第31話 からの~ツンデレ
「うむ、それでクレイン上級曹長、ハーチェル上級上等兵曹!貴官らには作戦終了後、基地に帰還した後に、このエリアの修復と整地作業を任命する!いいな!?」
「げっ!?マジか!?」
「う!?……それは由々しき事態ね…」
「当然であろう他に誰がやる?これだけの騒動を起こしてお咎め無しなど、合衆国軍を舐めているのか!?異議申し立ては認めない。これは命令だ!分かったな!?」
「「……イエッサー…」」
「声が小さい!!もう一度!分かったな!!」
「「イエッサー!!」」
「よろしい!では、貴官らも時間までしっかり休養を取るように!では、解散!!」
盛大な鬱憤晴らしの対価をきっちり支払うことになり、事の後始末を厳重に命じられる二人。
(何、あの二人!?超ヤバいんですけど!超あり得ないんですけどー!
……おっと、まだ脳が痺れてるな…イカンイカン)
踵を返し、スタスタと司令施設へと向かうボーマン大佐。今だ脳内でドーパミンがドバドバ状態。がっつりと世紀の非公式エキシビションマッチを堪能したご様子だ。
「……なぁ?お前、最後出しかけた技って……」
「ん?ええ、あれね。【ワンインチパンチ】って言ったかしら…?」
ボーマン大佐が止めに入った為不発に終わったが、トオルの【
トオルはあの刹那、背筋に今まで感じたことの無い、言いようの無い戦慄を覚えていた。
「……それ、ジークンドー最大の一撃必殺の剄の技だよな?」
「そうだったかしら?あなたのも似たようなものじゃない?…けど安心して。心臓が一つ吹き飛ぶ程度よ」
「安心できねーよ!心臓一つだけだし、それ確実に死ぬやつだから!」
「フフ、どの口で言っているのかしら?」
「やかましい!どうせ体内の剄で相殺するんだろうなと思ったんだよ!」
リディは物騒なことを言いつつも、互いに必殺の極大技を放ってもしっかりと対応してくることは、闘っているうちに自然と理解していた。
「拳で語る」と言う言葉があるが、正にその通り。二人の中では、多少形が異なるが、信頼とも言えるものが、あの短時間の間に芽生えていた。
「それよりあなた。本気の戦闘の時に、何か祈りの
「あー、本気だったよ。けど‶あれ〟は別物だ。完全な敵としてぶっ殺すと決めた時にしか唱えねーよ……」
「……ふーん、よく分からないけど、そう言うことなのね…」
トオルの完全戦闘モードのトリガーになっている『祈りの言』は、相手の命を奪う事への決意と覚悟でもある。例え敵であろうと敬意を持って鎮魂に努めることが、その授かった力の対価と考えている。
今回の手合わせでも、本気ではあったが【
「それと、気になっていたんだけど、その手の傷跡の事を聞いてもいいかしら? 言いたくなければ、別に言わなくてもいいけど……」
リディは戦闘中、特に何か発動すると言うわけでは無かったが妙な気配。言うなれば神聖なものを、その傷跡にずっと感じていた。
しかし、それが過去に酷い仕打ちによるものであれば、その問いはやぶさかな事だ。だが、その疑問を解消すべく遠慮がちに尋ねる。
「ん?……ああ、これか…まだガキの頃カトリックの洗礼を受けた翌日に、この傷跡みたいなものが浮かび上がったんだ」
特に隠すことでは無いと思ったトオルは、リディにその経緯を話し出す。
「この痕は「スティグマータ」と言われる「聖痕」でな、由来はキリストが磔刑の際に受けた傷跡らしく、稀に信者にこの傷跡が現れるという現象が起きるらしい」
「……なるほど。特に直接、傷を受けたと言うわけではないのね」
「ああ、そうだ。だが、この聖痕が現れてから、妙な事が度々起き始めたんだよ」
「妙なこと?」
「ああ……死者の魂が見えるようになったんだ。それと同時に奇跡っていうか、色々と恩恵のようなものを、もらったみたいなんだよ」
「……恩恵…神の加護かしら」
「例えば傷の治りが異様に早かったり、力のサポートをしてくれたり……まぁ色々だ」
トオル自身も聖痕の力を全て把握しているわけではなく、感覚的なことが多く説明が難しい。中途半端だが、その話を途中で切り上げる。
「……つうか、お前もまだ何か力を隠しているだろ?ちょいちょい妙ちくりんな事してたみたいだが、本来は格闘技とは別もんの何かだろ?」
「やっぱり気づいていたようね……まぁ、機会があればその一端でも見せてあげてもいいけどその代わり…あなた死ぬわよ」
「いや、なんで俺に使うことが前提になってるんだよ!」
「フフ、機会があればの話だけど……果たして
「なんか怖ぇよ!ちょっと何言ってるか分からねーし!」
リディの秘めたる力は、この世界の物理法則とは余りにもかけ離れたもの。現時点では必要の無い強大なものである。
初歩的なものは使うことがあっても、その極致とも言える力は、少なくとも‶この世界の人の前〟では使うことも明かすことも無いだろうと、深く心の中に秘めておくリディであった。
「……けど、‶ワイズマン〟に会わせてみるのも面白そうね…彼、どんな反応を見せるかしら……?もしかしたら‶ギルド〟に……」
「あ?なんか言ったか?」
「いいえ、なんでもないわ。こっちの話よ」
リディは、顎に手を当て小声でブツブツと、何やら思案を巡らせているようだ。
「……はあ、まぁいいや。とりあえず俺は兵舎に戻って寝ておくわな。今からなら…おー6時間は寝れるな。そっちの出発は日付が変わった後だろ?こっちは一番にだ。余計なお世話かもしれんが、お前もしっかり休んでおけよ」
トオルが所属するフォースリーコン隊は、真っ先に先陣を切っての行動となる為、基地出発時間は、作戦ファーストフェイズの2100(21時)となっている。
その前に各準備を済ませなければならない。
リディが所属するデブグル隊は、作戦最終フェイズにて明け方近くになってからの合流と行動となる為、時間までには大分余裕がある。
「…ええ、分かっているわ。それではまた。手合わせの方、実に楽しかったわ」
「ああ、こっちもだ。まだ昼だがとりあえずおやすみ!」
トオルは、あらかじめ外していた、兵士必須の耐衝撃性能の腕時計を、左手首に巻きながら準備時間などを計算する。今夜の作戦に向けて互いの休息を促し、二人は一時の別れを告げ、各所に向かう。
「あっ、そうだ! 言い忘れた!」
「ん?何かしら?……もしかしたら…告白?」
「やかましい!」
ふと、トオルは何かを思いだし、二人は兵舎への帰路の足を止める。呼び止められたリディは首を傾げ何事か問いかける。
「あー、はっきりとしたことは分からねーけど、妙な胸騒ぎがするんだ」
「……どういうことかしら?」
今日、午前中に行われたブリーフィングの際に、トオルは妙な聖痕の疼きを感じていた。こういう場合は、何か危険が迫っている前兆であるのは過去の経験から学んでいる。
「お前に限っては何かあるとは思えないが、とりあえず嫌な予感がする。今夜の作戦は十分に注意してくれ」
完全にオフモードとなっていたトオル。だが、打って変わって真剣な表情で、リディに注意を促す。
「……よく分からないけど、肝に銘じておくわ」
(冗談を言っているようには見えないけど、何かの察知能力かしら?彼の言うことなら、一応気をつけていた方が良さそうね)
一般社会と違って危険極まりない戦場に赴くのであれば、当然誰かしらに何かあるのは珍しいことではない。
しかし、彼には地球人離れした戦闘能力以外に聖痕によるものか、何らかの特別な力を感じとっていたリディは、別種の危険があるのではと、警戒を高めるのであった。
「まぁ、不安を煽るつもりは無いんだがな。何も起きないことに越したことはないが一応伝えておこうと思ってな」
「……ええ、まぁそんなところだとは思っていたけど」
不確定要素に必要以上に警戒されては、作戦に余計な支障が出るのではと、改めて程々な注意程度に切り替える。それを瞬時に理解するリディ。
「とりあえず、言いたいことはそれだけだ。配置が違うから顔を合わすことは無いと思うが、会ったらそん時だな!ワルキューレ!」
「……リディ」
「は?」
「リディよ!あなたには、特別に私の名前を呼ぶことを許してあげるわ…光栄に思いなさい!トール!」
何やら微笑ましく、僅かに頬を赤く染めつつ絶妙なツンデレ具合を見せるリディ。
先ほどまで、本気でぶん殴り合っていた相手とはとても思えない。
「ハハ!分かったよ、リディ!それじゃあまたな!」
「ええ、ではいずれまた。それと爆発しないよう気をつけなさいね。フフ」
「やかましい!」
互いに笑顔で再会込みの別れを告げ、それと最早名前のイントネーションなど、どうでもよくなっているトオル改め「トール」である。
「貴様らぁあああ!!まだそんなところでイチャつきおって!恥を知れ!!とっとと爆発しろ!バーカ、バーカ!このウンコチンチン!」
すでに、司令施設に戻っていたと思っていたボーマン大佐だが、実は陰に隠れて心配性の父親の如くこっそり様子を窺っていた。叱り罵倒が徐々に幼児退行していく。
「あのおっさん坊やは、何でまだいんだよ!?」
「知らないわよ! 怖いしキモすぎるわ!」
こうして、なんだかんだ激しくも、トールの運命の邂逅は忙しく幕を閉じるのであった。
そして、テロ組織の殲滅を目的とした大規模作戦【アリの巣コロリ作戦】が、波乱の予感を孕みつつ、ついにその幕を開ける。
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