第241話 ぶっ殺す!!
「無駄口叩いてないで、さっさとこいよ」
「ぶっ殺す!!」
片腕が使えなくなっても心は折れていないようで、無防備にも走ってきた。
タイミングを合わせてヴァンパイア・ソードを振り下ろす。
精神体を真っ二つにできるタイミングだ。
避けるのは不可能だと思っていたのだが、
『シャドウ・ウォーク』
ジャックが魔法を使って移動しやがった。
俺が愛用している魔法ということもあって、考えなくても狙いはわかる。
振り返りながら床を見ると、ジャックの姿があった。
影から肩ぐらいまでが浮かび上がっている。
一瞬だけ目があう。
「あッ」
蹴りを放つと顎に当たって影から引きずり出される。
勢いよく吹き飛ぶと、ゴロゴロと白い床を転がっていく。
止まったのと同時にヴァンパイア・ソードを投擲した。
「グフッ」
腹に突き突き刺さったようで、ジャックは苦しみながら刀身を握る。
抜き取ろうとしているのだ。
俺はその姿を眺めているだけ。
追撃はしない。
ジャックはヴァンパイア・ソードを抜き取り、手に持つと立ち上がった。
「はぁ、はぁ……」
肉体なんて持ってないのに肩で息をしている。
かなりのダメージを受けているらしく精神体は薄くなっていて、今にも消えてしまいそうだ。
「降参するなら、生かしてやるが。どうする?」
「ふざけるなッ! 俺の体だぞ!」
「違う。もう、俺のものだ」
残念だったな。
昔のジャックを覚えているヤツなんて誰もいない。
俺のために全てをよこせ。
「人間関係、立場、評判、その他すべてが俺が作った。誰も、お前のことなんて覚えてないぞ」
心を折るには充分な充分な言葉だったようだ。
この部屋から、俺がやってきたことを見ていたであろうジャックは反論できない。
ヴァンパイア・ソードを手放すと、カランと音がなって床に転がった。
怒りの感情は消えているようで、泣きそうな顔をしている。
完全に戦意喪失したようだ。
「みんな、中身が入れ替わったことに気づかない。いや、気づいているが何も言わない」
少なくともルミエやケヴィン辺りは変化を察しているだろう。
俺の行動に疑問を覚えることもあっただろうが、昔よりも領地が良くなっているから指摘しないのだ。
変なことを言ってしまい、また浪費がひどい領主になったら困るだろうからな。
「賞賛されるのは、いつもお前だ。誰も俺のことを見てくれない」
ジャックが憔悴したような声で呟いた。
お前は他人を利用し、尊厳を踏みにじってきたのだから、当然の結果だろ。
なぜ怠惰な自分を受け入れてもらい、褒められると思っていたんだよ。
「どうしてだ。どうしてなんだよ!」
ついに膝をついて、涙をボロボロと流してしまった。
アデーレやユリアンヌと結婚すると決める前だったら、体を奪った罪悪感を覚えたかもしれないが、今は違う。
哀れだなとは思うが、体を譲ってやろうなんて思わない。
これは生存を賭けた戦いなのだ。
弱い方が負け、全てを奪われる。
そういうルールなんだよ。
「運がなかったな」
まあ、俺が体を乗っ取らなくても、ジラール領は疲弊していて崩壊寸前だったので、長くは持たなかっただろうけど。
デュラーク男爵の策略にハメられて殺されていたはず。
「運がないだとッ! 俺は悪いことなんてなにもしていないのに! 神は見捨てたのかッ!」
こいつ、領民を搾取している自覚はなかったようだ。
ジャックが贅沢な暮らしをしている裏で、領民が重税や賄賂によって搾取され、悲惨な生活をしていたことに気づいていない。
「自分の手で運命を切り開こうとしない者に、神は振り向いてくれないぞ」
「奪い取ろうとしているお前が言うなッ!!」
ヴァンパイア・ソードを持ちながら、ジャックはゆっくりと立ち上がる。
涙を拭いて、眉を釣り上げながら俺を見た。
面倒だな。
早く心折れろよ。
「お前は今までずっと、領民から奪ってきたんだ。奪われても仕方がないだろ?」
「平民と貴族の俺では価値が違う! 同じように語るなッ!」
選民思想に支配されているな。
貴族である自分たちは特別な存在だと言いやがった。
その思い上がった態度が原因で、破滅の道を進んでいたなんて気づけてないんだろうな。
改めてお互いにわかり合うことの難しさを感じた。
「だったら、俺に勝ってみろよ。特別な存在なんだろ?」
「…………」
煽ってみたがジャックは睨みつけるだけだった。
精神体が消えかかって、体が動かしにくいのだろう。
俺も一度体験したからわかるぞ。
「反応がないとつまらん。そろそろ消えてもらおう」
数歩前に進むと、ジャックの頬がピクリと動いた気がした。
何を企んでいる?
体はまともに動かせないだろうに。
警戒しながらもさらに近づく。
ジャックの口が動いた。
『シャドウ・バインド』
俺の影が伸びて足や腕を拘束した。
狙いは魔法だったか。
ジャックはヴァンパイア・ソードを前に出すと、ゆっくりと近づいてくる。
動きは緩やかで普段であれば簡単に避けられただろう。
しかし、拘束されている今は無理だ。
このままだと胸を刺されてしまう。
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