化け物の群も鼻クソみてーにぶっ飛ばしまくるんだろーけどな」


「トオル・クガ・クレイン上級曹長の事ですね。確かに彼は別規格の存在……。

ジミーホッパー二等軍曹、そのレーダー機能とはいったい何の事でしょう?」


「え? ああ、あの御方は、遮蔽物があろうが離れた所から生体感知と敵味方の識別ができるみたいでしたからねー。アフガンでのあのバケモンを最初に察知したのはあの御方っすよ」


 アフガン、バグラム基地にてのトールとリディの格闘戦をクロエも観戦しており、その規格外の戦闘力を目の当たりにしていた。更に地球生物を超越したレーダー機能まで搭載となると、また別次元の能力となってくる。


「……そこまで千里眼じみた明確な感知能力とは、おそらく通常を遥かに超える脳稼働率から齎された──」


 ギィィィィ……バタン。


 と、その会議室向かいの仮眠室のドアの開閉音が、廊下通路から響いてきた。


「ギブスか……起きた様なのはいいが、あいつ大丈夫なのか?」


「まだリドカインの効果で眠っているはず。あの局所麻酔薬は、他と比べて安全性が高く、効果作用が速く持続時間が長いのが利点。反面、眠気と倦怠感の副作用が強いのが特徴です。しかし、この極限状況下でアドレナリン多量分泌により、意識状態が活性化したと思われますが……」


 ギブスは『こんなヤベーところで呑気に寝ていられるか!』と、本能的な脳覚醒状態であろうとのクロエの見解。案の定、早速ドアが開き、ひょっこりはんのギブス。

 Tシャツ姿で、右上腕部のガチガチ固定で巻かれた包帯が痛々しい。


「話し声で目が覚めたが、皆ここにいたのか」

「おお、元気そうで安心したよギブス。だが、まだ仕事の時間じゃない。今のお前の任務は十分な休息を取る事だろ」


「いや、こんなやべーところで呑気に寝ていられるか。情報共有もだが、腹も減ったし──って、その前にヘッドトイレはどこだ? 最後に用を足したのは、アフガンでの例のバケモンへの急襲作戦前だったよ」


 クロエの見解通りの様子と言葉。元気そうに見えるが、顔色はまだいいとは言えない。彼が食事を終えたら、主治医権限で一時強制的に任務解任は必須。

 それは、直の部隊指揮官であるラーナーも同意の事だが、栄養補給は勿論、生理現象まではさすがに縛れない。


「ああ、まぁそれなら、お前から見て右側奥の突き当りだよ。水が流れんから、ダドリーのデカいのがそのままだ。臭いはかなりキツイぞ」

「ラーナー大尉は、とても褒め上手ね。それ照れるねへへへ」

「褒めてねーだろ それ。照れるなキメーよ」


「ハハハ、そりゃ警戒レベルレッドだな。十分に対処するよ」


 そう言葉を残し、そそくさとトイレに向かうギブス。


「ちと、俺も行っとくわな」

「あ、俺もしょうがねーから付き合うぜハンド上等兵」

「おっと、フット一等軍曹の護衛付きですか。あり難いっすねー」


 続いてギブスの後を追う、海兵隊の『ハンド』とレイダースの『フット』。


「トイレのマリーさんには気を付けるね。鼻をもってかれるね」


「それブラッディ・マリーっすよねぇ。夜中にトイレや風呂場の鏡に向かって、3回と現れるってやつっすよねぇ。その姿をママに見られて、ヤバかったっすよ」

「ワタシは、家族全員と飼い犬に見られたね。あれ、とてもとても大変だったね」

「呼び出し方が違げーだろ。お前ら鏡に映った自分の姿を前に3回って、とち狂ってんのか。それとカギぐらい閉めとけよ」


 アメリカの都市伝説、ブラッディ・マリーの本来の呼び出し方は、真夜中に真っ暗な部屋の中で鏡の前に立ち、「ブラッディ・マリー」と3回唱える。

 すると鏡に血まみれの服を着た長髪の女性が現れると云ったものだ。


「そう言えば、日本にもトイレの子さんってのが常時待機してるようで、集団で高笑いしながら鼻に指を突っ込まれ、喰らうとスッキリするとか、ヤバイ組織なんすよねぇ」

「どんな、アホ組織だよ!」


「それワタシも知ってるね。日本の隠語にトイレに行く事を「お詰み」って言葉が「大ちょんまげ時代」からあるらしいね。『トイレソムリエ鼻子さん』は、それが由来で教訓とした伝説のお話ね」

「さすが鼻長! 博識っすよねぇ!」

「何だよ、その謎な名称の羅列群は!それ、どこに教訓要素があんだよ。

それと鼻長って、どこの階級だよ!」


「お前たちは、いったい何の話をしているんだ……」


 などと、好き勝手に日本の歴史や都市伝説、名称まで捻じ曲げられつつ、各他愛の無い話で、今は一時ひとときの平穏を過ごすのであったが。


 ざわ…ざわ…。


「………」


「どうしたクロエ? 浮かない顔だが、何か気にかかる事でもあるのか?」


 ブルース大尉は、ふとクロエの訝し気な表情に気づき尋ね問う。


「……ギブス曹長もですが、フット一等軍曹とハンド上等兵。トイレから戻るのが遅くないですか?」


「確かに……。もう20分は経つな」

「腹を下したにしても、三人揃ってはおかしいっすよねぇ。ギブス曹長は空腹状態でしたし……」


 シリアスキラートリオの、あーだこーだで、クロエ以外はすっかり彼らの事を忘れ去ってしまっていた。ようやく異変に気付くも判断に迷う所。 


「いや、話し込んでるだけだろ。ギブス曹長は寝ていて、これまでの情報を共有できなかったからな。前もってあの二人に聞いてるんだろうよ」


 ダフィの尤もな妥当意見。今後の話をする上で、予め個別の情報共有は必然であり効率的であろう。だが、それは地球日常での話。

 特に現在、何処とも知れぬ未知の異常状況。懸念すべき要素が有り有り過ぎて未知数。些細な事にも危惧を抱いてしまうのは然り。


「おい、ダドリー。お前の鼻ムズセンサーになんか感じられるか?」

「へ?」


 アカン。謎の感知スキルに覚醒したダドリーであったが、今は完全にオフモード。ポケ~っと間抜けづらにて無防備。鼻ほじりに全集中。


「それと、もう一点気になったのですが……」

「気になった点? 何がだ、クロエ?」


「ギブス曹長の装備類は、この室内に置かれ、フラッシュライトもその中。それも使わず手ぶらでしたよね? 一切、光が届かない暗闇状態で、彼は暗視スキルでも取得したのですか?」


 ざわ…ざわざわ…ざわ……。


 と、一同に不穏めいた奇妙な感覚が這いずり寄る。


「……まぁそれは、後に続いたフットとハンドがライトを所持していたからだろう。

それと、飛躍した話だが、ダドリー専任曹長のその妙な感知スキルの発現もあるし、この極限状態で、彼がその暗視能力に目覚めたとかの話じゃないのか?」


 クロエの疑念に対して、すっかり異世界あるある思考で返すブルース大尉。

 確かにそれもあり得るが、見方を変えれば、都合のいい楽観思考とも言える。


「その否定はできませんが、ここで確証の無い絵空論議をいくら並べても無意味。一昔前に観た日本映画での名文句『事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ』と、現在正にその言葉に近い状況ですよね」


 と、走査線は踊りまくる状況。


「つまり、実際に確かめる以外、答えは闇に潜んだままと云う事だな」

「そう言う事ですね」


「皆、警戒しすぎだって。俺がまず3人の無事を確かめてくるよ。どうせ他愛も無い話だったってオチだろ。皆は──」

「止めておけ、ピッツ伍長。それホラー映画でもよくある死亡フラグだろ。ブートキャンプの学科教練で居眠りでもしていたのか? 今はホームパーティーじゃないんだ、作戦中だろ。些細な事でも警戒を怠るな。それと、最低でもツーマンセルは必須だろ」


 有害危険存在が確認される中、単独手ぶらで確認に向かい犠牲になるのは、ホラー映画あるある、ご都合お約束の展開。それはさせじと、軽はずみの伍長を諫めるラーナー大尉。伍長の名は「ピッツ」と言うようだ。

 何はともあれ、早速行動開始。各自武装を整え、戻ってこない3名の安否確認に、万全を期して部隊総出で向かう。


「もうスイッチが入ったろう、ダドリー? 反応はどうだ?」


 戦闘シリアスモード オンとなったダドリーに、ラーナーは再び謎センサーの感知確認。


「ん~~、それが、ほじり過ぎて何だか麻痺してるみたいね。参ったね」


「「「………」」」


「もう、めんどくせーから、そんなバカっ鼻なんか取っちまえ」


 最も奇天烈な生態はさて置き、通常作戦フェイズに移行する一同。


 廊下通路幅は約2.5m。現在10名。基本班隊形、楔型『ファイアチーム ウエッジ』。4名への字隊列の2段構えに、最後尾に2名が横並ぶと云ったフォーメーション。

 先頭隊列には、ブルース、クロエのレイダース3名とダドリー。後列隊はラーナー、ジミー、ダフィとピッツ。最後尾に海兵隊2名の布陣。

 

 武装は、各自フラッシュライトを装着したハンドガン。火力的に心許ないが、

変異したマーロー中尉の件を踏まえて、今回はここ保安官事務内で調達した手斧やなたに、おそらく押収物なのだろう、中国片手刀の柳葉刀りゅうようとうや日本刀などの近接武器も携えている。


 因みに柳葉刀はゲームやフィクションでは「青龍刀」と呼ばれるが、実の青龍刀は

三国志、関羽が持っていた様な薙刀型の「青龍偃月刀」を指す。


 部隊は、会議室から左手廊下を進み、突き当りを右折。その奥がトイレとなっており、ドアが少々開いていた。いずれも沈黙し、ブルースは「部隊停止」のハンドサイン、左拳を頭部位置まで上げる。


 中から会話等は聞こえず、人の気配すら感じない。

 周囲に重苦しい静けさだけが、纏わりつく様に圧し掛かる。


「ギブス曹長、フット一等軍曹、ハンド上等兵。そこにいるなら応答せよ」


 ………。


 と、ブルースの問いかけに返事は無い。ブルースは後方を振り返り一つ頷き

「ドアを開けるぞ」とのサイン。それに頷きで応え返し、総員銃を構える。


 ギギィィィィ……


 ドアの錆びついた留め金が、気味の悪い音色を奏でる。

 背筋に怖気が冷たい爪を立て、心象を抉る様にねぶられる。

 同時に、濁流の様に押し寄せる、むせ返るほどの鉄錆の臭い。


「クソぉおおおおおおっ!!」


 ブルースは、その光景に思わず唾棄だきの言葉を叫ぶ。


「「「「!!!!!」」」」

「マジか…何だこれ…?」


 そこには、天井や壁も含め、床に広がる真新しい血痕と肉片の数々。もはや判別不可能、食い散らかされた捕食の形跡。何らかの脅威の存在証明。

 察するまでも無く、それは3名の散々たる亡き痕跡であろう。

 

 ──ここに何かがいる。


 戦友たちの明らかな死に嘆き悲しむ間も無く、透かさず前チームが最大限の警戒態勢にてトイレ内に踏み込むも。


「敵はすでにいないか……外の奴らと同種の仕業だと思われるが、このフロアの何処かにまだ潜んでいるはず」


 ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ……。


 それは、何処からともなく忍び寄る魔の調べ。


 ざわ…ざわざわ…ざわ……。

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