第39話 ピザを焼いてみた
魔の山に近付いてきた。
転生してから、既に二十日ほど経っている。当初の目測では一ヶ月ほど掛かりそうだと考えていたが、この調子で進むと一週間後には山の麓に辿り着きそうだ。
「午前中に集中して駆け抜けてきたからかな。順調なのは良いことだ」
本当はのんびりと採取や狩猟を楽しみたかったが、旅の途中で梅雨を体験することだけは避けたいので、駆け足で急いでいる。
あれから魔法書で確認したが、大森林での梅雨シーズンは長くて一ヶ月、短くとも二週間は続くと言う。
長雨だと日本と同じように、しとしとと降り続く雨。短期間だと、スコールに近い激しい雨が集中的に降るらしい。どちらがマシかは分からないが、大森林にとっては恵みの雨。
合間に晴れる日もあるらしいので、その時に採取と狩猟で素材を集めようと考えている。
作り置きしておいたおにぎりとインスタントの味噌汁、ボア肉の串焼きで朝食を済ませると、ひたすら魔の山を目指して森を駆け抜けて行く。
大型の魔獣や凶暴な魔物が増えてきたのか、倒木が多い。巨大なクマにでもやられたのか、大きな爪痕が残された大木。魔法を使う魔物の練習台にされたのだろう、破壊された大岩や黒焦げの大木がそこかしこに転がっていた。
邪魔な遮蔽物となったそれらを、俺は身軽に跳び越えて行く。パルクールの要領で膝や足首、腰などの関節のバネを使って飛び跳ね、着地し、また駆け出して。
(ハイエルフの身体能力、動体視力すげぇな。まるで自分の肉体じゃないみたいだ)
パルクールを教わった時、何度も注意されたのは『飛ぶよりも上手な落ち方を学べ』だった。
安全に落ち、正しく着地することが出来なければ、肉体にダメージが蓄積し、大きな怪我を負うことになるのだ、と。
幸い、俺は小柄で細身だったため、綺麗に『落ちる』のは得意だった。
目も良い方なので、反復動作を繰り返して練習すれば、すぐに正しいフォームを学ぶことが出来た。
自分の身長よりも高い場所から飛び降り、壁を蹴り斜め上の塀に跳ね上がる。
全身の筋肉を使って身軽く自由に、まるで重力の楔から解き放たれたかのように動けると、最高に気持ち良かった。
そのパルクールを、ハイエルフの肉体を得た今、より上位の動きで楽しめている。
【気配察知】と【身体強化】スキルの二重掛けの恩恵か、感覚が更に鋭敏化していた。
ワイルドボアはもちろんゴブリンやオークにも気付かれることなく、大森林を身軽く駆け抜けて行く。気になる植物を見かけた時だけ、足を止めた。
「これは、桃か? 白桃だな。美味そうだ」
100円ショップでも桃缶は売っているが、新鮮な生の桃はまた別物だ。
鑑定し、熟した果実だけを収穫し、お礼にと周囲の大木を伐採する。その木の根元にマッシュルームを見付けて、これも目に付いた物を採取した。
「もう昼か。ちょうど良いから、ここを今日の野営地にしよう」
テント周辺の木々を伐採する。
手慣れたもので、この日課のおかげですっかり
魔法に慣れるために、交互に水と風の魔法を試してみたりと遊びながらの鍛錬だ。
以前は綺麗に伐り倒せなかったり、時間が掛かっていたが、今では一分ほどで大木を伐採できるようになった。
「枝の部分は回収して、焚き付け用だな。その内、自作で棚とか作るのも楽しそうだ」
まずは
籠や収納ボックス類は100円ショップに山ほどあるが、あいにく大型の家具はないので、そのあたりはDIYするしかない。
「ホームセンターがショップに追加されたらなー…」
家具どころか大型の家電まで購入できてしまうが。快適な寝具に作業着、工具もありがたい。
それに、ホームセンターと言えば武器だ。
ゾンビ映画でも逃げ込む先はホームセンター。
スコップや斧、チェーンソーを使って生き延びようと頑張るものだろうし。
「まぁ、俺は魔法が使えるし、創造神の加護で害されることはないから、ホームセンターの武器もどきは必要なさそうだけど」
チートとは違うが、何となくズルをしているようで申し訳なくなる。でも、俺は勇者じゃない。
単なる勇者の「餌」なのだ。
「──昼飯にするか」
ちょうど先程採取したマッシュルームとアスパラがあるので、ピザを作ることにした。
使うのは、
前世日本で、深夜のテンションのまま、何度か作ったことがあるので、これはレシピなしでも大丈夫。
ホットケーキミックスに塩や水、オリーブオイルを入れてボウルで捏ねるだけ。
生地作り、無茶苦茶簡単だろ?
オーブンがないので、今回もフライパンで焼くことにはなるが、あとは生地を麺棒で伸ばして、具材を載っけて焼くだけだ。
トマトソースを生地に塗りつけて、食べやすいように刻んだマッシュルーム、薄切りにしたワイルドボア肉を並べる。
アスパラも一口サイズにして散らし、缶詰のコーンも載せてみた。うん、彩りが良い。
あとは、チーズをぱらぱら散らし、粗挽きの黒胡椒を振り掛けて焼くだけだ。
フライパンにはオリーブオイルを塗り付けたクッキングシートを敷いて、ピザ生地をそっと載せる。
「生地は薄めに作ったから、多分火は通るよな……?」
いつもはオーブンで焼くので、フライパンの焼き加減が少しばかり心配だったが。
蓋をして蒸し焼きに近い形で焼き上げることに成功した。とは言え、両面をこんがりと焼くのは難しく、片面だけクリスピー生地のようにパリパリに焼き上がってしまった。
「うん、まぁ美味しい。次からはいったん、片面の生地だけを先に焼いておいて、ひっくり返してから具材を載せて、もう片面を焼けばいいか」
反省点はあるが、久々のピザは美味しい。
今回はワイルドボア肉にしたが、照り焼き風の味付けにするなら、コッコ鳥やホーンラビットの肉が合いそうだ。
玉ねぎとニンニクをたっぷり入れるのも良いし、ポテトピザも面白い。海鮮系の食品が手に入ったら、シーフードピザも作りたいなと思う。
ツナマヨコーンピザもシンプルで美味いし、焼き鳥缶の肉を使ったピザも作れる。
「そういや、100円ショップにサラミソーセージがあるから、サラミピザも出来るな」
たっぷりの具材を使えば、腹持ちも良いし、何よりピザは美味いので。
「しばらくは昼飯、色んなピザを作ってみようかな」
カレーソース味や餅を投入してみても楽しそうだな、と呑気にレシピを考えながら、結構なボリュームのあるピザを完食した。
ピザの写真には従弟たち三人とも、大いに食欲を刺激されたようだったので、ホットケーキミックスを使ったレシピを教えてやる。
王宮にはプロの料理人と立派なオーブンがあるらしいので、俺の何ちゃってピザよりは確実に豪華になるだろう。
『明日から本格的なダンジョンアタックが始まるぜー! 楽しみ』
ハルからは能天気なメッセが届く。遠足前日の子供か。その妹のナツの方は少し憂鬱そうだ。
『とりあえず今回は一週間ほどダンジョンに泊まり込みの予定。嫌すぎる』
快適なテントはあっても、不便なので女子は特に辛いだろう。トイレとか。
生活魔法が活躍することを祈っておこう。
アキは食事にも不安そうだった。
『トーマに送って貰った、キャンプ道具が役立ちそうだ。キャンプ飯は缶詰とカップ麺、レトルト系をメインに、あとは現地調達する。簡単なキャンプ飯レシピがあれば送って欲しい』
100円ショップの高額商品には、フライパンや鍋、スキレットに土鍋まであったので、とりあえずの調理器具は一通り送ってある。
調味料セットもケースごと。コンテナボックスに役立ちそうな物を詰め込んで、それぞれのアイテムボックス送りにしてあるのだ。
「キャンプ飯っつっても、焼いたり煮たりぐらいだぞー?」
とは言え、食事は死活問題。
簡単で失敗しにくいキャンプ飯レシピをいくつか送っておいてやろう。
ちなみに、キャンプ用の諸々の支援物資のお礼として生ハムやベーコンなどの加工肉が送られてきた。
大量のグッジョブスタンプを連打して、ちょっとウザいと呆れられたのは内緒の話だ。
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