第27話 もうすぐ完成しそうですね
村人と一緒に穴掘りを続けていた。
完成したら直径は10メートルほど、深さ5メートルはある落とし穴ができるだろう。
「ジャック様! そろそろ交代です」
村人の一人に声をかけられた。
最初は全員で作業していたのだが、ゲームとは違い疲労が蓄積されて効率が悪くなったので、交代制を導入したのだ。
俺の作業時間は朝から昼。
作りかけの穴から出ると午後の担当者と交代する。
「お疲れ様でした」
上で待機していたルートヴィヒが水袋を渡してきたので、受け取ると口につけて飲む。
果実の汁が入っているようで、うっすらと甘みを感じた。
疲れた体に染み渡る。
最高の贅沢をした気分になるな。
「もうすぐ完成しそうですね」
現場監督をしているルートヴィヒが穴を見ながら呟いた。
作業を開始して三日で、ほぼ完成というスピードは悪くない。
いつレッサー・アースドラゴンが襲ってくるかわからない危機的状況なので、何人かは逃げ出すと思っていたが、全員が第三村に残って作業しているので、順調に進んだのだ。
もし人数が減っていたら作業は遅れていただろう。
命をかけてでも故郷を守る。
そういった気持ちが強いみたいだな。
俺には理解できない考えだが利用させてもらうぞ。
「今日中に落とし穴は完成するだろう。俺はケヴィンたちの様子を見てくる」
兵に頼んでいた仕事は、町から大樽を輸送して水を入れる作業だ。
レッサー・アースドラゴンが穴に落ちた後に、大樽をぶん投げる予定である。
運が良ければ特別な水攻めで全てが決着するだろう。
「少し休まれたらどうですか?」
「今すぐ狼煙が上がっても不思議ではない。準備が終わるまで、休めるはずがないだろ」
これだから平和ボケしたヤツは困る。
明確な死が迫っているのだから、全力を出すほかない。
水袋を投げ返すと兵たちが集まっている場所に行く。
たっぷりと水の入った大樽がいくつも並んでいた。
すべて投げ込めば、落とし穴の半分は埋まるだろう。
「作業は終わったのか?」
全体の指揮を担当しているケヴィンに声をかけた。
「先ほどすべて完了しました」
「予定より早いな」
「みな、やる気がありましたから。領地から大樽を集めるのは簡単でしたよ」
やる気か。
村人と同じで兵も脱走者は発生せず、不思議なことに士気は高い。
絶対に戦って勝ってやるという強い意志を感じる。
「俺は最後の仕上げをする。兵はしばらく休ませておけ」
ケヴィンは小さく頷いてから指示を出そうしたが、走る馬に乗っている人間に気づいて中断した。
「冒険者のようですね」
ケヴィンが俺の前に出ると馬を止めた。
冒険者は下馬すると口を開く。
「ケヴィン様でしょうか?」
「そうだ」
「メイソンギルド長からのメッセージを預かっております。今日の夕方には冒険者が第三村に到着するとのことです」
ずっと待っていた吉報であった。
AランクはいないだろうがC~Dは集まっているだろう。
俺たちにとっては心強い戦力である。
「昨日、報告したレッサー・アースドラゴンは我々が倒す。冒険者は雑魚を任せたぞ」
ケヴィンが冒険者に言ったとおり、彼らが相手するのはリザードマンやゴブリン、大蜥蜴といった魔物だけ。
冒険者ギルドにはレッサー・アースドラゴンの発見報告はしているが、金がないので依頼内容は変えていないのだ。
大物は俺たちが倒す。
もちろん、命をかけるだけのメリットはある。
倒した後に手に入る素材はすべてジラール家のものになるので、財政を改善できる見込みが出てきたのだ。
「お任せ下さい」
返事をした後、ケヴィンと話していた冒険者がキョロキョロと周囲を見た。
「それで、我々の作戦は決まっておりますか?」
「チームを二つにわけて、防護柵の左右で待機だ。正面はジラール男爵が担当される」
リザードマンは森の方から村を襲ってくるだろう。
その際、レッサー・アースドラゴンを使って防護柵を破壊するはず。
冒険者には任せられないので、俺たちが受け持つことにしたのだ。
レッサー・アースドラゴンが通り過ぎた後にリザードマンどもが第三村に攻めてきたら、冒険者が挟み撃ちにして襲撃、撲滅するという作戦だ。
「ジラール男爵が現場の指揮を執られるので?」
当然の疑問だな。
普通なら貴族は安全なところで観戦していればよいのだ。
俺だって酒を飲みながら優雅に過ごしていたかったのだが、特別な事情があって動くしかなかった。
「不幸なことに兵長が死亡してしまったからな。現場を指揮できるのは俺しかない」
二人の会話に割り込んだのが意外だったようで、冒険者は俺を見て驚いていた。
「……そんな不幸があったのですね。ジラール男爵のご武運を祈ります」
痛ましそうな顔をしているのは、レッサー・アースドラゴンに蹂躙されるとでも思っているからだろう。
この俺が無策で突っ込むはずがないだろ。
「祈りなどいらん。お前たちは、やるべきことを責任もってやれ」
今回は他領から集めたこともあって、冒険者どもは信用できない。
故郷を守るなんて気概なんてなく窮地に陥れば逃げ出すだろう。
そもそも冒険者は信用できないので雑魚を任せているというわけだ。
「わかりました。準備を進めたいと思います」
見下されていることが伝わったのか、冒険者はやや不機嫌そうに返事をしたが、俺にとってはどうでもよかった。
配下ではないので気を使う必要はない。
死んでもいいから金のために働けよ。
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