第2話 10
「――殿下! 外をご覧ください!」
困惑して飛び込んできた女官長に促されて、私はルミアと共にバルコニーに出た。
「アレでございます!」
女官長が指差すのは東の空。
王都の町並みを越えて、城壁のさらに向こう。
そこには周囲の山よりなお高い……腕?
五指を開いて天に伸ばされたそれは、腕としか思えなかったのだが。
「――あんな巨大な腕があってたまるか!」
私は自分の考えを打ち消すように頭を振った。
恐怖からか、ルミアが私の腕に身を寄せてくる。
「……まさか――まさか、ギガント・マキナを使うなんて……」
その囁くような、か細い呟きが聞き取れなくて。
「怯えなくとも良い。
――ほら、見ろ。縮んで行くではないか」
彼女をなだめる為に肩を撫でながら、私は再びその腕を指差す。
それは私達の見ている前で、徐々にその丈を低くしていき、やがて見えなくなった。
「――殿下。アレはなんだったのでしょう?」
女官長もまた、顔を真っ青にして尋ねてくる。
「私もわからない。
宮廷魔道士団と大学の学者達に連絡して調べさせろ」
私が手を振ると、女官長はお辞儀して、控えの侍女を向かわせる。
その間もルミアは身を震わせながら、顔をうつむかせていたのだが。
「……殿下ぁ。
あの辺りって、アンジェラ様の領の方角なんじゃ……」
ルミアに言われて、私は国内の地図を思い描く。
「――また、魔女がなにかしたのではないのですか?」
「……ありえる、な……」
不可思議な方法で、王城にも匹敵する騎士団隊舎を崩壊させた魔女だ。
「――ミゲルを呼べ」
騎士団隊舎崩壊を受けて、私も魔女について調べさせていた。
国内では表立った活動の痕跡が見られなかったのだが、先日、外務省から十年前のランベルクとの戦において、参戦していた痕跡があったと伝えられていた。
外務大臣の息子であるミゲルに命じて、大使館を通じてその確認を急がせていたのだが……
「――殿下ぁ。
もしアレが魔女の仕業なのだとしたら、グレイブはやられてしまったのでは?」
「ああ、その確認も必要だな」
「……騎士団ってまだ出発してませんよね?
派遣は見送って、守りに徹した方が良いと思います。
もしアンジェラ様が魔女の力で攻めてきたらと思うと、わたし怖くて怖くて……」
――言われてみれば確かに……
あの悪辣な女は、この国を滅ぼすと宣言している。
ブラドフォード領を攻めた隙に、再び王都を攻められた場合、騎士団不在では守りようがない。
「騎士団には待機指示を出せ。
それからグレイブ達の状況確認の為に早馬を向かわせろ」
私の指示に、女官長は再び侍女を向かわせた。
「……それから、お茶を用意してくれ。
少し……疲れた」
私はソファに身を沈め、ため息をつく。
父上は寝室に閉じこもったまま、いまだに姿を表さない。
代わりにこなしている政務は膨大な量で、貴族院内の政争と利権の奪い合いによって、真逆の法案が上がって来る事さえあるのだ。
「……大丈夫ですか? 殿下ぁ」
「……ああ、私の味方はルミアだけだ……」
優しく私の腕をさすってくれるルミアに、私は微笑を向ける。
「――お待たせいたしました」
侍女が用意したお茶を口に運び。
「――ん? 薄くないか?」
いつもと違う味に、私は眉をひそめた。
途端、侍女は慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ありません!
その……茶葉が切れかけていまして……」
「別に急がないから、備品庫から取ってくるといい」
すると女官長が進み出て。
「それが……殿下。
備品庫にも茶葉は無いのですよ」
「……どういう事だ?」
「ポートラン商会でも品薄との事でして。
茶葉に限らず、様々な品が品薄になっているのだとか……」
嫌な予感がした。
国内随一の大商会のポートラン商会で、商品が不足するなんて事がありえるだろうか。
「――ジンを呼べ!」
私の指示を受けて、またひとり侍女がこの部屋を飛び出していく。
マキナを帰喚したわたしは、駆けつけたアンにめっちゃ怒られた。
……拳骨もらった頭が痛い。
今は騎士達より先に城に帰還して、アンにエドワードの執務室に連れてこられていた。
「――というわけで、シルトヴェール軍は陣地も含めて壊滅。
捕虜は牢に入れるよう指示を出しておきました」
事情を説明し終えたアンに。
「ああ、ご苦労だったね」
エドワードは書類仕事の手を止めて、そう労った。
アンに怒られて、ようやくヤバい事やっちゃったって理解したわたしは。
「……あのね、エドワード。
街道壊しちゃってゴメンね?」
素直にエドワードに謝ったよ。
マキナが出現した場所は今、地殻をえぐって巨大な谷みたくなっちゃった。
それを直すのには、かなりの労力や人手が必要だって、アンに教えられたんだ。
指をもじもじさせながら、わたしが頭を下げると。
エドワードは立ち上がって執務机を回り込むと、わたしの前に立った。
――怒られる!
そう思って目を瞑ったわたしに。
「気にしなくて良いよ。
それよりアンジェを助けてくれてありがとう」
エドワードはそう言って、下げたままのわたしの頭にその大きな手を乗せて撫でてくれた。
……うぅ。エドワード優しい。
わたし、お父さんもお母さんも知らないけど、エドワードがお父さんだったら素敵なんだろうなぁ。
「――お父様はクレアに甘いです!」
……うぅ。アンはまだ怒ってるみたい。
エドワードはわたしの頭を撫でながら笑った。
「いや、本当に気にしなくて良いんだ。
むしろ、ああなってくれて、懸案事項が減ったくらいだよ」
「……どゆこと?」
「どういうことです?」
わたし達が尋ねると、エドワードは応接ソファに座るように促しながら、自分もまた向かいに腰を降ろした。
執事長のジロールが音もなく動いて、お茶の用意を始めた。
わたし達が座るのを待って、エドワードは指を二本立てて見せたよ。
「理由はふたつ。
まずは今回の戦闘が前哨戦で、あの部隊が先遣隊であった場合だ」
執務机に手を伸ばして紙とペンを取ると、エドワードはそこに概略図を書き記していく。
ルーイン長河の中洲にある公都アンゲラと、そこから東西に延びる大橋。そしてその袂にある西街と東街。
ざっくりとはわかるけど、エドワードって王族なのに絵はあんまり得意じゃないみたい。
さらにその周囲を囲む外壁を描いて。
西に延びていく街道と戦場となった平原、さらにシルトヴェール陣地のあった地点を描き、その南北の山地を書き記したところで、アンが声をあげる。
「――ああ、なるほど……」
「なになに? アン、わかったの?」
「ええ。
ここが谷になった事で、街道は事実上封鎖された形になってるのよ」
アンはそう説明してくれたけど、わたしはいまいちピンとこなくて首をひねってしまう。
「シルトヴェール軍本隊がこれから来たとしても、馬ではあの谷は越えられないわ。
重歩兵も当然無理ね。
<兵騎>で強引に突破はできるでしょうけど……」
そこまで教えられて、ようやくわたしは理解する。
「ああ、こっちは谷の出口で待ち構えて、フルボッコにできるって事だね」
わたしが拳を奮って告げると、エドワードもアンも苦笑した。
「そういう事だね。
谷のそばに哨戒基地を造らせようと思う。
――そして、もうひとつ」
エドワードは残った指を折って、わたし達を見た。
「あれを整地し直すとなると、人手が必要になるからね。
新たな雇用が生まれるというわけだ」
エドワードが言うには。
これからブラドフォードは商業の中心となり、多くの人が訪れる事になるんだって。
そうなると当然、職にあぶれる人も出てきちゃうわけで。
そういう人達を集めて、街道修復事業に従事してもらおうって話みたい。
「戦後になれば、哨戒基地をそのまま街道整備事業の基地として流用できますね」
エドワードの計画を正しく理解できてるアンは、顎に手を当ててそう呟いてる。
「そうだね。
そしてそこで技術を身に着けた者達は、東西街の土木建築面での発展にも携わってくれるはずだよ。
正直、雇用に関しては頭を悩ませていてね。
クレアには感謝しかない」
そう言って、エドワードはまた頭を撫でてくれた。
んふふ。エドワード、ホント優しい。
「……結果的にはよかったけど。
本当に頼むわよ?」
ジト目で見てくるアンは、怒りんぼだ。
でも、約束破って勝手しちゃったのは確かだもんね。
反省はんせい。
「は~い。
今度はちゃんとアンに確認するよぅ」
わたしがそう告げれば。
「まったく。約束したわよ?」
アンもまた、わたしの頭を撫でてくれた。
んふ。なんだかんだでアンも優しい。
そうしてわたし達は、ジロールのお茶を愉しみながら、今後の計画を話し合った。
いまいちわからない事もあったけれど、そのたびにエドワードはわかりやすく噛み砕いて説明してくれた。
――次のわたしの出番は、独立宣言のパーティーになるらしい。
★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★
ここまでが2話となります。
次回はパーティーから!
いよいよブラドフォードが国家として独立します。
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