第127話 その時には俺に相談しろ。手伝ってやる

 何かの動く感触がして、ゆっくりと目を開く。


 目の前にアデーレの寝顔があった。


 そういえば、一緒に寝たんだっけな。


 熟睡しているらしく穏やかな寝息を立てているだけで、起きる気配はない。


 悪夢にうなされてないかと少し心配していたが、これなら大丈夫そうだ。


 静かにベッドを降りるとアデーレを見ながら着替える。


 昨日は少し、らしくない行動をしてしまったな。


 いくらアデーレが重要な家臣だとはいえ、大工職人や兵に対してあそこまでやらなくてもよかった。


 俺に対して、強い反感を覚えたことだろう。


 昔に比べて大分マシにはなったが、領民の暮らしは苦しいまま。


 反乱の危機は残っている。


 兵を味方にしておかなければ、俺が破滅する可能性は十分にあるのだ。


「それが分かってても抑えきれなかった」


 言葉にして初めて気づいてしまった。


 打算まみれの関係だったはずなのに、リスクを度外視してでも守りたいと思った、という事実に。


 最初は俺を守ってもらうため、仲間にしたのだが、今はそれだけではない。


 情が湧いてしまったのである。


 俺は前世の妻に裏切られたというのに、また人を信じたいと思っているのか?


 馬鹿らしい。


 どうせまた、同じ結末を辿る。


 期待すれば裏切られたときに辛いだけだ。


 他人を想う気持ちを忘れるようにアデーレから視線を外した。


 余計なことを考えないようにするたため、天幕の布に付いた汚れを数えながら防具を身につける。


 胸当てを付けてヴァンパイア・ソードを腰にぶら下げていると、急に外が騒がしくなった。


「退避! 退避だ!」


「いてぇ! 足がやられた!」


「こっちに来るまで絶対に手を出すなよッ!!」


 どうやら、デュラーク男爵の兵がやってきたようだ。


 状況を確認するために外へ出ようとする。


「もう、朝?」


 目をこすりながらアデーレが起きたのだ。


 まだ頭は寝ているようで、襲撃を受けていることに気づいていない。


「敵が来たみたいだ。俺は外に出るが、どうする?」


 俺の言葉を聞いたとたん、耳をピンと立てて小刻みに動かす。


 音を拾っているのか。


「行きます! 護衛は任せてください!」


 ベッドから飛び降りたアデーレは、ヒュドラの双剣を腰に付ける。


 準備は三十秒ほどで終わった。


 防具はなく普段着のままではあるが、彼女なら問題はないだろう。


 最悪、俺が助けてやって……いや、違った。


 余裕があれば助けてやるか。


 優秀な護衛がいなくなったら困るからな。


「外に出るぞ」


 出口の布を上げて外に出ると、大工職たちの逃げ惑う姿が見えた。


 向かう場所は、天幕を立てたエリアの中心地。


 そこには非戦闘民を守るように俺の兵が二人ほどいる。


 残りの兵は橋を警備していて、デュラーク男爵がよこした敵を警戒していることだろう。


 まだ攻め込まれていないので、思っていたよりか緊急度は低いみたいだな。


「アデーレさん、こんな所にいて大丈夫なんですか?」


 声をかけてきたのは、背中に大きなリュックを背負っている男だ。


 この世界では珍しくメガネをかけている。


 魔道具化されているようで、テンプルの部分には極小の魔石が三つ埋め込まれていた。


 この男には見覚えがあるな。


 まさか、こんなところで会えるとは思わなかったぞ。


「お前は誰だ?」


 ゲームに登場したキャラクターなので知ってはいるが、名乗らせるために質問をした。


「え、あなた様は……」


 俺の姿を見ただけで正体に気づいたようだ。


 さすが商人。


 人を見る目はあるようだな。


「お初にお目にかかります。ここで食料の搬入及び販売をしているハイナーでございます、ジラール男爵」


「ほう、商人か。アデーレが世話になったな」


 ハイナーは汚い商売が嫌いであり潔癖だったことが災いして、王都のでの勢力争いに負け、ジラール領にまで追放されたのだ。


 その後、ジャックと出会って領内に小さな店を出すと、少量ではあるもののレアな商品が買えるようになる。


 というのが『悪徳貴族の生存戦略』内での役割だった。


 セシール商会を排除してから商人の情報は集めていたが、ハイナーは噂話すらなかったので、もう出会えないと思っていたぞ。


「お世話になっているのは私の方です。食料を大量に購入していただけたので、大きく稼がせてもらいました」


「それはよかった。我がジラール領は、商人の来訪を歓迎している。どうだ? この地で店を持ってみないか?」


「それは夢があって良いですね。資金が貯まったら物件を探してみましょうか」


 話を上手く受け流されてしまったが、狙った獲物は逃さない主義だ。


 必ず俺の領地で商売させてやる。


「その時には俺に相談しろ。手伝ってやる」


「ジラール男爵が……?」


 ただの商人に貴族である俺が手伝うと言って、ハイナーは警戒心を露わにした。


 表面上はニコニコしているが、内心では焦っていることだろう。


「情けない話ではあるが、商人が減ってしまい物流は止まりがちなんだよ。だから優秀そうなヤツには、こうやって声をかけることにしている」


 理由を話してみたが、まだ納得していない様子だ。


 貴族という立場を使って横暴に振る舞えば、ハイナーは離れていくだろう。


 ここは一歩下がって、しばらく待つべきだな。


「強制ではないし、気が向いたときに手紙でも出してくれ」


 さて、そろそろ橋がどうなった見に行くか。


 ハイナーに背を向けると、アデーレを連れて歩き出すことにした。





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