3. お礼
「起立! 礼!」
「ありがとうございました」
「はーい、気をつけて帰れよー」
六時間目の授業が終わり、放課後が始まる。
「あざしたー!」
「なあ、智明。さっきの話だけど」
「じゃあな! わが友人よ!」
その瞬間、俺は猛スピードで教室を飛び出した。
「お、おい!」
友人からの追及が絶対に来ると思ったからだ。もしかしたら追ってくるかもしれないから、階段を上って下って、行ったり来たり、ひたすら校舎を回りまくった。
十数分ほど経つ。友人は部活があるはずなので、さすがにもういないだろう。
明日の学校が心配だが、一晩寝て冷静になってくれることを祈ろうと思う。
そんなわけで、俺はようやっと、帰る準備をした。
念のため大きく遠回りをして、裏門から出ることにした。
正門から出ると、友人と鉢合わせしてしまう可能性がある。
俺は下駄箱で靴を取り出すと、人気のない裏から外に出た。
ここから壁沿いに歩くと、あまり使われていない裏門に出ることができる。
そんなわけで壁沿いに歩いていると、目の前に体育館裏が登場した。
体育館裏には、だれか人がいた。見た感じ多分二人だ。
体育館裏に集まるって、それはかなり危険な臭いがする。
せっかく人目に付かない道を歩んできたが、これはもう無理か? 人目に付く場所には行きたくないな。
そんなことを考えていると――。
「有岡さん。俺と付き合わない?」
「……『有岡』?」
最近すごく聞く名前を耳にし、思わず立ち止まった。
陰に隠れてチラっと覗く。
そこにいたのは、予想通り有岡だった。
そしてもうひとりは、知らない人物だ。顔は整っていて、あの上から目線の態度、多分モテる男子なんだろう。
この状況、どこをどう見ても、告白現場というやつだ。
有岡は噂通り、やっぱりモテるらしい。
「その……ごめんなさい!」
有岡は心底申し訳なさそうに頭を下げた。
なんだか少し勿体ないような気がするな。あの人、結構良さそうなのに。
そういえば、有岡が告白されているってところはよく見かけるが、誰かと付き合っているという噂や話は聞いたことがない。
――もしかして、すべての告白を断っているのか?
「……え? で、でも、俺ってイケメンだし運動神経良いし、結構モテるよ……!?」
彼は頑張って自分のアピールポイントを話している。まあ、モテるのがアピールポイントなのかは謎だが。
どうやら、かなり告白に自信があったらしい。
「本当にごめんなさい! 私、その、誰とも付き合うつもりはなくて!」
「誰とも付き合うつもりはない? で、でも、付き合った方が楽しいよ!」
「その……本当に付き合うのは無理で……」
しかし、有岡も決してYESとは言わない。
有岡が誰とも付き合っていないというのは本当らしい。
ま、これは有岡たちの問題だ。
ずっと陰から覗くのも悪いし、そろそろ行くか。
俺は彼らに背を向けた。
「無理……? 無理ってなんだよ! 俺と付き合うのは無理ってことか!? なんでだよ!」
「え、あ、あの……」
「こうなったら……」
……え?
なんだか背中の会話の様子がおかしい?
カッコよく去ろうとした足を、さらに翻した。
またそっと隠れ、二人を見る。
イケメン君は有岡の後ろの壁に手を付いた。
これは
イケメン君が有岡を壁に押さえつけている。
「や、やめて……!」
でも、有岡の目は涙で濡れており、どう見ても嫌がっているようにしか見えない。
や、やべぇ!
これはさすがにやべぇ!
イケメン君、振られたショックでなんか暴走してる!?
止めないと!
でもどうやって止める……!?
彼が思わず反応してしまうようなものはなんだ?
彼が怖がるもの……逆らえないもの……。
そうだっ!
「山田先生! こっちです!」
俺はイケメン君に見えないように、でもしっかり聞こえるように叫んだ。
もちろん、本当に先生を呼んだわけではない。学生である彼が逆らえない存在といえば、教師。教師の名前を聞いて、尚も続けることはないと考えた。
そして俺の予想通り、彼は教師の名を聞いた途端、正気に戻ったように、顔を上げた。
「――はっ……! い、いや、俺は違う! 俺は悪くない! 悪くないんだぁ!!!」
冷静になったのか、言い訳をグチグチ言いながら、俺とは反対側の方へと走り去っていった。
……ふぅ。危機は去ったか。
ちなみに、念のためイケメン君が有岡さんを脅してる写真を撮っておいた。
もしもイケメン君がまた有岡に迫っていたり、イケメン君と有岡が付き合っているって噂が出たら、これを使おうと思っている。
これで有岡も大丈夫だろう。
俺は再び、有岡に背中を向け、カッコよく去る。
「瀬川……?」
しかし、背後から聞こえる、俺の名を呼ぶ声。
「カッコよく去ろうとさせないな!? あなたたち!?」
し、しまった! 思わずツッコミをしてしまった。
俺はまたしても身体を回し、今度は彼女に近づいた。
「やっぱり瀬川だったんだ、助けてくれたの。ありがとう」
「偶然通りかかってな。っていうか、なんで俺って分かったんだ?」
「それはもちろん、瀬川の声だったからね」
あー、考えてみれば当たり前だ。
声出したんだから、そりゃわかるよな。
「まあいいや。またあのイケメン君に言い寄られたら言ってくれ。じゃあな」
「ちょっと待って! なにかお礼させて!」
「いや、別にお礼するほどのことじゃないだろ」
それに、お礼といっても、もう放課後でそんな時間もないし……。
あ、そうだ――
☆☆☆
「本当にこんなことで良かったの?」
「おう」
俺と有岡がいるのは、俺の行きつけのスーパー。
ここで、一人一パックまでの卵30円セールをやっているのだ。
有岡がいることで、二パック買うことができる。
「ありがとうな有岡、おかげで二パック買えたよ」
会計を済ませ、スーパーを出る。
俺は有岡にお礼を言った。
有岡は納得していなさそうだが、これは大きいのだ。
「卵がたくさん手に入ったから、いつもよりも沢山、卵を使ったものが作れるよ」
卵は栄養満点で、しかも美味く、さらに色んな料理を作れるのだ。
卵一つで、料理の幅が大きく広がるのである。
俺は有岡に、いかに卵が優秀であるかを説いた。
最初は納得していない様子だった顔も、徐々に笑みが見えてきた。
有岡も料理をするのか、途中からは有岡も参加して、卵料理について話していた。
そんなことを話しているうちに、マンションに到着する。
「今日は本当にありがとう」
「俺もありがとうな」
そう言って、俺たちは別れた。
そして翌朝――。
俺が朝食を作っていると、いつもよりも遅い時間に、智花が起きてきた。
「お兄ちゃん……」
「おう智花、おはよ――」
振り返った俺の目には、いると思っていた妹の姿はなかった。
――いや、少し視線を下に向けると、苦しそうな顔で倒れる智花がいた。
「智花!? 智花!」
俺は智花に駆け寄り、優しく抱き上げる。
その体温は、明らかに常人のものでなく、高熱を出してることは明白であった。
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