第103話 変わられましたね
「人と戦う仕事……ですね」
ルートヴィヒがやや言葉に詰まったのには、理由がある。
先代のときは働かないで遊んでいたこともあり、人を相手に戦った経験が少なく、ルートヴィヒを筆頭に私兵どもは人殺しに慣れていないからだ。
俺の護衛兼師匠のアデーレや婚約者のユリアンヌを抜けば、不正したヤツらを処刑しまくった俺が、一番多くの人を殺しているかもしれんな。
「そうだ。出来るだろ?」
「もちろんでございます……と言いたいのですが、新兵には少々キツいかもしれません」
「だろうな」
さらに新兵は人殺し以前に戦闘に慣れていない。
領地を守るためなら躊躇なく暴力を振るい、人や魔物を殺せる機械へと仕上げるためには、数か月は時間が必要だろう。
しかし、成長を待っていられるほどジラール領の状況は良くないのだ。
野盗どもを殺さなければ道中の安全が確保できないので、行商人を誘っても領地にはやってこない。
必需品がジワジワとなくなり、最後は暴動が起きるだろう。
他にも崩れかけた橋といったインフラも修繕しなければいけないので、やることは多く野盗討伐ぐらいさくっと終わらさなければいけないのだ。
「しかし残された時間は多くない。領内に残った塩や薬、武具等の残りは僅かだ。すぐに行動を起こさなければ、商人は商品を運ばず流通が止まり、我が領地は破滅するだろう」
「……それは困りますね」
ルートヴィヒもセシール商会が抜けた影響は身を以て理解しているので、俺が懸念していることはちゃんと伝わったようだ。
「今回は私兵を派遣する。山の方にはアデーレを中心とした部隊、街道にはユリアンヌを中心とした部隊を派遣しろ。グイントが育てた斥候は、バランス良く二つに配置しろ」
野盗は仕事にあぶれたヤツらが集まった集団だと思うので、私兵でも負けるこはないだろうが、万が一の可能性も考慮して俺の持っている手札の中で強力な二人を出すことにした。
派閥の件は気になるが、だからといって目の前の問題を放置するわけにはいかん。
苦渋の決断ってヤツだな。
「かしこまりました。私は第一村で指揮を執ればよろしいので?」
「その通りだ。俺も現場に行くから、しっかりと働くんだぞ」
「はッ!」
胸に手を当てて敬礼したルートヴィヒは、どこか誇らしげだった。
領地を守る使命に燃えているのだろう。
俺のために喜んで働いてくれるのであれば、兵として優秀と言える。
「出発は二日後だ。明日は休みにしろ。銀貨二枚程度だが全員に小遣いを支給してやるから、思いっきり遊ぶが良い」
「ありがとうございます! 兵も喜ぶかと!」
「今回限りだかな。毎回出るとは思うなよ?」
「もちろんでございます!」
喜びながらルートヴィヒは去って行った。
余計な出費になってしまったが、外部から領地が狙われているため、金の力で内部の結束を高めなければならん。
俺に従えば他の仕事より金が稼げると思えるからこそ、死ぬ気で働いてくれるというものだ。
「変わられましたね」
後ろから優しげな声が聞こえた。
「誰かに分け与えることができるようになったなんて、大人になりました」
姉っぽい雰囲気を出しながら言いやがって。
ルミエじゃなければ叱っているところだぞ。
「余計なことを言うな」
「ジャック様、恥ずかしがってます?」
「そんなわけないだろ。メイド見習いが勘違いするから、冗談はその程度にしておけ」
やられっぱなしだとムカつくので、立ち上がるとルミエの隣に立ちケツを触ってやった。
驚くかと思っていたのだが微笑むだけで大した反応はない。
「婚約者も出来たんですから、悪戯はほどほどにしてくださいね」
「ちッ」
見たいものは見たので、舌打ちをしてから訓練所を去ることにする。
決して、遠くから俺をじーっと見つめているアデーレやユリアンヌから逃げるわけじゃないからな!
翌日、兵達は街に繰り出して充分な英気を養ったと聞いている。
その間、俺はアデーレに抱き付かれて匂いをかがれながらユリアンヌと紅茶を飲み、最後には二人と一緒に剣術の稽古に付き合わされる一日だった。
私兵が遊んでいるのに、何で俺だけ働かないといけないんだよ!
ルミエはその様子を楽しそうに見ているだけだし、ケヴィンなんか子供は多い方が良いなどと、謎のことを言っていたので頼りにならん。
グイントは部下を連れて橋の様子を見に行ったまま帰ってこないし、俺の味方はいなかった。
◇ ◇ ◇
野盗を討伐するために、十五人の私兵を引き連れて第一村に滞在している。
俺が滞在するのに相応しいデカい天幕を作ってもらい、政務まで出来るようにしてもらっていた。
ルミエやこの前会ったメイド見習いも来てもらっているので、生活面においては不自由しないだろう。
「失礼します」
天幕で仕事をしているとルートヴィヒが入ってきた。
目の前で立ち止まると口を開く。
「事前調査が終わりました。これから作戦を実行します」
数日かけて街道と山に出る野盗の調査を行っていた。
ようやく正確な情報が集まり、作戦を実行する日が来たのである。
「これからアデーレさんとユリアンヌ様が出発されます。どうされますか?」
「見送りに行く」
士気を高めるために会うぐらいは、するべきだろう。
立ち上がると天幕の外へ出る。
村の入り口にまで移動すると、それぞれ五人の兵を連れた二人を見つけた。
「出発するそうだな」
声をかけると二人は同時に俺を見て、笑顔になった。
「領内にいる不届き者を殺すのが仕事ではあるが……」
言いながらゆっくりと歩いて、アデーレとユリアンヌの前に立つ。
二人の肩に軽く手を置いた。
「お前達と兵の命の方が大事だ。危ないと思ったら即時撤退しろ。分かったな?」
兵が大切だから言ったわけではない。
勝手に死なれると、見舞金を遺族に支払わなければいけなので困るのだ。
二人とも深く頷いてくれたので、分かってくれただろう。
「生け捕りにしなくて良いのですか?」
「投獄しても金がかかるだけだ。裏があったとしても、野盗の言うことなんて信じられん。死んだ後に調べるだけで充分だ」
仮に野盗がデュラーク男爵の送った刺客だったとして、本当のことを喋るとは限らない。
真偽の確認は難しいので今回は殺すと決めていた。
「わかりました! 旦那様の敵を殺したら褒めてくださいね!」
「私も皆殺しにします。ジャック様、期待していますから」
まあ、仕事をしてくれるのであれば褒めるぐらいしてやるが、誰も死なせずに達成してくれよ……。
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