第84話 目が…………
「ジャック……様?」
困惑した表情を浮かべながらアデーレが呟いた。
「どうした?」
気分の良い俺は、彼女の目を見ながら優しく返事をしてやったのだが、知らない人間を見ているような、そんな警戒心を隠そうとしない。
せっかく、気を使ってやったのに。
護衛が俺を警戒してどうするんだよ。
普通は逆じゃないか?
仕事は出来ると思っていたのだが、注意してやらないといけないな。
ついでに、俺への護衛意識が高まるよう、調教でもしてやるか。
アデーレに手を伸ばすと、グイントに声をかけられる。
「目が…………」
「なんだ? 言いたいことがあるなら……」
上半身の服がやぶけていて、魅力的な体をしているグイントの両肩を掴んだ。
「はっきりと言えよ」
「え、ジャックさ……ま?」
逃げようとしているが、力は俺の方が強い。
無駄な努力をしやがって。
俺には逆らえないと、教育する必要があるみたいだな。
ゆっくりと顔を近づけて目を覗き込む。
白目の赤くなった俺が映っていた。
な、なんだ、これはッ!?
グイントの肩から手を離すと、後ずさる。
俺はさっきまで何を考えていた……?
アデーレを調教して、グイントを教育するだと?
なぜだ?
あの二人は充分な働きをしているのに。
――血を吸わせろ。
脳内に響き渡った言葉は、俺のものではない。
ケガをしているときは意識がもうろうとしていたので気づかなかったが、右手に持つヴァンパイア・ソードから聞こえている。
声の正体が分かった瞬間、思考がクリアになって、血への衝動が収まった。
クソッ、縁のある武器だと思って油断していた。
初代ジラールが使っていた剣は、呪われていたのか。
だから一緒に埋葬されたと。
今思えば、離さないようにヴァンパイア・ソードを抱きしめていたことにも、意味があったのかもしれん。
強い衝動に従っていたら、血を求めるだけの剣、そして持ち主になるところだったな。
この武器は危険だ!
投げ捨てようとしたが動かない。
右手を見ると、手の甲に刀身と同じような赤い花の柄があった。
「……浸食しているのか?」
血の気が引いた。
俺の異変にいち早く反応したアデーレが、俺の手に触ってヴァンパイア・ソードを離そうとするが、びくとも動かない。
グイントも手伝ってくれるが状況は変わらない。
ピタリと手に吸い付き、離れてくれないのだ。
呪いの装備は外せない。
ああ、別の武具だったがゲームにあったな。
そんな設定。
外すには特別な道具が必要なのだから、この場で何をしても無駄になるだろう。
「俺のことはいい。ユリアンヌを助けに行くぞ」
俺がヴァンパイア・ソードに意識を持っていかれそうになっていた間にも、ヨン卿との戦いを続けていた。
劣勢だったのは変わらず、全身に傷を負っている。
武器に使っていた槍は真っ二つに折られてい、剣で戦っているが、負けてしまいそうだ。
「私が行きます!」
ヴァンパイア・ソードを使わせたくないようで、アデーレが紅い双剣を持って飛び出した。
高速で振るわれる剣を、ヨン卿は盾で防ぎきってしまう。
あの動きについて行けるか。
騎士は強い汎用キャラクターではあったが、アデーレと互角以上に戦える能力はなかったはず。
ヨン卿が『悪徳貴族の生存戦略』に登場していなかったこともあり、憶測でしかないのだが、ネームドキャラと同じ強さを持っているのかもしれない。
しかも敵キャラとして実装されていたのであれば、アデーレ単体では負けてしまう可能性もある。
パーティプレイ前提のゲームだったからな。
「俺も行く。グイントは、アイツらが逃げ出さないに見張っておいてくれ」
急に襲われて忘れていたが、こちらにはデブ男やエールヴァルトといった人質がある。
セシール商会のヤツらが奪い返そうとしてくるだろうし、見張りは必要だろう。
「でも、ジャック様、大丈夫ですか?」
また呪いに思考を奪われてしまうのではないかと、心配そうに見ている。
右手の甲を見れば赤い花の絵は描かれたままであるが、意識は今まで通りだ。
血さえ吸わなければ現状は維持できるだろうし、何とかなる……いや、しなければならない。
「大丈夫だ。すべて俺に任せろ」
安心させるために口角を無理矢理に上げて笑っているように見せてから、走り出す。
ケガは完治して調子は良い。
全力を出せる状態であり、絶好調だ。
ユリアンヌとアデーレの猛攻に耐えているヨン卿の背後に回ると、ヴァンパイア・ソードを振り上げた。
不意打ちできたと思ったのだが、横に飛んで転がりながら回避されてしまう。
立ち上がろうとしている隙を狙って、大きく一歩前に出てから突きを放つ。
盾で受け流されてしまうが、これは予想通りである。
むしろ貫いて、血を吸ってしまう方が問題だからな。
「たぁああ!」
声を出しながら、高く跳躍したアデーレが襲いかかった。
ヨン卿は動けないので腕を上げて剣で防ぐ。
脇腹が空いた!
ユリアンヌが動けるか心配ではあったが、親子の愛情より俺の婚約者という立場を取ってくれたようで、剣を横に振るってヨン卿の体を叩く。
鎧は凹み、吹き飛ばした。
強い衝撃があったはずで、骨ぐらいは折れているだろう。
「よくやったッ!」
親を攻撃してしまったと後悔する前に大声で褒めて、行動を肯定した。
間違ってないと安心感を与えておけば、この場では戦意喪失しないだろうと、思ってでの行動である。
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