第65話 獣たちが鳴くころに
『クワブルフォクワクブベェブフォホブフォクエェ』
「何言ってるか分かんねーよ」
さもありなん。言語体系も大きく異なり、意思疎通効果も得られてない相手の言葉など、分かる訳が無いのは至極当然。あたり前田のクラッカー。
『グブルルルルァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
何やら勝手に憤慨極まり、怒髪天をガンガン衝きまくっているチョロ助は、大音量の怒号の雄叫びを放つ。
──もういい。一騎打ちなどもう馬鹿らしい。こいつはそこにいる餌もろ共、俺ぴんの軍勢で、肉の一欠けらも残さずに一切合切喰らってやろう!
『『『『グルゥアアアアアアアアアアアアア!!!!』』』』
その叫びは一斉攻撃命令。周囲を囲っていた無数のラプトルたちは、いずれも双眸に狂暴な光を宿し、トールを含めたドールチームを喰らい滅っするべく呼応。狂喜の咆哮を上げ動き出した。
「やばい!!こいつらついに総出で、あたしら全員を殺しにかかってくるつもりだよ!」
「あの赤虎以外なら銃が利くはずよ! 皆銃を構えて!!」
「けど、数が多すぎるよ!!」
「泣き言はあの世に逝ってから、腐るほどほざいてください!今は戦うことだけに集中・デス!!」
涎を垂らし、どいつから貪り喰ってやろうかと、じわじわとその包囲の輪を縮めてゆくラプトル軍勢。
しかし、チョロ助と戦っていた
「あー、タイマンはお終いってわけね。うんじゃあこっちも、それに対応させてもらうよ」
トールは酔拳の足取りを止め、そう呟くと大きく息を吸い始める。
──そして。
「ぃよーーし!てめえらぁぁああ!! 待てはお終い!! 餌の時間だああああああああ!!! 一匹も残さなくていい!! 全部喰っていいぞおおおおおお!!!」
「「「「!!!???」」」」
トールは、そう大声で言い放つ。何の事かと呆気にとられているドールガールズを尻目に、大きく状況が変わり動き出した。
「「「「「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」」」」
『『『『『!!!!!!!!!?????????』』』』』
突如、包囲していたラプトル軍勢の外側から、大勢の獣らしき咆哮が鳴り響く。
それにはチョロ助も含めて、全てのラプトル兵らは、例外なく大きく驚きの反応を見せる。
「ガルゥゥッ!!!」
『ブグゥフッ!!!』
軽快に疾走し現れ出たのは『狼』。その体長は3mを超える史実のものよりも大型サイズの『ダイアウルフ』。
『ダイアウルフ』は約30万年~約1万年前、新生代第四記更新世中期から完新世初期に、アメリカ大陸に生息していたイヌ亜科の最大の種である。
この種は「タイリクオオカミ」と近縁と思われていたが、ゲノム解析の論文ではイヌ属の現生種とは、約570万年前に分かれた別系統であると推定されている。
対するラプトル兵らのサイズは、平均で2m少々。その大狼が1頭のラプトルの首に跳びかかり齧り付き、引きずり走りながら左右に振って、その骨を噛み砕く。
「「「「ガウルルルゥッ!!!」」」」
それを皮切りに、至る所から無数の
「「グアワルルルゥゥ!!」」
現れたのは、大狼だけでなく新たな巨獣が姿を見せた。
そのサイズは5mを超える。強靭屈強なその足の爪は猫型猛獣のような鉤爪ではなく、分厚い
全身の体毛はライトブラウン色で黒のまだら模様。そして、頭部は特徴的で頭胴長の巨大な頭部。例えるなら毛の生えたワニ。
それは紛れも無い『アンドリューサルクス』 それが番いで2頭。
「ん~この子、体毛に何かいっぱい、ちーちゃいのが巣くってるのねぇ。何だか鼻がムズムズするね」
更にその背には、サイド、バックが刈り上げられた頭頂部だけアフロヘアー、小ぶりのブロッコリー。アフリカ系黒人の男が鼻をほじりながら、間抜け面でちょこんと跨っている。
「か~!さすがダドリー専任曹長! それは、正に男塾魂の顕れですよ! 感銘ここに極み至るってやつっすねぇ!!」
「よく分かっているのねジミー。惜しいけど、この鼻クソをこっそり君に分けてあげるね」
「今はいらないっす。後でもらいます」
その黒人は『黒ブロッコリー』の異名を持つダドリー。
そして、もう1頭の背にはイングランド系、短髪ブロンドヘアの白人の男、ジミーホッパーが満面の笑みでちょこりと跨っている。
しかし、その二人はかなりの負傷した痕が見られる。上半身の衣服は、ボロボロのカーキ色Tシャツのみ。手当はされているもの、血の滲んだ包帯が、至る所に巻かれている。
ダドリーの左腕は骨折しているようで、添え木で固定されて戦闘服を応急で三角巾代わりにし、首から吊るされている状態。
「はあ、はあ、かー!ったく、呑気に悠々と…そこの位置に座れているのは、あのお方のおかげってこと分かってるのかよ、お前ら!!ああしんどい、もう疲れた!!」
更に、息も絶え絶え現れたのは、こちらもボロボロ。歩けるので二人ほどでは無いが至る所に負傷の痕が窺える、アフリカ系黒人のダフィ。
三人共、武装は失われ、頼れるのはこの獣たちの軍団。こんな見知らぬ世界で森の中。そしてこの異様な生態系。これほど頼りになる護衛は、他に存在しないであろう。
「我が軍は圧倒的っすねぇ。さー我が愛機『ヘイハチ エダジマ』!! 全てを喰らい尽くせぇええええええ!!」
『ガルゥウ!!!』
「おいジミー!いつからお前の軍になった!? 勝手にどこぞの塾長名を名づけるな! つか、それに応えるなヘイハチ!!」
『ガルフフゥ!!』
そして、シリアスを蹂躙する面々は放って置いて、この獣の軍団たちの真打とも言える巨躯の姿が現れた。
『グルグルグルグルグルグルグルグルグルグル』
全てを威圧させるほどの、重厚な唸り声を響かせつつ現れたのは、その種で言えば狼。だが、サイズも放つオーラも桁違い。
その体躯は5mを超えて強靭屈強。きめ細やかな雪原の様な、美しくも神々しい輝きを放つ純白の毛並み。
威風堂々、悠々と歩く姿はまさに万獣の王。いやこれは『神狼』と言うべきか。
ここでファンタジーの王道。モフモフの王とも言える種のご登場。
この種は、北欧神話ではラグナロクの際に最高神オーディンを喰らったことで、神々に災いを齎す魔狼としても有名だ。
『フェンリスヴォルフ』いや、こっちの名の方が有名であろう──『フェンリル』。
更に、その一柱の足元をトコトコと歩く二頭の子狼。と言っても2mほどはある。
おそらく、この『神狼』の子狼。だが、少々体毛のカラーリングが異質。
一頭は紅色。左腕が肩にかけて黒のフレアーパターン。燃え盛る黒炎と言ったような意匠の毛並みの色具合。
もう一頭は、親神狼のように雪のような白い毛並み。左右両肩から
その二頭は、突然駆け出しトールにしがみついてきた。
「だぁー!お前らでかいんだから、勢いよく絡んでくんなや!やめろや!顔を舐めるな!」
その二頭は、尻尾ガン振りで顔を舐めまくり、脚に頭を擦り着かせるその光景は、かなりの懐き具合を物語っている。
『『おとたま、おとたま!!撫でて撫でてー!!』』
「あーもー分かった!分かったから少し大人しくしてろよ!」
聞き間違いであろうか…その二頭の子狼が言葉を発しているように聞こえる……。そして「おとたま」?
そして神狼もトールの許に就く。その大きな頭を下げ、トールの肩腕の辺りに擦りついて、顎下辺りを撫でてやると、クークーと気持ちよさげ。巨大な尻尾をガンガン振りまくり、周囲に迷惑な暴風を巻き起こしている。
「尻尾振り過ぎ!その風やべーから!ちと抑えてくれクイーン!」
『おっとすまない。お主に撫でられると何とも言えぬ高揚感が得られてなぁ』
ついに発動トールの天性天然。生まれながらのモフモフ超懐かれ体質、高レベル『テイマー』パッシブアビリティ。
そのレベルは『神狼』すら手懐けるチートクラス。
しかし、何がどうしてこうなった?
「「「「………………」」」」
『………………』
次々と屠られてゆく、ラプトル兵たちの断末魔の叫び。それを齎している大狼たちのガル声が響く中、その中心で番いのアンドリューサルクスに跨るシリアスキリングの二名。足元でツッコミまくる黒人兵。言葉を話す神狼らと戯れる
このカオスな光景にドールガールズは、いずれも啞然愕然呆然と言葉を失う。
赤虎チョロ助も同様な反応で、ポツリと佇んでいる。
更に、木々の枝を足場に駆け飛び、その混沌戦場に新たな増援が、物理法則を無視して優雅にその場に着地した。
「何を呑気にモフモフと戯れているのかしら? 死ねばいいのに。それより厄介なのが来るわよ」
「あ? てめーも来たのかリディ。あー、この騒ぎで余計なもんまで呼び寄せてしまったようだな…ってか、合間に何か妙な事言ってんじゃねーよ! それと何ニヤけてんだよ?」
その現れた増援は、もう一人の現人神リディ。厄介と言いつつ、ライトグリーンの瞳を輝かせ、何やら高揚感露わな表情。
「「「ワルキューレ!! そして何その尖った耳!?」」」
更なる頼りになる増援に沸き立つドールガールズ。だが、その白銀色の靡く髪から覘く耳が尖っていることに気づき、総ツッコミされる。
「ありゃりゃ。もう隠すのはやめたんですねリディさん」
どうやら、その素性を知っていた伊織。薄々と伊織の素性も掴めてきたが、それを掘り起こされるのは後の話だ。
ドスン!!!──ドスン!!!──ドスン!!!──ドスン!!!
大地を揺るがす地響きと共に、木々が掻き分けられて揺れ動く。事態は更に混沌さを増し、激しいうねりが渦を巻き、大激流と化していった。
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