36.アクセサリーショップ:ヒンメルでの出会い

 透明化を解除してフロレンシオにまぎれこんだのですが……そこは大勢のヒト族で賑わっている街でした。


 僕らは田舎者なので圧倒されるばかりですね。


「すげえ街だな」


「はい。とりあえず、ベニャトが作ったアクセサリーを売れるようなお店を探しましょうか」


「賛成。人混みで酔いそう……」


 僕たち3人は離れることなく、でも人の間をすいすいと通り抜け足早に街の中心部へと向かいます。


 そこには高級なアクセサリーを扱うお店も数多く並んでいましたが……。


「あのお店はだめですね。悪意が渦巻いています」


「こっちもだめ。というか、この界隈のアクセサリーショップってみんなどす黒い気に覆われているわ」


 僕とリンは神眼持ちなので近くまで行けばすぐにそのお店がどんなお店かがわかってしまうのですが……それにしても酷い。


 大きな街の大きな通りに面したお店というのはこういう店ばかりなのでしょうか?


「そうか。いい店はなかなか見つからないか」


「そうですね。どうします? だめで元々、飛び込んでみますか?」


「そんな訳にもいかねえよ。ドワーフの作った品を悪質な連中に渡す訳にはいかねえ」


「難儀ですねぇ」


「お前さんらは善良すぎるんだよ」


 そのあとは大きな通りを一本離れたところも探索……おや?


「リン、あそこのお店」


「うん。まったく嫌な感じがしない」


「どの店だ?」


「あそこの……ヒンメルって書いてあるアクセサリーショップです」


「ふむ。小規模な店舗だがゴテゴテした飾り付けじゃないのも気に入った。買い取ってもらえるか交渉だな」


 ベニャトは突き進んでいって店に入っていってしまいましたし。


 僕たちもはいるしかありませんね。


 店の中に入ると早速ベニャトが店員さんを困らせていました。


「だから、俺は自分の作ったアクセサリーを買い取ってもらいたいんだよ」


「いえ、私は一店員ですのでそういった権限は……」


「ベニャト、落ち着いて」


「あ、ああ。け……シント、悪い」


「店員さん。こちらのベニャトはドワーフのアクセサリー作りの匠なのです。売り物になるかどうかだけでも確認して頂けますか?」


「はい。その程度でしたら……」


「というわけよ。ベニャト、なにかアクセサリーを出しなさい」


「……なるほど。こうすればよかったのか。気が逸りすぎてたぜ。嬢ちゃん、これが俺の作ったアクセサリーの中で一番簡単なものだ。もっと上物をたくさん持ってきている。売り物になるかどうか、判断してもらえるか?」


「はい。はい!? これが一番簡単なアクセサリー!?」


「ああ。素材は純銀。細工はそれなりにこっちゃいるがそれだけの品だ。どうだ、売り物になるか?」


「しょ、少々お待ちを! 店長を呼んで参ります!!」


 店員のお姉さんは大慌てでお店の裏に消えると、三十代のビシッとした服を着た男性を連れて戻ってきました。


 この方が店主でしょうか?


「初めまして。私がこの店の店主、ウォルクというものです」


「初めましてだな。俺は田舎者のドワーフ、ベニャトだ。こっちは俺の案内役兼護衛のシントとリン」


「それで、この純銀のアクセサリーがもっとも一番簡単なアクセサリーというのは本当でございますか?」


「ああ。実物を取り出すか?」


「いえ。それだけの品を持ち歩いていると言うことはマジックバッグもお持ちなのでしょう。これだけの品をこの場で出すのはまずい。商談室をご用意いたしましたのでそちらでお話を伺わせてください」


「わかった。シントとリンもいいよな?」


「ええ。善良そうな方ですし」


「悪いようにはしないと思うわ」


「……なるほど。おふたりとも神眼持ちですか。それは隠して歩いた方がよろしいですよ?」


 一発で神眼のことがばれてしまいました。


 この方、見た目以上の経験をお持ちのようです。


「以後気をつけます。ですが、僕たちも田舎者で神眼がないと人の良し悪しが見抜けないんですよ」


「それは大変ですな。しかし、神眼で認められた私は実に嬉しい。っと立ち話がすぎました。すぐに商談スペースに参りましょう」


 ウォルクさんに案内されたのはほかに誰も入れないよう徹底的に作られた部屋。


 扉の前には番兵もいましたし、相当重要な取引だと感じてくれたようです。


「俺は細かい話は苦手だ。まず、俺と仲間で作りあげた最高の品を見せる。そいつの価値を見極めてくれ」


 そう言って取り出したのはひとつのティアラ。


 薄い金の光沢と言うことは素材に使ったのは間違いなくオリハルコンでしょう。


 そのティアラに様々な宝石を一目見たウォルクさんは目を見開き……そのティアラを戻すようにベニャトへと伝えました。


「申し訳ありません。そのティアラは私の店では取り扱えない代物。お気持ちは嬉しいのですがそちらはお納めください」


「……なるほど。こいつに飛びつく悪人じゃねえか。試してみて済まなかった。こちらこそ詫びよう。代わりと言っちゃなんだが普通の金や銀で作ってきた各種アクセサリーは山のようにある。小粒な宝石をはめ込んだものもな。それだったらこの店でも取り扱えるだろう?」


「それでしたら。お見せ頂けますか?」


「ああ。数が多いが大丈夫か?」


「すべて鑑定してみせますとも。ドワーフの作ったアクセサリーを私ども程度の店で仕入れられる機会、見逃すわけには参りません」


「じゃあ机の上に並べていくぜ。指輪は大小サイズが違うものをいろいろ用意してある。そっちの好きなようにあつかいな」


 そう言ってベニャトが取り出したのは本当に数多くの銀や金のアクセサリーたち。


 ウォルクさんもその1点1点を念入りに調べて回り、最後には溜息をこぼしました。


「……さすがはドワーフの匠だ。どれもこれも文句のつけようがない最高品質の品々ばかり。これらを本当に私の店で買い取ってもよろしいのですか? 大通りにある一流店に行けば私などよりも数倍の値段で買い取りますよ?」


「その人柄が気に入ったんだよ。いくらで買ってくれる?」


「そうですね……これだけの数でこれだけの品々、ミスリル貨の取引になってしまいます。私の店でも発見されれば飛ぶように売れるでしょう。できれば定期的に仕入れたいところですが……無理でしょうな」


「定期的にか……どうする、シント、リン」


 そうですよね、僕たちが連れて来ないとベニャトだけでは来られませんものね。


 ですがウォルクさんの人柄は僕も気に入りました。


 どうしたものか。


「シント、帰って相談してみたら?」


「……そうするしかないでしょうね。いまのところはそういう回答しかできませんがよろしいですか、ウォルクさん?」


「構いませんとも。これだけの逸品を揃えられる機会がある可能性が残っているだけでありがたいというもの」


「じゃあ、商談成立だな。それから、金だが細かくしてもらえないか? 俺たちがこの街に来たのは食物の種や苗を買うのが第一目的、ついでに珍しい酒があればそれも買って帰りたいんだよ」


「確かにそれではミスリル貨では困るでしょう。種や苗の販売所や酒の卸売業者までは私がご案内いたします。そのときにミスリル貨以外の半端な額として大銀貨や金貨もお渡しいたしますので存分にお買い上げください」


「なにからなにまですまねえ。それじゃあ、俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」


 そう言うと、ベニャトは最初に取り出したティアラを再び取り出しました。


 これはどういう?


「店の奥にでもしっかりとした防犯体制を整えて飾っておきな。そして、その価値が本当にわかる者が来たら譲ってやってほしい。今度来たときは、指輪のサイズが指のサイズに合わせて変わる魔法がかかった指輪も持ってくる。それと一緒に飾ってくんな」


「……わかりました。店の奥でしっかりとした防犯体制を組み立て、その価値が本当にわかる者が現れたらお譲りいたしましょう」


「そうしてくれ。すまないな、職人のわがままに巻き込んじまって」


「いえ、私どもも宝飾品店の誇りがございます。万が一にでも奪われないようきっちりとした防犯体制を築き上げましょう」


「話がわかる店主でよかったぜ。助かった、シント、リン」


「僕たちが役に立てるのはこれくらいですから」


「そうそう。気にしないで」


 アクセサリーの売買も綺麗にまとまったようです。


 あとは目的のものを買って帰るだけですね。

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