第179話 お前ら邪魔だ! 道を作れ!

 仕事の斡旋所に殺到している、身なりの悪い男どもが叫ぶ。


「男爵ならもっと金を出してくれ!!」

「家族は連れて行けないのか?」

「定員が5名だと!? もっと増やせよッ!!」


 聞くに値しない内容ばかりだ。


 品性がない。


 リーム公爵に負けて追い出されたら、俺もこんなみっともない姿をさらすのだろうか? なんて思っていたら苛立ってきたぞ。


「お前ら邪魔だ! 道を作れ!」


 大声で叫ぶと周囲にいる人々の視線が俺に集まった。


 馬に乗り、仕立ての良い服を着ていることもあって、貴族だと分かってくれたようで、先ほどまでうるさかった男どもは黙って道を譲ってくれる。


「ごくろう」


 馬の腹を軽く蹴ってゆっくりと進み、仕事を斡旋している小屋の前に着く。


 馬上から仕事案内人の男を見ると、媚びを売るような笑顔を浮かべていた。


「ジラール男爵ではないですか。こんな寂れたところに来なくても、一声かけていただければ、すぐに行きましたのに」


 下心がみえて気持ち悪い笑顔だなとは思ったが、素直に従っているので口に出すことはやめておく。


 人前で侮辱して恨まれたくないからな。


「他に用事があってな。ついでに来ただけだ。気にするな」


 このままだと話しにくいので馬から下りると、アデーレも後に続く。


「男の募集は順調みたいだが、候補者は決まったか?」


「今は選別している最中で……」


 仕事が遅いと文句を言われると思ったのか、最後の方は声が小さくなって聞こえなかった。


「遅い。時間がないので俺が決める。お前らが良いと思った男を順番に連れてこい」


「え、ジラール男爵が!」


「なんだ。文句でもあるのか?」


「いえ、そんなことはありません。すぐに紹介いたします!」


 目の前の男は転がるようにして走り去る。


 他の仕事案内人も同様で、候補者を連れてくるためにいなくなった。


「しばらくは暇か……って何があった?」


 腕を組んで待とうとしていたら、急にアデーレが双剣を拭いた。


 犬耳をピンと立てて小さな音も拾うようにしていて、周囲を警戒しているみたいだ。


「この人たちが近づいてきたので、威嚇するために武器を抜きました」


 言われて気づいたのだが、俺を取り囲むようにして、みすぼらしい男どもが近寄ってきていた。


 殺気立っているようにも感じ、余裕のなさが現れている。


 命を賭けてでも直訴して、五人の中に選ばれたいとでも思っているのだろう。


 愚かなヤツらだな。


 俺を襲おうとする男なんて採用しないのに。


 こいつらは全員落選だ。


「俺に触れようとするヤツがいたら、斬り捨てていいぞ」


 あえて周囲に聞こえるように命令したので、これ以上は近寄ってこないだろう。


 頼もしい護衛の隣で安心しながら待っていると仕事案内人たちが戻ってきた。


 後ろに五人の男がいる。


「私が見つけた候補者です」


 仕事案内人は後ろを向くと、連れてきた男達に指示を出す。


「お前たち、ジラール男爵に自己紹介するんだッ!」


 仕事案内人の言葉に反発的な態度を取るヤツはいないようで、誰が最初にするのか五人は視線を送りあっている。


 数秒待ったが誰も口を開かない。


 仕事案内人は俺の怒りを買うんじゃないかと、内心で焦ってそうだ。


「短くてもかまわん。早く言え」


 腕を組みながら、やや苛立って言ってみると少年が手を上げた。


「あの……僕からでも良いですか?」


 十歳いかないぐらいだ。


 この年齢なら俺に怯えることも多いのだが、しっかりと目を見て話している。


 意思が強そうなので、アラクネを見ても逃げ出すことはないだろう。


「生まれはデュラーク領です。生まれてすぐにお母さんが死んでしまい、この前の戦争でお父さんが死んじゃいました。生きていけるのであれば、どんな待遇でもかまいません。頑張ります」


 戦災孤児か。


 俺は襲われたから反撃しただけなので罪悪感などない。


 まぁ、哀れだなとは思うがな。


「一緒に逃げてきたヤツらはいるか?」


「いません。一緒にいた友達は、みんな死んじゃいました。生きているのは僕だけです」


 悲惨な環境だというのに生きる意志は失ってなさそうな顔だ。


 後で裏取りはするが、孤児であれば他貴族とのつながりはないだろうし、採用しても良いだろう。


「今回の仕事は最低でも三年は働いてもらう。希望すれば期間も延ばせるので、しばらくは食うに困らない。よかったな、お前の希望は叶うぞ」


 長期拘束する理由は集落を隠すためだ。


 三年もあればジラール領の戦力は上がっているだろうし、集落の存在がバレても対処はできるだろうと考えてのことである。


 最悪、俺の準備が間に合わなければ森の中で殺せば良いだけだしな。


「ありがとうございます。僕、頑張ります」


 アラクネ色に染めたいと言っていた族長のトリシュであれば、少年を大切にすることだろう。


 この世界は社会保障制度なんてないから、残っている選択のなかではマシな部類に入るはず。


 性癖調査にも使えるので、少年の採用は良い一手だと思う。


「ケガで大工を引退したが、力仕事なら任せてください!」

「俺は料理が得意です!」

「実家が農家だったので畑仕事なら頑張れます」

「俺も同じで畑仕事なら自信があるぜ」


 子供の後に続いたというのが気になるが、それぞれ特技があるのはポイントが高い。


「他にも特技を持った男はいるか?」


「へぇ、何人かいますが……」


「では、こいつらとは別の特技を持っている男を追加で五名連れてこい。その中から選ぶ」


「かしこまりました!」


 代わりは既に準備していたようで、他の仕事案内人が鍛冶、元狩人、怪我をした剣士、薬師を連れてきた。


 仕事案内人が選んだこともあって人格は問題なさそうに見える。


 最終的な判断は後ほどするとして、とりあえず鍛冶、薬師、大工、農家、大工の男を選ぶことにした。


 選別理由は単純だ。


 アラクネの集落は技術面でもジラール領を上回っていたので、滞在中に技術を学んでもらい、三年後に持ち帰ってもらおうと思っている。


「俺に選ばれた男は今すぐ屋敷に来い。身なりを整えるぞ」


 無職で住む場所すらない男たちは断るなんてことはしない。


 全員が首を縦に振って仕事を受けると返事をした。


 裏取りする時間と人格の見極めのために、しばらくは屋敷に滞在してもらおう。


 もし問題がありそうなら、即刻処分して別の男を選んでやる。

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