第125話 ここにいてもいいんですか?

 抱きかかえたアデーレは、耳はぺたんとなっていて尻尾は丸まっている。


 兵の集団に馴染んでいるように見えたから、師匠や兄弟子に襲われかけた過去を克服したと思い込んでいたが、実際は違ったようだ。


 戦いの時は勇ましく、相手が男であろうが関係なく双剣で斬り刻むが、性的に見られてなかったから動けたのである。


 欲望をまっすぐにぶつけられて、トラウマが刺激されてしまうと、こうも弱々しくなってしまうのか。


 俺に対しては、肉体的な接触が多かったから気づけなかった。


 アデーレの代わりになる人はどこにもいない。


 トラウマが悪化して戦場に立てなくなったら、この場にいる全員を殺したとしても許せないだろう。


 その時は領民の血を吸って――って、危ない。


 少しだけだが、ヴァンパイア・ソードに意識を乗っ取られかけていたかもしれん。


 血を吸わせたばかりなので、影響力が強くなっているのか。


 または、動揺した隙を狙われたのかもしれん。


「ごめんなさい。私が弱いからジャック様に迷惑をかけてしまいました……」


 そういえば、認められない人生を歩んでいたから、自尊心が低かったな。


 少しは自信が付いたとは思ったのだが、長い間をかけて植え付けられた考えは変わっていないか。


「アデーレのことを迷惑だなんて思ったことは、一度もない。剣術の師匠、そして護衛として、いつも頼りにしている」


 また敵に立ち向かえるよう、優しい言葉をかけた。


「嘘です。だって私は、こんなにも弱い……」


 出会ったときよりもネガティブな思考になっているな。


 言葉だけでは何も変わらないだろう。


 デュラーク男爵との戦いは目前に迫っているのだから、すぐに復活してもらわなければ困るぞ。


 先に作らせていた俺専用の天幕に入ったので、抱きかかえているアデーレを優しくベッドに座らせる。


 しゃがんで目線を合わせると、顔を近づけた。


「レッサー・アースドラゴンと戦い、野盗を簡単に倒せるアデーレを弱いと思うヤツはいない」


「でも、大工職人ごときに抵抗できませんでした」


「それでも、俺は弱いとは思わん」


「…………どうしてです?」


「アデーレの強さを知っているからだ」


 動けないようにするため、両肩に手を置く。


「一緒にいるだけで安心できるのは、アデーレしかいない。戦場において、俺の心を支えてくれるのはお前だけだ」


「さっき見たいに動けなくなるかもしれませんよ?」


「一人で戦っているわけじゃないんだ。その時は俺が助けてやる」


「それって、私が迷惑かけていることになりませんか?」


「何度もアデーレに助けてもらったことがあるし、お互い様だろ」


「私がジャック様を助けたことなんて、ありました?」


「もう忘れたのか? レッサー・アースドラゴンに殺されそうになった時、身を挺して守ってくれたじゃないか」


 あの時は、ありもしない好感度システムを信じて、アデーレが俺の前に立って尻尾の攻撃を防ぐと思っていたんだよな。


 懐かしい。


「そんなこともありましたね」


 ようやく、小さくだが笑ってくれた。


 やってきたことを思い出せば、失った自信も少しは取り戻してくれるはずだ。


「アデーレが鍛えた兵はデュラーク男爵との戦いに使えるし、野盗を倒して領内の治安を守ってくれている。ほら、領主として助けてもらってばかりじゃないか」


「…………本当ですか?」


「もちろんだ」


 ここは即答した。


 一瞬でも躊躇ってしまえば、嘘だと思われてしまうからな。


「じゃぁ、私はまだ、ここにいてもいいんですか?」


 ああ、なんで元気がなかったのか、その理由が分かった。


 戦う力がなければ、俺の側にいる価値はないと思い込んでいたのか。


 柄にもなく優しい言葉をかけ続けたこともあって、ようやく本音を聞けた気がする。


「もちろんだ。嫌だと言っても手放すことはない」


 肩に乗せていた手をアデーレの背に回す。


 優しく抱きしめた。


「あっ……」


 襲われかけたこともあって嫌がるかもしれないと思ったが、抵抗されるようなことはなかった。


「協力するから、酔っ払いに絡まれても軽くあしらえるように、訓練しよう。そうすればアデーレは誰にも負けない」


「はい……ジャック様の為に頑張ります」


 涙声だったので元気よくとはいかなかったが、力強い返事だった。


 メンタル面が弱いアデーレを鍛える機会が手に入ったと、酔っ払いどもに感謝していいかもな。


 落ち着いたみたいなので体を離す。


「ここで待っていてくれ」


 天幕の外が騒がしかったので、アデーレを置いて外に出る。


 怒りに染まった兵たちと大工職人が、殴り合いをしていた。


「アデーレさんを傷つけたヤツらは許すな!!」


「こちちとら手を出してないのに、二人も殺されたんだぞ! やってられっか!」


 デュラーク男爵が襲ってくるかもしれないのに、争いあっていてキレる寸前だ。


 全員粛清してやろうかとも思ったが、ヴァンパイア・ソードが喜ぶだけなので、まずは穏便な方法を選ぼう。


『シャドウ・バインド』


 夕日によって伸びた影が、争っているヤツらの腕や体を拘束した。


 動けなくなったので全員が異変に気づき、俺を見る。


「お前たちに選択肢をやろう。この場で俺に殺されるか、それとも命令に従うか、どっちが好みだ?」


 殺気を乗せて魔力を放っていることもあって、本気だと受け止めたようだ。


 三つの魔力臓器の力を開放していることもあって、誰も抵抗できない。


 さすがに、血を吸い尽くされて死にたくないようだ。


 この場にいる全員から抵抗の意志が消える。


 一応、素直に従ったことだし、この場で殺すことだけは許してやろう。

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