第23話〈幕間〉夏希


 何もない真っ白な空間で、創造神だと名乗る綿毛にスキルや魔法を与えられた。

 勇者になんかなりたくはなかったけど、トーマ兄さんを助けるためには仕方ない。



 あれから綿毛は日本の神々をどうにか説得し、トーマ兄さんの魂を譲り受けた。

 生き返らせることはできないけれど、こちらの世界で転生させてくれたのだ。

 構成する肉体は異世界産のものだけど、魂は彼のまま。ちゃんと前世の記憶も完全に引き継いでいるらしい。


 私たちはほっと安堵した。

 約束通り、トーマ兄さんを転生させてもらったので、私たちは創造神から与えられた、勇者としての能力を受け入れた。


 スキルや魔法はステータスボードで確認しろと言われ、「ステータスオープン」と声に出さず唱えてみた。幸い発声しなくても確認できるようで、心底安堵する。


(恥ずかしすぎるもの、口に出すのは) 


 だけど、男子たちは違ったようだ。

 何やらウキウキした様子で、兄も従兄も「ステータスオープン!」なんて叫んでいる。

 ゲーム気分なんだろうか。

 いつもはクールぶっているアキまでそれなのだから、少し呆れてしまった。

 冷ややかに男子ふたりを一瞥すると、自分のステータスボードをあらためて見やる。



〈ステータス〉


伊達夏希(16) 〈召喚勇者〉〈聖女〉

レベル1


HP 10000/10000

MP 1000/1000

力 100

防御 300

素早さ 100

器用さ 70

頭脳 100

運 30


スキル 【全言語理解】【鑑定】【アイテムボックス】【生活魔法】【弓術】【薙刀術】【光魔法】


固有ギフト 【聖なる盾】

称号  【創造神の祝福】



「……これは、勇者としては強いの? やたらHPだけは高いけど」

『もちろん、この世界の一般人より飛び抜けた数値だよ! レベル1でこれなんだから、今後が期待できるね』


 ふわふわの綿毛──創造神が嬉しそうに頭上で舞っている。彼には私のステータスボードが見えているのだろう。

 スキルは自身で身につけた技能と、神に与えられたものなのだと説明された。

 となると、日本で腕を磨いた【弓術】と【薙刀術】は努力の結果、身に付いたものなのだろう。

 特別に秀でた技能がスキルとして表れるのだと教えられたので、これは誇らしかった。


『でね、【全言語理解】と【鑑定】は元々授ける予定だったけど、【アイテムボックス】に【生活魔法】は君たちの従兄に脅されて慌てて追加で付与することになったんだよー?』

「トーマ兄さんが?」


 さっそく【鑑定】スキルでそれぞれの詳細を見て、納得した。どれも便利だし、異世界で生きていくには重宝するスキルや魔法ばかりだった。

 いずれ勇者として旅立たねばならない時に収納魔法は役に立つ。

 何よりもトーマ兄さんにグッジョブ! と感謝したかったのは───


「ありがたいわ。特に【生活魔法】! 異世界に転生とか転移するフィクションで、お風呂やトイレ事情は切実だもの」


 日本人的には【生活魔法】の浄化スキルがとてもありがたい。ハルはどうか分からないが、きっとアキも感謝しているに違いない。


(アイツ、女子の私よりも綺麗好きだもんね)


『ナツキに勇者として与えたのは【光魔法】。とても強い、聖なる力だ。アンデッド系の魔物や魔族を打ち祓える。あと、この世界で君だけが使える特別な固有ギフトは【聖なる盾】。ドラゴンブレスも防げるようになるから、レベルを上げてスキルを育ててね』


 なかなかに使えそうな魔法だと思う。

 特に盾はありがたい。近接戦に慣れていない身には、重要なスキルだろう。


「この称号ってなに? 貴方の祝福?」

『そう! 創造神の祝福を与えられた君たちは、レベルが一般人の倍以上の速さで上がりやすいんだ。体力や魔力の回復スピードも早くなるよ。ありがたいでしょう?』

「まぁ、そうね。レベルが上がりやすいのは良いかも」


 とっととレベルを上限まで上げて、魔王だか何だか知らないけれど、倒せばいいのだろう?


『魔王じゃなくて、邪竜ね……? 僕と対を成す、破壊を司る存在。今はまだ力を蓄えるためにダンジョンの最下層で眠っているけれど、数年後にはこの世界を壊すつもりなんだ』


 ドラゴンがラスボスなのか。

 私の固有ギフト『聖なる盾』は育てれば、ドラゴンブレスを防げると言っていた意味が分かった。


『奴に従う魔族が魔物を操り、人の世界を壊そうとしている。それを防ぎながら、力をつけていって欲しいんだ』

「その魔族とやらを倒して、ダンジョンに挑戦すればいいのね?」

『ナツキは話が早くて助かるよ』


 ちらりと男子二人を横目で見やる。

 三匹に増えた綿毛がそれぞれにスキルやギフトについて説明していたのだが、やたらと質問攻めにあっていた。

 ハルはテンションをぶちあげて、綿毛に詰め寄っているし、アキは疑問点をしつこく問い質している。


「……まぁ、質問とかそういうのは奴らに任せておくわ」


 そうして、ひととおりの説明を聞き終えたところで、三人は異世界のとある国に送られることになった。創造神を筆頭に神々を讃える国、シラン国へ。

 既に神殿には彼の神託が授けられており、国を上げて召喚勇者を迎え入れてくれるらしい。


 白光に包まれて、目を閉じた。

 何とも言えない浮遊感の後で地に足が着いた感覚が戻ってくる。

 ゆっくりと目を開けると、壮麗な建物の中にいた。三人が立っている足元には、日本から連れ去られた時に目にした魔法陣のような紋様が刻まれた床がある。


「お待ちしておりました、勇者さま!」

「我らの希望、人類の救世主……!」


 膝を折り、歓迎の意を示すのは白衣を身に纏った老齢の男性だ。金糸で裾や袖口に見事な刺繍が施されている、豪奢な衣装だ。

 神殿に仕える神官のトップかな、と思う。

 その隣で膝を折っている中年の男女は貴族らしい華やかな衣装と冠からして、王族か。


 静かに周囲を観察していたアキが一歩前に出た。こういう場面での交渉役は彼に任せておけば間違いはない。いつもは前に出たがるハルも大人しく、アキの背後に佇んでいる。


 こうして、私たちの異世界での勇者生活は始まったのだが、まさか初めての敵が口に合わない食事と独特な寝台だとは思いもしなかった。



「勇者さまのために上質なハイオーク肉を用意させましたのよ。どうぞ、ご賞味くださいませ」


 笑顔の王妃に勧められ、口にしたステーキは確かに美味しい肉だったが。


「塩味しかしない……」

「だな。せめて胡椒が欲しい」

「だけど、肉は旨いぞ?」


 こそこそと小声で会話しつつ、王宮で用意されたディナーを味わう。

 国王夫妻が美味しそうに口にしているからには、これが彼らのご馳走であることは分かったが。


「パンが硬くて噛みきれねぇ……」

「奇遇だな。俺もパンが引き千切れなくて困っている」

「なぁ、このパンをスープにぶち込んで食べるのはマナー違反か?」

「いえ、国王夫妻と大神官もスープに浸して食べているわ。マナー的にはOKなんでしょ」


 異世界のマナーなんて、日本の高校生だった三人に分かるはずはない。

 せめて、他人が不快にならないよう気を使い、あとはこっそり周囲の異世界人のマナーを真似て食事をした。

 それほど元の世界とのマナーの差はないらしく、安堵はしたものの、基本的には塩味オンリーの料理に悩まされる。


 肉や野菜、果物などは文句なしに美味しい。日本で食べた物と遜色ない味だ。

 特に魔物の肉はA5ランクのブランド牛越えだと、個人的に思うほどに美味しかった。

 だが、塩味オンリー。この世界には胡椒はないのだろうか。ソースは? 

 この肉に日本製のステーキソースが使われていたら、涙が出るほどに美味しくなるに違いない。


 付け合わせのパンはひたすら硬い。

 何の気なしに盛り付けられたパンを手に取り齧り付いたハルの方からゴリガリ、と聞き慣れない音が響いたので、ナツとアキはそっとパンから手を引いたものだった。

 ハルは何とも不可解そうな表情を浮かべて、噛み切れなかったパンでテーブルを叩いていた。

 ゴンゴン。うん、いい音。


 スープも塩味だ。ただし、中に浮かぶ野菜は美味しい。茹で加減も絶妙だ。これは何かのハーブで香り付けがしてあるのか、飲めないことはなかった。

 だけど、出汁の概念はなさそうだ。


 早々にパンを食べることは諦めて、ステーキとスープ、塩味のサラダとカットフルーツを黙々と食べた。デザートは塩味のこれまた硬めのショートブレッドのような代物で、たっぷりと蜂蜜をまぶして提供された。

 パサパサしていて何とも言えない食感だ。

 パンよりは柔らかいな、ともそもそと噛み締めた。蜂蜜は甘くて美味しい。


 食後のハーブティーを飲みながら、今後の食生活に憂えたものだったが、その夜、綿毛がトーマ兄さんと話させてくれた。

 綿毛から特別に貰った固有ギフトにより、日本製の品物を送ってくれると言う。


 キャンプ用に持参した荷物も戻ってきたので、歓声を上げてしまった。着替えはもちろん基礎化粧品やお菓子が入っているのだ。今、この異世界の地ではとてもありがたい品ばかり。


「とりあえず、これで、どうにかやっていけるかな? トーマ兄さんのサポートがあるなら」


 それにしても、ハイエルフに転生か。

 もともと整った容貌をしていたトーマ兄さんだったが、とんでもなく美形に変化していた。

 あれでは、さらに良からぬ輩を惹きつけそうで心配だった。


「さっさと強くなって、ドラゴンを退治して連れて帰らなきゃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る