第126話 声が小さいッ!!

「俺は今、機嫌が悪い」


 アデーレに手を出しかけたが未遂である、だから処分が重すぎると、軽い受け止め方をしている大工職人。


 今この瞬間に、デュラーク男爵の兵が攻めてきてもおかしくないのに、仲間内で争おうとしている私兵たち。


 どっちも同じぐらい愚かだ。


 イライラする。


 ヴァンパイア・ソードを抜くと、俺の心が殺意に塗り潰されそうになったが、アデーレが襲われた怒りによって押し返す。


 黙れ。


 俺に従え。


 心の中で呟けば、簡単に従ってくれた。


 目の前にいるヤツらも、このぐらい従順であればよかったんがな。


「なぜだか、お前たちは分かっているよな?」


 大股で歩くと、大工職人をとりまとめている現場監督の前に立つ。


 首にヴァンパイア・ソードの刀身をピタリと付けた。


「お前は、大工職人どもを押さえる役割だと思ったんだが? 俺の勘違いか?」


「いえ、ジラール男爵のおっしゃるとおりでぇ……」


「ほぅ……では何故、俺の兵と争っていたんだ?」


「いや、それは……」


「言い訳なんて聞くつもりはない」


 刀身を少し動かして、現場監督の首を数ミリほど斬る。


 血が流れ出たが、すぐに吸われていく。


 その様子を見た現場監督や周囲の人々は、恐れ、怯えていた。


「俺が気にいっている女に手を出そうとしたんだ。次はない。もし暴れるようであれば、全員の血を吸い尽くしてやる」


 俺から殺意が漏れ出していることもあって、誰も口を開かない。


「しっかりと手綱を握れ。分かったな?」


「へ、へぇ! もちろんで!」


 引きつった笑顔がムカつく。


 このまま首を切断してやろうかと思ったが、理性で押しとどめた。


 感情のおもむくまま行動すれば気分は良いが、恐怖政治をすることになる。


 一時は良いかもしれないが、俺の力が衰えたときに反乱が起きて破滅してしまうだろう。


 長期的な視点から見ると、妥協も必要なのだ。


「ふぅ……」


 深く息を吐いてから、大工職人どもを拘束している影を解除した。


「天幕に戻って、さっさと寝ろ」


 俺の命令を聞くと、大工職人どもは蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。


 ほどよく恐怖で心を縛っただろうし、少なくとも橋が完成するまでは素直に従うだろう。


 違ったら、見せしめに現場監督の男の首を斬って、さらし者にでもするか。


「さて、次はお前達の番だ」


 私兵どもはアデーレが襲われたこともあって、大工職人以上に殺気立っていた。


 今は、俺の怒りを買ってしまったと後悔しているようだが、気づくのが遅すぎる。


 ルートヴィヒあたりなら、もっと早く察していたぞ。


「頭が空っぽで忘れやすいお前たちに、優しい俺がここにいる理由を改めて教えてやろう」


 息を呑む音が聞こえた。


 この世界において貴族の方が魔力量は多く、圧倒的な強さを持っていることもあり、平民出身の私兵どもは完全に怯えている。


「死んでも橋を守ることだ。領民と争うために貴重な金を使って派遣したわけじゃないんだぞ」


 一番近くにいる兵の前に立つと、顔を近づける。


「そうだよな?」


「おっしゃるとおりで……ございます」


「声が小さいッ!!」


「おっしゃるとおりでございますッ!!」


 顔を離すと別の兵の前に移動する。


「で、お前達はさっきまで何をしていた?」


「…………職人どもにケンカを売っておりました」


「そうだな。その通りだ」


 ゆっくりと歩いて、また別の兵の前に立つ。


「それは正しい行為か?」


「……我々が間違っておりました」


「分かっているじゃないか。お前達は全員間違っていたッ!」


 魔法を操作して拘束力を強める。


 腕や足、体に痣が付くほど締め付けたら、兵からうめき声が聞こえた。


 息を吸うのだってやっとの


「これは命令に従わなかったお前達への罰だ。苦しみながら話を聞け」


 苦しみの時間が少しでも長くなるよう、ゆっくりと兵が全員見える場所に移動する。


 俺を恨むような目はしてなさそうだな。


 アデーレが鍛えた兵だからか、領主に逆らうことは許されないと、教え込まれているのかもしれない。


「お前達は二交代制で夜通し、橋の警備をしろ。メンバーの選出は任せるが……失敗すれば、アデーレの評判を下げることにもなる。気合いを入れて働け」


 魔法を解除すると兵達は地面に倒れ込んだ。


 痛みで体が動かせないのだろう。


 立ち上がれないでいる。


 苦痛で顔を歪めている男を見る趣味なんてないので、背中を向けて天幕に向かう。


「まって……ください…………アデーレ……さんに会わせて……下さい」


 立ち止まって振り返る。


「何故だ?」


「守れなかった……ことを……謝りたく……」


 くだらない理由だな。


 本当に相手のことを心配しているのであれば、このタイミングで謝罪なんてしようとしない。


 俺に任せて、アデーレの指示が間違いなかったと証明するために、仕事をするべきなのである。


 結局こいつらは、罪悪感に押しつぶされそうな自分たちが、楽になりたいがために謝罪したいと言っているだけだ。


 前世の嫁が浮気の告白をしてきたときと状況が似ていて、苛立ちが収まらない。


「お前たちに、その権利はない」


 反省すらできない兵に優しくする必要なんてない。


 冷たい言葉で突き放す。


 再び歩き出して天幕に入ると、別れたときと同じ姿勢のままでいたアデーレがいた。


 まだ襲われたことを引きずっているんだろう。


 このままだと戦闘が発生しても戦えない。


 プログラムされた通りに動くゲームキャラではないのだから、もう少しケアしておく必要がありそうだ。


「ここは安全だ。今日は一緒に寝るか?」


「いいんですか?」


 屋敷にいたときは、何度も俺のベッドに潜り込もうとしていたので提案してみたのだが、どうやら狙った効果は出たようだ。


 少しだけだが、嬉しそうにしている。


 男が近くにいると嫌がるかもしれないと懸念していたが、この調子なら大丈夫だろう。


「もちろんだ」


 意識して笑顔を浮かべてから、寝巻きに着替えてベッドに入る。


 無言のままアデーレが俺の背に抱き付いた。


 顔を埋めて匂いを嗅いでいる。


 こうやって嫌なことを忘れようとしているのだろう。


 いつもなら突き放すのだが、今日は好きなだけさせてやる。


 だから早く元気になれよ。

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