第伍章 勇者覚醒

 私はアランドラ皇子の肩を借りてなんとか立ち上がることができた。


「ユキコ殿、オウカ殿はいったい? それにトモエとは?」


 私は全身の痛みより精神的な疲れで膝を笑わせながらもアランドラ皇子へと顔を向けた。


「桜花、そして巴は元々双子としてこの世に生まれてくるはずでした」


 そう、我が霞流道場掛かり付けの医者の見立てでは、霞家の末子は双子として生まれるということだった。

 しかし、生まれてきた子はただ一人、さては老医師の見立て違いかと思われた。

 その医者の名は順庵じゅんあんと云うのだけど、その知識の乏しさと技術の拙さから、藪以前の筍として筍庵じゅんあんと渾名されているような老人であったので、誰もが呆れたものだった。

 門下生達は口を揃えて、怪我をすれば月夜の手当の方が早く治るし、病気になれば私の鍼やお灸の方が順庵のインチキ薬より効果的だと云う。

 あら、私?

 実は私にも双子の兄がいて、私なんかじゃ足下にも及ばないほどの達人だったの。

 当然、道場は兄様が継ぐものだと思っていたので、私は剣術修行の傍ら、盲目でも独立して収入を得られる鍼灸や按摩の勉強をしていた時期があったのよ。

 もっとも、その兄様は明治五年に起きた銀座の大火に巻き込まれて亡くなってしまい、結局、兄様に次いで霞流剣術の奥義を究めていた私が道場を継ぐ事になったのだけどね。

 さて、順庵ははっきり云って、祖父の代からの付き合いでなければ即刻縁を切りたいと私をしてそう思わせる無茶苦茶な医者なのだけど、桜花の双子に関してだけは彼の見立ては間違っていなかった事になる。


「どうも母の胎内で一人になってしまったらしいのですよ。未だに信じられないのですが」









 それが知れたのは、桜花が九つの時で、私は近所でも評判の悪い士族崩れの子息達に目の事でからかわれていた。

 最早、その程度の揶揄に慣れていた私は無視を決め込んだ。

 しかし無視された事が彼らの癇に障ったらしく、一斉に石礫を投げつけてくるようになった。

 仮にも私は剣術道場の娘にして門下生、たかだか数人に石を投げられたといってかすりはしないのだけど、その日は違った。

 どこに隠れていたのか悪童がわらわらと集まってきた。四方八方からの石礫に私は対処しきれず一つ、また一つ当たってしまった。

 その時、たまたまお使いに出ていた桜花がその場に現れた。


「貴様らあああああああッ!!」


 私は初め、その声が桜花のソレとは判らなかった。

 しかし悪童を打ちのめす者の「よくも雪子姉を!」とか「雪子姉の仇だ!」だのの声に漸く私は救い手が桜花だと悟った。

 やがて微かに聞こえてくる悪童達の呻き声に洒落にならないものを感じ、私は桜花の手を取って一目散に逃げた。

 ややあって人気のない場所まで逃げ切った私は助けられたお礼を云い、次いで先程の喧嘩のやり過ぎた部分と男言葉を窘めた。


「うん、解ってるけど雪子姉があんな目に遭わされて黙ってられるかい」


 と桜花は悪びれずに云った。

 私はその時、奇妙な違和感を感じた。声は確かに桜花のモノだったけど、いつもより若干低いように感じたのだ。


「桜花? 貴女、桜花…よね?」


 私は桜花の顔を擦る。間違いなく桜花の顔、桜花の髪だった。


「そんなことより雪子姉、大丈夫か?」


 桜花は困惑する私の腕を取って撫で回す。途端に鈍い痛みが走り、私は顔を顰めた。


「あ、こんなに痣が……アイツら女の肌になんて事を!! 額も血が出てる……」


 すると桜花は私の頭を抱いて額に舌を這わせた。


「ちょ、ちょっと桜花?!」


 私はあまりのことに驚いて桜花の胸を押して彼女を離そうとした。

 その時、いくら当時の桜花の胸が幼さゆえに平らだったとは云え、女としてあり得ない固さがある事に気が付いた。。


「桜花? 貴女、胸が……」


「あー、バレちゃったか……うん、もう隠せないよな。ちょっと軽率だったか」


 桜花はまず驚くかも知れないけど最後まで聞いて欲しい、と前置きしてから言葉を紡いだ。


「雪子姉、俺が……俺と桜花が本来双子として生まれる筈だった事は知ってるよな?

 確かに俺達は双子だった。けど俺はお袋の腹ン中で桜花の体の中に取り込まれちまったんだ。やがて俺は完全に桜花と一体化して一人の霞桜花としてこの世に生を受けた。俺自身、信じられないけどさ」


「話自体、驚いたけど、その口振りじゃまるで母様のお腹の中にいた時から物心がついてたみたいなんだけど?」


「うん、その頃から俺は意識があったんだって……予想より驚いてないんだな?」


 桜花、いえ、『弟』の言葉に私は思わず苦笑する。


「いえ、十分驚いてるわ。でも大切な家族が秘密を打ち明けようとしてるんだもの、必要以上に驚いてたら失礼じゃない」


 私は『彼』の体を抱き寄せる。普段の桜花とあまり変わらないと思ってたけど、やはり肩はしっかりしてるし腰のくびれも無くなっていた。


「雪子姉……話を続けようか。生まれてからも俺の意識は消えることはなく、桜花と肉体を共有する生活が始まった。もっとも見かけは桜花のものだったから俺はあくまで『表』に出ずに俺なりの人生を愉しんでいたよ。例えば桜花の見聞きしたものとかね。でもホラ、桜花って時々トンチンカンなとこがあるだろ? だから俺はたまにだけどアイツに助言を与えてやったりもしてたんだ。助言と云っても桜花の見聞きした事だけが俺の全てだから大した事はできないし、本来桜花が覚えているべき事を代わりに覚えてただけだけどな」


 云われてみれば確かに桜花は稀に高い知識を披露し、驚く私達に、「桜花には“天の声”が聞こえるんだよ」って得意げに云っていた。

 それに『彼』の云う通り、桜花は物覚えが悪い。頭は悪くないのだけど興味の無い事(特に勉学)には苦手意識も働いて覚える気力が見受けられない。

 しかし桜花の知覚したものだけが人生の全てだと云う『彼』は貪欲に知識として取り込んだ。だから月夜の講義さえも『彼』にとっては娯楽だった。


「で、これが重要なんだけど、俺が『表』に出ることは今回が初めてじゃないんだよ。それも一度や二度じゃない。初めは怒りが切っ掛けかなと思ってたんだけど、考えてみるとそうじゃないんだ。普段の生活で腹が立つことがあっても滅多に『表』出ることはなかったからね。切っ掛けは多分、さっきの莫迦共のように雪子姉や月夜姉に危害が与えられている場合に限るんだよ。今だってアイツらのした事にはハラワタが煮えくり返ったしな」


 その言葉に私は頬が緩むのを抑える事ができなかった。今まで桜花の裏方に徹していたこの『弟』はずっと私達を護ってきてくれていた。

 そう思うと益々頬が緩み、段々『彼』が愛おしくなってきた。


「貴方はずっと私達を護ってきてくれていたのね」


 私はずっと抱いていた『彼』を更に力いっぱい抱きしめた。


「雪子姉? 俺が気持ち悪くないのかよ?」


「莫迦を云わないで、私にとって家族は何物にも代え難い宝よ? 気持ち悪いなんてあるはずないじゃない」


「いや、でも俺が『表』に出ると……」


 『彼』は私の腕の中で身を捩る。


「そう云えば貴方が『表』に出ると体も男の子になっちゃうの?」


「うん、そうみたいだ だから道着ならともかく女物着てる時、『表』に出るのはちょっとな。桜花は褌が嫌いだし、今は腰巻だからスースーと落ち着かねェしさ」


「そうだったのね」


 そこで私はふと思い付いた。


「それはそうと貴方にも名前が必要よね。今から貴方をこの世に括る為にも名前をつけて良いかしら?」


 私が居住まいを正して『彼』に云うと少なからず驚いたようだった。


「良いのかい? 俺が名前を貰っても」


「勿論よ。もっとも元々双子だった貴方達の為に二つの名前を用意していたのだけどね。実際には数え切れないくらい候補が在ったんだけど。女の子の方は母様が姉妹を『雪月花』としたかったようで『桜花』と名付けた。男の子には父様が霞家の嫡男に相応しい名前を考えていたわ。その名は『巴』。我が家の家紋から取り、そして私達雪月花の三姉妹が離れ離れにならないよう守り抜いて欲しいという願いも込められた名前」


「巴……巴か。ちょっと女の子っぽい感じもするけど嬉しいよ。ありがとう!」


 『彼』、巴が嬉しそうに抱きついてくる。

 私は桜花が再び『表』に出るまでずっと頭を撫で続けていた。









「それでは今、スタローグと対峙しているのはオウカ殿ではなく『弟』のトモエ殿という事ですか?」


 アランドラ皇子は半ば信じられないといった響きの言葉で問いかけてきた。


「ええ、姉の私が云うのもなんですが、巴は相当強いですよ。私でも竹刀なら三本中一本は取られるくらいですから」


 なんだ、竹刀稽古かと莫迦にされては困る。

 木剣稽古、真剣稽古、なるほど竹刀よりも重量はあるし、緊張感も生まれるだろう。けど、それが有効なのは素振り稽古や型稽古などの基礎であって、打ち合いの稽古となればどうだろう?

 真剣は云うに及ばず、木剣で打ち合いなど熟練者であっても気を抜けば大怪我をする。ましてや仕合ともなれば死人すら出る事もある。

 中には、そうした緊張感無くして剣の道が極められるかと云う意見もあるだろう。

 けど、何故竹刀が発明されたのかも考えてみて欲しい。恐らく考案者は稽古や仕合で大怪我をしたり、命を落とすなど話にならないと思ったのではないだろうか?

 事実、袋竹刀を考案された新陰流・上泉信綱かみいずみのぶつな様はそのようにお考えだったようだし、直心影流じきしんかげりゅうは更に発展させて竹刀と防具を考案し、他の流派が型稽古に明け暮れる中、いち早く竹刀による打ち込み稽古を導入したと云われている。

 理由は簡単、木剣よりも安全に相手に打ち込めるからだ。結論として、本気で打ちかかることができるという事は、限りなく実戦に近い動きができる事に他ならない。

 もう分かったでしょう?

 巴は実戦形式ならば三回に一回は私に勝てるだけの実力を持っている。

 そう巴は強い。私は、『心の眼』を使っても対処しきれない稲妻の如き高速の籠手打ちを放つ巴を思い出していた。

 ソレは速いだけではない。もし真剣で放てば相手の腕を斬り飛ばし、木刀で打てば防具を着けたところで骨折を免れないほどの威力もある。

 しかも巴は相手の呼吸を読み、僅かな隙を見逃さず針の穴を通すが如く精密な狙いで相手の籠手に襲い掛かる。

 相手を倒すのではなく制する。

 腕を破壊し命を奪うことなく確実に相手の戦闘力を削ぐ優しさと非情さを併せ持つこの技を私は『鬼泣かせ』と名付けた。

 私は霞流師範として、巴にこの技を練り上げて自分だけの必殺剣になるまで昇華するように命じていた。


「ヒメミコ様、すぐに助けてやるからな!!」


 巴がそう云った直後、周囲の空気がピンと張り詰めた。


「おお、トモエ殿が『ムーンシャドウ』を手にすると刀身から黒い煙が!! 否、アレは煙ではなく“闇”?!」


 どうやら巴は聖剣を使おうとしているらしい。

 しかも桜花とは逆に『ムーンシャドウ』が反応を示しているようだった。


「テメッ、とっとと抜けやがれ!! このままじゃお前まで爆発に巻き込まれて終わりだぞ?!」


「ああ、オウカ様?! 神から授かった聖剣をそんな足蹴にしないでくださいまし!」


 さっきから妙に打撃音が耳を打つと思ったら、巴が聖剣に蹴りをいれているらしかった。


「いい加減にしろよ! 雪子姉と月夜姉の命がかかってんだ!! 桜花! お前も寝てないで手伝え!!」


 次の瞬間、辺りは沈黙に支配された。

 耳が痛くなるほどの静寂は永遠に続くかと思ったけど、ソレは一瞬の事だった。


「おお……おお……おおおおおおおおおッ!! 遂に、遂に聖剣が抜けた! 今まさに勇者がここに誕生した!!」


 アランドラ皇子の興奮した声に私は理解できた。

 先程、『サンシャイン』が反応を示しても桜花に抜けなかった理由が。

 桜花は多分、『サンシャイン』には認められていたのだろう。しかし相方の『ムーンシャドウ』には認められなかったので抜けなかったのではないのだろうか?

 逆に巴は『ムーンシャドウ』に認められたものの『サンシャイン』に認められなかった。

 でも私には感じる、桜花と巴が同時に覚醒している事を。

 それぞれ聖剣に認められていた『二人』が『表』に出ることで初めて聖剣が使えるようになったのだろう。


「アリーシア様、今助けるわ!! 『月影』、スタローグの妖気を!!」


 はて? 今の口調はいったい?

 桜花も巴もこんな喋り方じゃなかったはずだったけど?

 それに『月影』とな?


『ぎゃあああああああッ!! せ、拙者の魔力が消滅する?!』


「凄い……これが聖剣の力! ユキコ殿、『ムーンシャドウ』がスタローグの魔力を吸い込んでおりますぞ!!」


 云われてみれば、スタローグの妖気が完全に消滅している事に気がついた。


「この『月影』の力は“闇”!! 世に溢れる悪しき魔力を斬り、取り込むことができる! 更に悪しき力を浄化して我が物にする!!」


 不意に桜花(それとも巴?)から暖かな波動が伝わってくる。


「そしてもう一振りの聖剣『日輪』の力は“光”!! 世に仇為す“悪しきモノ”を滅ぼす力!! 更には『月影』が浄化した魔力も“光”に変換して使う事も可能!!」


「ま、待って! このまま聖剣の力を振るえば姉上まで!!」


 アランドラ皇子の制止の言葉を無視して桜花から激しい波動が迸ったのを感じた。


『ぬ……ぬおおおおおおおおッ?! 消えるッ?! 拙者の体が消えていくッ!! なのに何故、恐怖を感じぬ?! 何故、心が安らぐのだ?!』


 その言葉を最期にスタローグの気配がこの場から、否、この世から消えた。


「凄まじい光でしたわね……」


「あ、姉上?! ご無事でしたか!」


「え? ええ、あのスタローグを倒した光に私も包まれましたが、どこにも傷はありませんし、むしろ以前より体調が優れているようです」


 アリーシア様はそう答えた後、私の所まで駆け寄った。


「流石は神より授かりし聖剣ですわ。勇者にしか使う資格を与えられないのも頷けます」


「ええ、俺も驚いてる。これ程の力を秘めているとは思わなかったわ」


 音からして先程の二の轍を踏まないよう、桜花がスタローグ一家を縛り上げている事が察せられた。


「ええと……貴女はオウカ様なのですか?」


「それともトモエ殿ですかな?」


 お二人の問いに彼女が答える。


「俺は桜花と巴であって、そのどちらでもないわよ」


 どういう事? 私は桜花か巴か判じる事もできないまま近づいていった。


「貴女は本当に桜花? それとも巴?」


 私は思わずそう呟いてしまった。

 何故なら今の彼女は私より頭一つ分ほど高い身長で、駆け寄った私を抱きしめて迎えたから。

 しかも私は彼女(?)の大きな胸に顔を押し付けられている状態だった。もしかしたら月夜よりも大きいかも。


「だから、そうであってそうでないの。俺は聖剣を振るえるように作り変えられたのよ。今の私の事は『ひじり』と呼んで」


「作り変えられたって!」


 私は思わず激昂しかけた。

 勇者になることは覚悟していたけど、まさか都合よく体を作り変えられるなんて。


「あー、勘違いしないでね? 俺がこの姿になるのはこの二振りの聖剣を同時に使わなければならない状況になった時だけだから。普段は元の桜花と巴になってるわ」


「そうなの?」


「そうみたいね。聖剣の話だとね?」


 桜花、いえ、巴、否、聖の話だと心の奥で眠る桜花を無理矢理起こした巴はついに聖剣を引き抜くことができたと云う。

 次の瞬間、『二人』はどことも知れぬ光しかない不思議な空間に生まれたままの姿で漂っていたそうだ。

 驚く『二人』の前に聖剣が突然現れた。

 ちなみに桜花はその時、初めて巴の存在を知ったそうだけど、持ち前の明るさの為か、今まで助けてくれた“天の声”の正体と知ったからかすんなりと彼を受け入れたそうだ。

 聖剣には意思があり、ソレが自らの所有者を決めるのだと云う。『サンシャイン』は桜花の心に自分と同じモノを感じ所有者に選ぼうとしたけど、『ムーンシャドウ』は違った。

 『ムーンシャドウ』には桜花の明る過ぎる心が自分の所有者に相応しくないと感じたらしい。巴の場合も桜花とは逆だけど理由としては同じだった。

 聖剣は二振りだけど、その剣の力ゆえ勇者は一人である必要があった。しかし『サンシャイン』は巴の、『ムーンシャドウ』は桜花の心が苦手だった。

 聖剣はそれぞれが対魔族戦の切り札になり得るが、今の桜花と巴では同時に二振りが使えない。

 そこで聖剣はある意味、物凄く頭の悪い結論を出した。

 

「それで何? “光”と“闇”の力を振るう事が出来る…つまり両方の資質を持つ勇者を作り上げようって話になったの?」


「その通りだけど、桜花と巴も融合は反対はしなかったわよ? 一時的なモノと聞いたし、何より姉貴を早く助けたいって気持ちが強かったもの」


 そう云って聖は私をより一層強く抱きしめたので呼吸が苦しくなって暴れた。

 それに聖は体が大きくなったせいか道着に体が入りきれなくなっていてしまい胸元が大きく肌蹴ている。

 その為、私は直接胸に顔を押し付けられる格好になってしまったのでもの凄く恥ずかしかった。


「それで俺もここまでするんだから、と云って聖剣に改名を申し出たのよ。長ったらしくて呼びにくかったから『サンシャイン』は『日輪』、『ムーンシャドウ』は『月影』って具合にね」


「『日輪』と『月影』ね。なるほど私もその方が呼び易いわ……って、悪いんだけどそろそろ離して?」


 私はなんとか聖を見上げるように顔を上げて云うと、彼女の体が小刻みに振るえ始めた。


「あ、姉貴……もう一回云って? 今度は目を開けて」


「え?云ってる事の意味が……「早く!」 は、はい!」


 情け無い事に聖の気迫に負けて私は瞼を開けて離すようお願いした。


「ぐ……これ程とは……」


 だから訳が解らないんですけど?


「いつも見上げてた姉貴が今、俺の腕の中で顔を真っ赤にさせて上目遣いにお願いする!! 今日は俺の人生最高の記念日よ!!」


 よ、余計締め付けてどうするの?!


「あらあら、まさか妹さんが恋のライヴァルになるなんて思ってもみませんでしたわ」


 アリーシア様も変な事を云わないでください。らいばるって言葉の意味は良く解らなかったけど、“恋の”と付くからにはろくな事はなさそうだった。


『そろそろコントをやめて貰いたいものだが……』


 莫迦騒ぎをしている私達を嗜める女性の声がした。

 思うに自爆しようとしていたスタローグと口論していた女魔族の声だったような気がする。

 そうだった。スタローグの自爆騒動で忘れていたが、彼らもまた強敵だったのだ。

 無視できる存在ではない。


「ええ、そうね。ヴェルフェゴールの打倒を決意してはいたけど、出来る事なら私も貴方達、魔族と話をする機会があれば欲しいと考えていたわ」


 危険だと云うアランドラ皇子を制して私は魔族達へと歩み寄る。

 力を使い果たしているのもあるけど、先の騒ぎに乗して攻撃や逃走をしなかった事から彼らはどうやら騎士道とやらを持っているのでは、と察したからだ。

 さて、彼らの口から出るのは怨み節か、はたまた対話かの誘いか。

 ニ尺六寸の剛刀を杖に納めながら私は戦闘で昂ぶった心を静めるべく深く呼吸をするのだった。









 ついに聖剣を手に入れた桜花と巴。

 強敵スタローグも斃し、幸先の良い始まりだ。

 果たして残る魔族との対話は可能なのか。

 対話が出来たとして得る物はあるのだろうか。

 それはまた次回の講釈にて。

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