第十九話 とっておき

「とっておきを見せてやる」


(まだ何かたくらんでやがるのか?)


νニューは若干の警戒をしつつ片手間でフレイの攻撃を対処する。


(だがまあ、なんつーか興覚きょうざめだな。結局こいつも相手にはなんなかったか)


 両者が再びぶつかり合う。が、正面からではやはりフレイは力負けする。


「そろそろ終わりにしねえか? てめえとやるのはもう飽きちまった」


 その口調とは裏腹に、火・氷・雷・水と、その一撃一撃が全て重いかたまりのような魔法を空から放ち続け、着実にフレイを追い詰めるνニュー


「ぐっ……」


 だがフレイはまだ諦めていない。


(まだだ)


「結局てめえもつまんねえ奴だってことか。ならもういい、消えな」


(冷静に機を窺え)


 壁際、すでに逃げ場のないフレイに最後の一発のつもりでνニューの手から魔法が放たれる。が、


「あ?」


低位神権術 <召喚魔法>“低位召喚”


 フレイは自らをνニューの後ろに低位召喚することで実質的なを再現。


「ちっ、こざかしいことしやがって!」


 さらに“低位召喚”の連続使用で瞬間移動を重ね、νニューの視界から消え、追いつかれれば消え、を繰り返し翻弄ほんろうする。加えて、


<重力魔法>“グラビティゾーン”


「こんなもん、足を上げりゃあ――」


(隙あり!)


 フレイがνニューに突っ込む。


「なんていうと思ったか? バレバレだ――」


 ぼよん!


「あぁ?」


<圧力魔法>“透明結界”


「! しまっ――」


 ドゴッ!!


 <強化魔法>“筋力増強”により強化されたフレイの拳が炸裂した。その勢いのままνニューは反対の壁まで吹き飛ぶ。





 なんとかまずは一発。

 この戦略、完全なるただの思い付きだったがそれが運良く功を奏した。「物事にはそれぞれ絶対に意味がある。今はわからなくてもそれがきっと役に立つ時は来る」、父テオスの教えだ。まさかこんな大事な場面で、全く使い道が分からなかった特殊系統が役立つとはな。

 

「ふっ、やってくれんじゃねえか。少し見直したぜ。それがてめえのとっておきってやつか?」


 ガラガラとめり込んだ壁から起き上がる音を立ててνニューがに問いかけてくる。


「まさか」


「さっきのは撤回するぜ。やっぱてめえは面白おもしれえ。だがそんな小細工、二度と通用しねえぞ?」


「もちろんわかっているさ。まだまだこっからだ」


「それがはったりじゃなけりゃあいいが、な!」


 態勢を立て直したνニューが距離を詰めてくる。わかっている、こいつに同じ技は通用しない。だがおれの受け答えも決してはったりではない。


「あぁ? この前と同じ構えか? それはおれには通用しなかっただろうが!」


「いいや」


 そうだ、今から放つのは初めてこいつと対峙たいじしたとき、最後に使ったあの魔法。未完成だったあの魔法。あの時炎を使い果たすつもりで放った魔法は、そもそも考え方が間違っていたんだ。大切なのは威力ではなく調和。

 中位神権術、攻撃系統のを等しく同時に放つことで完成する大魔法。これで終わらせる。


「うおおおおおお!!」


 だが放つ瞬間、前に通用しなかった事が頭をよぎる。


 また止められるんじゃないかのか?


 繊細せんさいさが最も重要なこの魔法において、精神こころの乱れは致命的。

 魔法が崩れかける。


――大丈夫、自分を信じて――


 ! この声・・・初めて魔法を使った時の声。誰かは分からない。でも、聞いているだけで安心する。おれの右手にそっと手を添えられたような感覚、これなら。


 心が安らぐ。その落ち着きと共に崩れかけた魔法は、完成した。



 くらえ。



 中位神権術 <>“無に帰す調和の光ニエンテ・ハルモニア・アウレオーレ





 フレイから放たれたオレンジの波動はνニューを包んだ。


(何が起きた?)


 νニューは思案した。もちろんこの男も何の対策をしなかったわけではない。前にフレイと対峙した時は<電撃魔法>の初歩である“充電”により、人差し指のみであっさりと対処した。今回は念のため警戒レベルを一つ上げ、過去に見た<重力魔法>でフレイの放つ魔法ごと飲み込まんとした。

 だが、フレイが放った魔法はνニューの<重力魔法>を全く意に介さず、どころか何も起きぬままνニューには自分の体をように見えた。実際、νニューの体には傷一つない。

 ここで初めてνニューは焦りを感じる。


(前回までとは明らかに違え)


「何をした」


「お前はもう魔法を使えない」


「あ?」


 そう言ってフレイがνニューに突っ込む。対してνニューも魔法による対処を行う。


 (わけわかんねーこと言ってんじゃ――、!?)


 フレイが<凍結魔法>“氷晶の城アイスクリスタル・キャッスル”でνニューを捕まえる。


 (ばかな! 確かに今<火炎魔法>で打ち消したはずだが……まさか、まじなのか?)


 νニューは肝を冷やす。


(はっガキが、生意気な)


「魔法の使えないお前に負けはしない」


(一応手が動かせるか。ならやりようはまだある……いや)


νニューは自分の手が動くことを確認する。だが、まだ抵抗できる手を残しつつもそのほこを収めた。


(こいつなら止めてくれるのかもな)


 フレイが身動きの取れないνニューに手を向ける。


「楽しかったぜ」


 νニューは敗けを認め、フッと笑う。


「セネカは返してもらう」


 フレイが魔法を放つ。

 放ったのは<火炎魔法>“爆炎波フレイム・ノヴァ”。現状フレイが使える魔法で一番高い威力を誇る火の大魔法。冷えきった氷の城に大熱波を送る。するとフレイが得意とする合わせ技と同じ現象が起きる。


 νニューを閉じ込めていた氷の城は一気に大爆発を起こした。





 うまくいった……のか。大魔法を連続して放った疲れと、極度の緊張状態から解放された反動でおれはその場にへたり込む。

 あの勝負を決定づけた魔法。あれは。おれの読んでいた本には記述が全く無かったが、父テオスの話を少し聞きそののち自らの力で完成させた魔法だ。

 中位神権術による攻撃系統のすべての魔法を等しく同時に放つことにより、“全てを調和する力を持った魔法”が生まれる。その魔法を受けた者は自身の炎を使役する際、自然に炎が調和されてしまうことにより、一時的に魔法を使うことが出来なくなる。

 ゴリゴリの肉弾戦車のような相手にはそこまで有用性は無いが、対魔法師においてはを持つ。


 だがそうだ、こうしちゃいられない。νニューを倒したはいいものの、おれにはやらなくちゃいけない事がある。セネカを助けにいかなくては。

 でも……あれ? 体が動かない。くっ、さすがに体力を使い過ぎたか? 一刻も早くセネカのところにいかなければならないのに!


「大丈夫か!」


 この声は……仮面の男性か! 助かった。黒ローブ集団を倒してきたのか、さすがだ。

 ほとんど動かない体を抱きかかえられながら向かうべき方向を指す。


「あっちにセネカが」


「わかった、とにかく回復薬を!」


 仮面の男性にかかえられ、仮面の女性には回復薬を施してもらいながらνニューの言っていた場所へ向かう。




◇◇◇




「セネカ!!」


「フレイか!?」


 大きく透明な筒状の物の中に幽閉されているセネカを見つけて叫ぶ。νニューの言っていた通り、真っすぐ続く道を進むとセネカが居る巨大な部屋に辿り着いた。ここは……実験か何かをしている部屋か? セネカは手足を固定されている。だがやっと会えた。すぐに救出しなくては!


「こっちにくるな!」


 え? セネカのその発言に戸惑う。


「遅かったじゃないか、フレイツェルト君」


「だれだ」


 向こうから一人の肩に傷を負った茶髪の女が姿を現す。


「私は。こいつを助けたければこちらに来るんだ」


「何をする気だ?」


「それは言えない。我らは目的のために動くのみ。来る気が無いのならば力づくでも構わないぞ?」


「言われなくてもそのつもりだ!」


「そうか、いいだろう」


 そう言うとその女は天井からぶら下がった一本の管を自らの首に差す。


「お楽しみといこうか」

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