第三十三話 再び

 今日もまた商業区を歩く。捜索の方は順調とは言えないが、焦っても仕方がない。何事も急がば回れだ。旅をしている中、時々どうしようもなく不安になることももちろんあったが、忍耐力といえば良いのだろうか、心を平静に保つすべは自然と身に着いた気がする。楽天とまではいかないが、それだけテオスとリリアを信頼している証拠とも言えるだろう。


「今日はこんなとこか」


 セネカには、冒険者や腕っぷしに自信のある者向けの依頼要請所に行ってもらっている。稼ぎのための依頼を探しに行ってもらうためだ。

 対しておれは料理当番というわけだ。一応、当番はセネカとの交代制にしているのだが、一か月経っても一向に交代する気配がない。まあ、今では料理が楽しくなってきているし良いんだけど。毎食外で食べても良いが、如何せんこの大都会ではどこも高くつくんだよね。もちろんたまには贅沢ぜいたくもしているよ。

 ここまでしてきた「旅」という性質上、どうしても野宿をしなければならないタイミングは当然のようにある。そこで簡単にさばく程度のことすら出来なければ、はっきり詰んでいるといっていい。そんなことから、おれも多少なりとも料理面に関して上達したと自負している。

 けどセネカがどうもなあ……剣筋が鋭すぎて、料理用ナイフですら食材をバラバラにしちゃうんだよね。剣士としては非常に頼れるんだけど。

 そんなこんなで今日の夕食分の肉や野菜を調達し、商業区を後にした。




 家に着く。セネカはまだ帰ってきていないか。先に軽く準備でもしておくとしようか。……ん? なんだこれ。

 ポケットに知らない紙が入っている。差出人は記載無し。開いても大丈夫だよ、な? えーとなになに、




『数年前は世話になった。対レイヴン組織黒ローブ集団のリーダー、バーラだ。今はお前たちと同じ、ソミシアにて居を構えている。早速だが相談したい事がある。安心してくれ、復讐等が目的ではない。同意してもらえるならば、〇〇の路地裏××へと来てもらいたい。期限は二日後、それまで来なければ同意を得られなかったとしておとなしく手を引こう。その場合も危害を加える等するつもりはない、安心してくれ』




 ! ばっと後ろを振り向く。……いるわけないか。

 黒ローブ集団のバーラとは。つい先日、このソミシアに来る前に十一歳を迎えたわけだから、黒ローブ集団を戦ったのはもう四年近く前になるのか。

 あの強気なバーラとνニューがいて“相談”とは、また気になるワードだな。何か切羽詰まった状態なのか……?

 それにしてもいつの間にこんな物を。商業区ですれ違い様にか? そういえば一度肩を軽くぶつけた人がいたな。あれだったのかもしれない。

 とにかく、これはセネカと要検討だな。




◇◇◇




「今帰った」


「おかえり」


「ああ、ただいま」


 今思ったけどこのやり取り、主婦と仕事帰りの夫みたいだな。逆だけど。


「セネカ、いきなりで悪い。これ――」


 セネカの今日の収穫を訊く前に例の要請について話をする。可否はもちろん、信頼出来るかどうかについても検討する必要がある。


「なるほど、これはまた懐かしい人物が出てきたな」


「おれは……だと思っている」


「聞こう」


「うん。まずこれは間違いなくバーラからの物だと思う。数年前のあの件を知っているのもおれたちと集団以外にいないだろうし。それとこの文、相変わらず偉そうにはしてるけど、あのバーラがここまで譲歩して要請してくるほどだ。何か重要な案件に関わっていると見ていい。それも奴らとなればおそらく、というよりほとんど――」


「レイヴン関連、か」


「そうなる」


 右手を下唇にあて、少し考えるようにしてから、意を決したようにセネカが目線をこちらに向ける。


「ああ、賛成だ。黒ローブ集団と会おう」


「決まりだね」




◇◇◇



 さっ。

 指定された路地裏。人気ひとけがほとんど無い中、帽子を深く被ってたたずむ者に一瞬手振りを見せる。事前に手紙にて記載されていた密会方法だ。


「付いてこい」


 おれたちにしか聞こえない声でぼそっと話す、おそらく黒ローブ集団の一員であろう男に付いていく。路地裏から長く暗い隠し通路を歩き、やがて地下へと入ると一つの門へと辿り着く。


「少し待て」


 案内の男は魔法を用い、小声で門越しに中の者と話している。セキュリティ関連だろう。


「門が開く。入れ」


 ……ゲームのNPCみたいな話し方だな、とくだらない事を考えつつ中へ入れさせてもらう。門が開くと、薄暗くて見にくいが真っ直ぐ先へ続く道、左右へとそれぞれ別れる道があるのを確認出来る。生活空間も兼ねているのか、いくつも部屋があるようだ。


「そのまま奥に進め。バーラ様がお待ちだ」


 言われるがままに進み、一番大きな扉の前で男がコンコンとその扉を鳴らす。


「例の二人をお連れしました」


「入れ」


 扉の向こうからはそれほど大きくなくも脳裏に焼き付くような鋭い声が聞こえる。

 

 ガチャリ。


「来たな。こちらの要請に応えてもらい感謝する。そこに腰かけてくれ」


 想定よりも広く明るく、何より綺麗な会議室だ。中央を占めるはブラウンの大きな会議テーブル。壁面には所々印が付いた、ヴァレアス帝国やこのソミシアなどのあらゆる場所の地図が貼ってある。

 そして会議テーブルの一番奥、いわゆるボスのポジションに似合う女性が一人。もちろんバーラだ。見た目はほとんど変わりがない。髪が少し伸びたぐらいか。女性に対して、ましてやバーラに年齢を聞くほど命知らずでもないため知る由もないが、年齢に対して容姿はかなり若いと見える。

 などと彼女を見ていると、一瞬バーラの目が蛇のように睨んだ(?)気がしたのでふっと目を逸らす。すると、


「久しぶりだな、ガキ。会いたかったぜ?」


 彼女の左隣。足を組んでいた如何にも偉そうな男が、おれと目が合うなり立ち上がり、ガンをとばしながらこっちに歩いてくる。言うまでもない、νニューだ。

 おいおい、いきなり喧嘩腰だなチンピラかよ。


「待て」

「よせ」


 セネカとバーラが同時に口を開く。セネカはそれ以上近付くなと収めるように、バーラはやれやれといった感じで。


「喧嘩をしに呼んだわけではないのだろう? お互い有意義にいきたいものだが」


 νニューを睨むようにセネカが牽制をかける。


「おー、相変わらず怖い嬢ちゃんなこった。これは失礼。久しぶりの再会でちょっと上がっちまっただけだ」


「何が上がっちまっただよ。そっちも相変わらずのようでむしろ安心したよ」


「ハッ! 言うようになったじゃねえか」


 おれも懐かしさからか、若干買い言葉になってしまう。というのも、今のこいつからは全くといっていいほど殺気というものを感じられない。戦闘になる気配が全くない。


「その辺でいいだろう。呼んでおいてすまないな、うちのバカが」


「なんだと!」


 バーラとνニューのやり取りも、もはや見ててほっこりするな。


「何をニヤニヤしている。気持ちの悪い」


 ……バーラはあとこの毒舌だけ直ってくれたらね。


「さて茶番はここまでだ。本題に入ろう」


 目付きが明らかに変わったバーラに、おれもセネカも姿勢を正す。さっきとはまるで雰囲気が違う。今の彼女は一組織のボスの目付きだ。


「まずは今一度問おう。前の我らの施設にて一度話したはずだが、“レイヴン”、この名をあれ以降聞き及んだ覚えは?」


「ある。どころか目的のために今おれたちが追っている組織でもある」


「ほう、……そうか。お前たちも辿り着いたか。ならば話は早い」


 一息つき、もう一度強くこちらを見つめてバーラが再び口を開く。


「今回要請した案件は一つ。共に、我らが追う憎き組織レイヴンが一人、

《黒真珠》ファントムを倒してほしい。いや、



「……ッ、…………ダメだ」

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