第67話 仲が良いんですね

 背中に刺さったままだった剣を抜いたオーガが、俺に向けて投擲をしてきた。


 弾丸のように早く、とっさに双剣を前に出して受け流したが、両腕に激しい衝撃が襲ってくる。


 痛みによって力が入らず、だらりと下がってしまう。


「グオォ!!」


 雄叫びを上げながらオーガが走ってきた。


 魔法で足止めしようと考えていたら、ユリアンヌが槍を前に出して飛び出し、オーガの横っ腹を突き刺す。


 分厚い筋肉を突き抜け、臓器にまで到達していそうだ。


 この攻撃だけで、能力は低くないことが分かる。


 さらに反対側からルートヴィヒとローレンツが剣を振り下ろし、腕を斬りつけた。


 あっちの方は分厚い筋肉に阻まれて、大したダメージは与えられなかったようだ。


「ジャック様! 大丈夫ですか!」


 叫びながらルートヴィヒが俺を見た。


 あのバカ! 余所見をしやがったッ!


 邪魔をされて怒り狂ったオーガが腕を振り上げて、ルートヴィヒとローレンツを吹き飛ばす。


 一方のユリアンヌは穂先を奥まで押し込んでから、ひねり、傷を広げていく。


「グギャァァアアア!!」


 戦闘を開始してから初めて、痛みによってオーガの動きが止まった。


 憎しみに染まった目がぎろりと動き、ユリアンヌを見る。


 オーガは槍の柄を握って抜けないようにすると、顔をユリアンヌの目の前にまで近づけ、口を大きく開いた。


 至近距離で衝撃波を受けたら吹き飛ぶだけではすまない。


 脳や臓器が破壊されてしまうだろうし、それが魔力を貯蔵する臓器であれば、一生戦えない体になってしまう。


『騎士らしい活動を認めてもらえるのであれば、それ以外はなにも求めません』


 屋敷でユリアンヌが放った言葉だ。


 戦うことがすべての彼女にとって、魔力を貯蔵する臓器が破壊されることは、死んだのと同じ意味になる。


 俺はユリアンヌのことを好きではないし、別居生活を望んでいるのは変わらない。


 だがオーガの筋肉を貫く実力がある戦士……いや騎士を失うのは惜しい。


 ということでだな、これから俺がする行動は打算によるもので、善意というあやふやで不確かなものではないのだ!


『シャドウ・バインド』


 俺の影が伸びてオーガの口を塞ぐのと同時に、衝撃波が放たれた。


 影はすぐに破壊されてしまったが威力は弱まっている。


 ユリアンヌは槍を手放して吹き飛ばされてしまい全身に傷を負っているが、意識はハッキリとしている。


 俺は限界ギリギリまで身体能力を強化すると、駆け出す。


 オーガがハルバードでユリアンヌを突き刺そうとしていた。


 ケガで動きが鈍っていることもあって、彼女は避けられないだろう。


「うおおおおお!!」


 声を出しながら、ありったけの力を込めて双剣を振り下ろす。


 ルートヴィヒが傷つけたオーガの腕に当たると、筋肉を斬り裂き、骨を砕く。


 抵抗は感じたが、なんとか切断できた。


 ハルバードごと腕が落ちる。


「ケガはないか?」


 ユリアンヌを守るようにして、前に立つ。


 無茶して身体能力を強化したため、全身が痛い。


 さっきみたいに動くのは難しく、俺は戦える状態ではない。


「は、はい。助かりました」


「よかった。お前たちが時間を稼いでくれたおかげで、勝てそうだ」


 オーガは残った腕で、腹に刺さった槍を引き抜いた。


「ジラール男爵! 私は大丈夫です! 逃げてください!」


 ケガをして動けないのに、俺のことを心配するか。


 性格も悪くない。


 ゲームキャラではないが、強力な仲間になりそうだ。


「安心しろ。俺たちの勝ちだ」


「へ?」


 槍が迫っていても動かない俺の言葉が信じられなかったようだ。


 間抜けな声を出した。


「ジャック様に手を出すなッ!!」


 最初に吹き飛ばされたアデーレが、槍を弾いたのと同時に、オーガの膝を踏み台にして跳躍した。


 背に乗ると双剣をくるりと回転させて逆手に持ち、頭の頂点を突き刺す。


 固い頭蓋骨を貫いて脳まで到達したようだ。


 目や鼻から血が流れ、腕がだらりと垂れてから仰向けに倒れた。


 上に乗っていたアデーレは、巻き込まれる直前に飛び降りて俺の前に立つ。


「よくやった」


 本当は頭を撫でてやりたいのだが、腕が動かない。


 双剣が手から離れてしまい、刀身が地面に突き刺さる。


「ジャック様、大丈夫ですか?」


「ああ、少し休めば良くなる」


 倒れそうになると、アデーレが体を支えてくれる。


 労るようにゆっくりと地面に座らせてくれた。


「仲が良いんですね」


 俺たちのやりとりをみて、ユリアンヌが思わずといった感じで言葉を漏らした。


 婚約者が目の前にいるのに、他の女と親しくしすぎたか?


 建前ぐらいは維持する努力をするべきだったかと、少し反省する。


「もちろんです。ジャック様は私の弟子であり護衛対象で、大切な主人ですから」


 アデーレが自慢げに言った。


 やや挑発気味ではあるが、事実を述べただけなので何も間違ってはいない。


 ユリアンヌは家のために婚約しただけなので、気にしていないだろうと思っていたのだが、意外なことに少し悲しい顔をしている。


 反論がなかったので、アデーレは勝ち誇ったような顔をしていた。


「俺のことはもういい、アデーレはグイントの容体を確認してくれ」


「はい!」


 アデーレは元気いっぱいに返事をしてから、走り去る。


 近づいてくるルートヴィヒとローレンツが視界に入ったので、続いて命令を出す。


「他に魔物がいないか周囲を警戒してくれ! 見かけたらすぐに知らせろ!」


「かしこまりました」


 ルートヴィヒが胸に手を当てて返事してから、ローレンツを連れて巡回に出て行った。

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