ココロノアリカ
@kuRo-L
プロローグ 悲劇を知る者
血の匂いが漂う。
死屍累々、この世の地獄とも呼べる光景が一面に広がっていた。鎧を着込んだ兵士と思しき死体があちらこちらに散乱し、地獄絵図と化している。
そんな中をピチャ、ピチャ、と血の池を歩む者がいた。
手には刃を、目には虚無を携え、歩を進める白髪の青年が見据える先には一人の男がいる。青年を見上げるように男は後ろ手に地を這い、引きつった顔は恐怖に染まっていた。
「や、やめてくれッ! もう十分だろッ! お前達にはもう手を出さないと誓うッ! 必要なら望む額をくれてやるッ! だから――」
男の言葉を遮るように青年の手が振るわれる。手にしていたロングソードを一閃、血の軌跡を走らせた。
「ヅッガァ――」
男の口から言葉にならない音が飛び出す。口元は血に塗れ、今しがた頬を切り裂かれた男はのたうち回るように地を転がった。
青年は初めから男と会話をする気などない。それでも耳障りな声が癇に障り、殺すより先に男の口を裂いていた。
「ァガッ――」
男が着込んだ豪奢な白地の生地は真っ赤に濡れ、のたうち回るうちに血や汚泥に塗れ見るも無惨な様相と化している。
「これはただの八つ当たりだ。許しを請う必要はない。こんな事に意味がないのは俺が一番わかっているからな」
憎しみでも、怒りでも、悲しみでもない。
青みがかった両の目に宿るは深淵すらも霞むほどの虚無だ。
「ヒッ――」
振るわれる血を帯びた銀の軌跡。
男は目前に迫りくる死よりもロングソードを振るう青年自身に目をやった。青年と男の視線が交錯する。そこで男は自らの勘違いにようやく気づいた。
この青年は端から自分を見ていないのだと、男は死ぬ間際に悟り何をしても逃れられぬ死に絶望する。
束の間、男の頭部は胴体を別れを告げ、生々しい音と共に地を転がった。
「……サラ」
悲しみを帯びた青年の呟き。誰に聞かせるでもない小さな囁きは、近づいてくる人影の耳に届いていた。
「やっぱりサラの事が大事だったんだね。ほら、ボクの言った通りだ」
おどけるような調子で話しかけてきたのは小柄な子供だった。少年とも少女とも取れる中性的な顔立ちは性別を伺わせない。
「何のようだノラ」
「そうだねぇ……オルトを助けに来た、かな」
「助けに、だと。もう終わったのが見えないのか?」
何も感じさせない虚無の瞳。ノラはそんなオルトの瞳が酷く悲しげに見えた。
「ホントはね、来るつもりなんてなかったんだよ。でも……こんなオルトは見たくないから、さ」
「……」
「ねぇ、オルト。今からでもまた笑って過ごすことは出来るかな? ボクが一緒にいるからさ」
困ったような、悲しいような、複雑な感情が入り混じった笑みを浮かべ、ノラは語りかける。
「……悪い、ノラ。それは無理だ」
「そう……だよね。ボクじゃ代わりにはなれないよね」
ノラは一瞬躊躇う素振りを見せたが、意を決し重たい口から言葉を絞り出した。
「ボクを殺してくれないかな」
「何を言って――」
「頼むよ」
オルトの言葉を遮って懇願する。
「ホントはオルトに頼むべきじゃないのはわかってるけど……オルトだったらうまく殺してくれるから」
「……本気か?」
「うん。ボクもサラが死んで悲しいんだ。だからこんな世界にはいられない……なんて言葉は今のオルトには必要ないよね」
「殺して欲しいと言うなら是非もない」
「……ありがと」
ノラは震える手を押さえつけるように掴み、ぎこちない笑みを浮かべて感謝を口にする。その姿はとても死を望んでいるとは思えなかった。
「お願い、オルト……ボクを殺して」
オルトは迷いなくロングソードを振るう。
彼もノラが本気で死を望んでいるようには思えなかった。だが、同時にノラの言葉が本気である事とも受け取っている。
しかし、今の彼には理由など不要だ。二人がどのような間柄であれ、オルトは迷いの一切を抱かない。
それが完成された暗殺者。人を殺すための装置。師であるエトが望んだ完成された後継者だった。
「ごめんね……でも、きっと……こん――」
ノラの言葉が最後まで続くことはなかった。
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