第216話 ジラール男爵だから意味があるんだけど

「なぁ、セラビミア」


「なにかなー?」


「お前が、リーム公爵を殺したのか?」


 回りくどいことが嫌いなので直接聞いてみたら、セラビミアから魔力が放たれ空気がピリついた。


 目から光りがなくなり、何度か死線をくぐり抜けた俺でも恐ろしいと感じてしまうほど、鋭い眼光をしている。


「だったら、ジラール男爵はどうするつもり?」


 これは知っている。


 この世界にきて何度か経験した、破滅フラグというヤツだ。


 慎重に言葉を選ばなければ、俺は死んでしまう。


 無意識のうちに手をぎゅっと強く握っていた。


「質問を質問で返すな。先ずは答えろ」


 俺のことを、この世界にいる唯一の人間だと思っているのであれば、強気の姿勢ぐらいであれば、大丈夫だ。


 むしろ喜ぶ――ッ!


「ねぇ、なんで答えてくれないの?」


 セラビミアからの圧力が高まった。


 背中に汗がぶわっと浮き出て、意思とは反して体は怯えているようだ。


 どうやら初手から選択をミスってしまったようである。


 だからといって、弱気の姿勢はセラビミアの好みではないだろう。


 ゲーム内のジャックは常に強気で、傲慢な男だったから。


 制作者であれば、中に入った人間が似たような性格であって欲しいと、願うはずである。


 引き続き強気な姿勢は維持しなければ。


「……俺をハメたのであれば、許すことは出来ない」


 ヴァンパイア・ソードの切っ先をセラビミアに向ける。


 もしこの前みたいに刀身を触ってケガをするようなことがあれば、血を吸い取ってやるぞ。


「へぇ、許せないんだ」


 何度もプレッシャーをかけられて強気でいた俺は、正解を引き当てたようだ。


 セラビミアの発していた魔力が急速に霧散した。


「そうだ。許さない。で、どうなんだ?」


「殺したよ。この手でね。疑うならリーム公爵最後の瞬間を教えてあげようか?」


「不要だ」


 この場面で嘘をつくとは思わない。


 リーム公爵の最後なんて知りたくはないし、聞かなくて良いだろう。


 他に優先するべきこともあるからな。


「だが理由は言え」


 なぜ殺したのか、俺をハメたのか、セラビミアの考えは知っておくべきである。


「暇だったから、といったらジラール男爵はどう思う?」


「人として最低だな」


「そうだね、最低だよね!」


 笑っているが目だけは変わらない。


 本当にコイツは俺と同じ日本からきたのか? 俺とは別の場所からきて、セラビミアの体に憑依したと言われた方がしっくりとくる。


「もちろん。私はそんな最低な女じゃないよ」


「なら本当のことを言え」


「見て欲しかったから」


「ん?」


 コイツは何を言った。


 なんか子供っぽい発言をした気が……?


「最初は、また設定の暴走かなと思ってずっと様子見をしていたんだけど、ちゃんと人間だった。やっと仲間に会えたと思ったんだ」


 瞳がさらに暗くなって、表情すらなくなった。


 目の前にいるセラビミアが人間ではなく、怪物のように感じてしまう。


 まだキメラスケルトンの方が親しみは持てる。


「でも、そんなジラール男爵はお人形遊びに夢中で、勇者である私の事を利用すこともなく、ずっと無視したまま。デュラーク男爵を倒す手伝いをしても、領地が隣になっても、遊びに来てくれなかった」


 当たり前だろ! 出会ったときの印象が悪すぎるんだから。


 設定の暴走だと疑わず普通に勇者として訪問し、領地を視察してくれたのであれば、同郷として仲良くなれただろう。


 そんな未来がくる確率はゼロではなかった。


「寂しいじゃない」


 大切なものを奪うといっておきながら、甘ったれたことを言うんじゃない。


 リーム公爵を暗殺してハメてきたことで俺たちの関係は決定的に決裂し、二度と修復されることはないのだ。


 すくなくとも、今のようにセラビミアが優位な状況で仲良くする、なんてお断りである。


「だったら、他にを探してみたらどうだ? 世界にきた人間がいるかもしれないぞ」


 セラビミアが言う、人間のお友達を求めているのであれば、俺じゃなくてもいいだろ。


 別の可能性を提示して興味をそらそうと思ったのだが、うまくいっただろうか。


 セラビミアは小さく口を動かして呟く。


「私の理想を詰め込んだ、ジラール男爵だから意味があるんだけど」


 何を言ったのかは聞こえなかった。


 追い詰めすぎたら暴走して、この場で殺される可能性は残っているので、これ以上突っ込んだ話は避けておこう。


「まあいい。リーム公爵暗殺の件は後でじっくり話し合おう。今は城を探索したい」


 ヴァンパイア・ソードを鞘に収めて、セラビミアに道を譲る。


 目で先に行けと伝えると彼女は歩き出し、部屋の奥にある扉を押し開いた。


 ギィと錆びた音がした。


 地下にいるというのに光が差し込んでる。


 生暖かい風もきていることから、外につながっているのがわかった。


「この先に空中都市へ行く魔方陣があるよ」


 振り返り、俺を見たセラビミアは、寂しそうな顔をしていた。


 先に行こうとしないので不思議に思っていると、追加で説明をしてくれる。


「この先は初代ジラールの血族が先に入らないと、動作しない仕組みなんだ」


「勇者の力でも動かせないのか?」


「うん。私が、そう設定したからね」


 ここに来てもゲーム制作者としての考えは抜けきらないか。


 死にそうな目に合うまで、変わることはないんだろう。


「わかった。俺が先に入る。扉から離れてくれ」


 小さくうなずくとセラビミアは扉から数歩離れたので、慎重に歩く。


 罠なんてなく、無事に外へ出ることができた。

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