第204話 なぜ邪魔をするの?

 どうやら戦うつもりできたようだ。


 ブレストプレートを身につけ、手には刀身が半透明の剣を持っている。


 あれは勇者専属の武器だと思っていたんだが、セラビミア専用の片手剣なのかもしれない。


「君が新しい勇者だよね?」


 俺と二人で話すときのような気軽さで、レックスに声をかけた。


「だれだ、お前?」


「ふーん。私のこと、知らないんだ」


 アイドル以上の顔だというのに、セラビミアは凶悪な笑みを浮かべた。


 悪魔のようである。


 体内の魔力も高まっているみたいだ。


 短い付き合いではあるが、キレていると確信してしまった。


「私は君のことを知っているよ。セラビミアに代わる新しい勇者なんでしょ。レックス君」


「勇者だと知っていて、その態度か」


 俺のことを放置して、レックスがセラビミアに剣を向けた。


 プライドが高そうな男だったから、上から目線で話されるのが嫌なのだろう。


「新勇者とは言われているらしいけど、君、実力ないでしょ?」


「おまえぇぇええ!!」


 煽られたレックスは叫びながら跳躍した。


 空中から襲いかかって突き刺そうとする。


『ライトニング・ジャベリン』


 セラビミアの周囲に雷の槍が数本浮かぶと、レックスに向かって放たれた。


 驚くべき速度で剣を振るい、軌道を変えて回避しているが、跳躍の勢いは完全になくなってしまう。


 先ほどまで立っていた場所に押し戻されてしまう。


「レックス! 大丈夫!?」


 女戦士が悲鳴に近い声を上げると、セラビミアが驚いた顔をした。


「どうしてベルタがここに? ジャックを粛清する役割だったはずだけど……」


 なんと女戦士――ベルタはゲームに登場したキャラクターだったらしい。


 俺が遊んでいた『悪徳貴族の生存戦略』では見たことがなかったので、続編で初めて出たのだろう。


「レックスに攻撃するなんて許さない!」


 ベルタはセラビミアを睨みつけた。


「君、そんな性格だった? 確かに愛情深い設定にしたけどさ」


 肌に突き刺さるような痛みを感じる殺気が、部屋に放たれた。


 発生源はセラビミアだ。


 怒りによって普段セーブしている力が、少し解放されたのだろう。


 レッサー・アースドラゴンなんて片手で倒せるだろう強さを感じる。


「いったい、誰に変えられた?」


 足を一歩前に出しただけで、肌の傷みが強くなった。


 ベルタだけでなくレックスですら怯えている。


 新勇者でも、セラビミアの前では雑魚キャラの一人でしかないのか。


「あ、貴方は何を言っているの?」


 ベルタの声は震えていた。


 セラビミアの殺意は高まるばかりだ。


 二人を殺さなければ、この場は収まらない。


 なんて想像できてしまうほど荒れている。


 レックスたちの生死なんて俺にはどうでもいいことだが、派手な戦いになって俺まで巻き込まれてしまいそうなので、仲裁を試みてみる。


 失敗しそうだったら、領地を捨てる覚悟を持って、さっさと逃げよう。


 急いで対立している二人の間に立つ。


「ジラール男爵、なぜ邪魔をするの?」


 浮気相手を庇っているような気分になって、道を譲りたくなってしまったぞ。


 何で俺がこんな苦労をしなければいけないのか。


 あとでセラビミアに文句を言ってやる。


「二人が死ねばリーム公爵の暗殺容疑に加えて、勇者殺害容疑まで加わるからだ」


「ふーん。じゃぁ、暴走したキャラを守るためじゃないんだね」


「暴走? 何のことだ?」


 セラビミアは、この世界の人間を自分が作ったキャラクターだと思って扱っている。


 そのことは、薄々勘づいていたので疑問に思うことはない。


 だが、暴走という言葉だけは違う。


 ゲームの制作者である彼女ですら、コントロールできない何かが起こっていることを意味しているからだ。


「ううん。なんでもない」


 誤魔化すためなのか、笑顔になった。


 アイドルが俺にだけ向ける特別な表情をしたので、怒りは収まったようだ。


 手に持っていた剣をしまうとセラビミアが俺の前に立つ。


「ジラール男爵のお願いだったら聞いてあげないとね。特別だよ」


 軽く抱きしめられた。


 嬉しさなんてなく、次に何をされるのかわからない不気味さだけがある。


 すぐに体を離すと俺を置き去りにして、ベルタに近づいた。


 視線はその奥にいるレックスへ向けている。


「ジラール男爵は私のお気に入りなんだよね。連れて帰るよ?」


「ダメだ。こいつにはリーム公爵を暗殺した容疑で拘束を続ける」


「さっきは殺そうとしたのに? どうでもいいんだよね?」


 こいつ、俺たちの会話をずっと盗み聞きしてやがったな!


 どうやったんだ!?


「状況が変わった。まだ聞きたいことがあるので生かしておく」


「私がそれを許すと?」


「勇者でなくなったセラビミアの許しなんて必要ない。それよりも、あなたには亡命の容疑がかかっているので、ついでに拘束させてもらう」


 レックスは剣をセラビミアに向けて構えた。


 圧倒的な実力差があるとわかっているのに、強気な姿勢は崩さない。


 勇者としてのプライドが、そうさせているんだろうな。


「その件なら、あとで国王陛下に説明するから。君には関係ないよ」


「それは俺の仕事だ。あなたをリーム公爵の暗殺容疑で捕まえてもいいんだぞ。一応、動機はあるみたいだからな」


 俺を守る為に暗殺した、なんて理由を考えているかもしれんが、離れた場所で生活していたセラビミアは暗殺なんて不可能だ。


 先ほどの発言は言いがかりでしかない。


 しかし、否定できる証拠はないのも事実であった。

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