第246話 ハイナーいるか?

 ようやく屋敷に着いたが、ゆっくりすることはできなかった。


 俺が不在の間に結婚式の準備を始めていたらしく、当日に出す料理や衣装などの確認に追われている。


 ケヴィンは王都の式場を借りて大々的に実施しようとしていたので、すぐに計画を止めて屋敷にするよう変更済みだ。


 俺は式なんて挙げない。


 身内を集めたパーティーで充分なのだ。


 油断するとすぐに見栄を張ろうするから、今後も注意が必要だな。


 場所が小さくなったので、招待客は領内に限定すると決定した。


 他の貴族が来ても満足してもらえるような歓迎はできないので、あえて貴族は除外するという選択である。


 また非常識だなんて非難されそうだが、正妻と側室と一緒に結婚する愚行をしているので、今更って感じだな。


 評価なんて元々低かったんだから、気にする必要はない。




 式の準備の進捗を確認し終わったので、俺はルートヴィヒを連れて町へ出ることにした。


 向かう場所はハイナーの店だ。


 貴重品を取り扱う店なので、俺が求めている物を用意してくれることだろう。


「ハイナーいるか?」


 店に入ると客は誰もいなかった。


 ちゃんと金が稼げているのか不安になっていると、遠くから返事をする声が聞こえる。


 俺の所に来るまで少し時間がかかりそうだな。


 暇つぶしに店内でも見るか。


 天井から乾燥した謎の草が、いくつもぶら下がっている。


 薬かポーションの素材に使う物だろう。


 壁の棚には宝石や短剣、書物など震いされてない物が乱雑に置かれていた。


 貴重品なのに雑な扱いをしても良いのだろうか。


 たしかにジラール領は田舎だが、盗難の心配ぐらいはしろよ。


 俺に失礼だぞ。


 ルートヴィヒは壁に掛けられた剣を見ていているようだが、あれはお前の給金では手を出せないほどの高級品だぞ。


 羨ましそうな目をしたって買わないからな。


「お待たせしました」


 分厚い手袋を付けたハイナーがきた。


 手には小さいながらもミスリルの鉱石を持っている。


「集落から送られた物か?」


「ええ。純度を確認していたんですが、かなり高くて驚きました。予想よりも多くの利益が得られそうです」


 自信がありそうな顔をして断言していた。


 これなら税収アップ間違いないな。


 領地立て直しが進んでいると実感する。


「それで今日は、どのようなご用件で?」


「ミスリルの短槍を一つ、それと指輪を二つ作ってほしい」


「奥様への贈呈用ですね」


 首を縦に振って肯定した。


 俺の妻となって支えてくれる二人に、特別な贈り物をしたいと思っている。


 アデーレにはヒュドラの双剣を渡しているので、バランスを取るためにユリアンヌにはミスリルの短槍を考えている。


 一番金のかかる材料費はアラクネの集落から取れるので、かなり値段は抑えられるはず。


 指輪については二人とも同じ形、デザインを考えていて、つける宝石の色だけを変えるイメージだ。


 君の瞳の色に合わせたんだ……とは言わないが、まあ、そんな感じの選別になるだろう。


「詳細は、これを見てくれ」


 短槍と指輪の要望をまとめた羊皮紙をハイナーに渡した。


「いつまでに用意できる?」


「そうですねぇ……」


 俺の要望を見ながら考え込んでいる。


「一ヶ月いただければ」


「もっと早くできないか?」


「既製品をカスタマイズする形であれば、一週間もあればなんとかなるかと」


 悪くない提案だな。


 既にある物に手を加えて要望に近づける方法は、予算と時間ない俺にとって良い妥協点となる。


 ゲーム内ではレアアイテムばかりを扱っていたハイナーなら目利きは問題ないだろうし、品質を懸念する必要はない。


「良いだろう。その方法で俺が満足する物を用意してくれ」


「かしこまりました」


 後でケヴィンを派遣してハイナーと金の話をさせれば、結婚の準備は終わる。


 後は待つだけだ。


 店を出ると馬車には乗らずに、ルートヴィヒとメイン通りを歩く。


 気のせいかもしれないが領民たちの笑顔は増えた気がする。


 俺を見ても怯える姿は見せず、子供なんかはのんきに手を振るようなことまでしてきた。


「お前は結婚しないのか?」


 特に深い意図はない。


 散歩するついでに、隣にいるルートヴィヒに聞いてみただけだ。


「相手がいないんですよ」


「嘘つくなよ。お前なら、女が放っておかないだろ」


 ジラール領限定の話になるが、ルートヴィヒの地位は高く金も稼いでいる。


 優良物件なのは間違いないので、巡回中とかに女に声をかけられているはずだ。


 俺をごまかすことなんて出来ないぞ。


「そうなんですが……ルミエ姉さんの審査が厳しいんですよ」


 両親が反対するから結婚が決まらないというのであれば分かる。


 だが、姉はないだろ、姉は。


「そんなの無視すれば良いだろ」


「できたら、独身なんてしていません!」


 情けないこと言うなよ。


 自分の人生なんだからもう少し頑張れ。


「そうだ! ジャック様、うちの姉も側室に入れてもらえませんか!?」


「発想がおかしいだろッ!」


「おかしくありません! ジャック様の妻になって子供を産めば、忙しくて俺のことなんて見る余裕なくなるはず!」


 どこから突っ込んでいいか分からず、黙ってしまった。


 乳母を雇うとしても子育てが大変なのは変わらない。


 ルートヴィヒが言うように余裕はなくなるだろう。


 だが俺は、これから二人と結婚するんだぞ。


「嫁は三人もいらない」


「そんなこと言わないでくださいよ! 昔からジャック様はルミエ姉さんのこと気に入ってたじゃないですか!」


 昔から、か。


 俺が消滅させた本来のジャックが好意を持っていた女。


 罪滅ぼしとして結婚するのもあり……なのか?


 いやいや、ダメだろ。


 寝取りみたいなもんだしな。





=======

【あとがき】

2巻が5/10に発売予定です。

よければ予約してもらえないでしょうか。

更新を続けるモチベーションとなります!

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