第25話 逃げるぞ

「よし、湖の方まで進むぞ」


 この調子なら、あと数回は戦っても大丈夫だろう。


 リザードマンたちが襲ってくるまでに実戦経験を積んで、将来に備えておくべきだ。


 連れてきた兵に異論はないみたいだったので、先ほどの隊列に戻ると奥に進む。


 早く戦いたいと思って気分は高まっていたんだが、先ほど遭遇したゴブリンどもの他に魔物はいないようで、無事に湖までついてしまった。


 思っていたより大きく、水平線に陸地は見えない。


 ボートを浮かべて魚釣りができそうだな。


 湖に近づいて下を見る。


 しばらく浅瀬が続いているようで、小石がハッキリと見えた。


 風が吹いているので小さいながら波立っていて、近くにレジャーシートを敷いてお昼寝をしたら気持ちよさそうである。


「ここまできたんだ。リザードマンが占拠している場所に行くぞ」


 実戦が経験できなかったのは残念だが、敵情視察も重要である。


 兵長が死んでから状況を確認していなかったので、ちょうどよい機会だろう。


 アデーレもいることだし、見つかっても逃げることぐらいは出来るはず。


「わかりました。ご案内します」


 狩人の息子である兵が歩き出したので、後をついていく。


 場所は知っているようで周囲を警戒するだけ。


 痕跡を調べている様子はない。


 湖から離れ、森の中を歩いて10分ほど。


 先頭が急に立ち止まった。


「この先にあります」


 木の裏に隠れながら前方を見る。


 開けた広場に魔物の集団があった。


 敵の種類はサブクエと同じで、リザードマン、ゴブリン、大蜥蜴の三種類。数もほぼ同じだ。


 やはりサブクエストも、『悪徳貴族の生存戦略』の内容がベースになっているな。


 とはいえ、隠し畑や徴税人の不正といったゲーム内では描かれなかったイベントも発生するので、油断はできない。


「あれは何を作っているのでしょうか?」


 ゴブリンが古びたナイフで木を削っていた。


 ゲーム内の設定通りなら、やっていることはわかる。


「武具だな。見てみろ、形状からして盾のように見えないか?」


「確かに見えます……地面には剣のような木の棒もありますし。間違いなさそうです。さすがジャック様です!」


 目をキラキラさせながらアデーレが俺を見ていた。


 ゲームの設定で、ゴブリンには金属加工技術がないから木や石の武具を使うというものがあり、覚えていたからこそわかっただけだ。


 ナイフはどこかで拾ったか、リザードマンから借りているのだろう。


 別に凄いと褒められるようなことではない。


「敵に異変はない。しばらくは攻めに来ないだろう」


 武具を作っているのだ。


 今日、明日で第三村に攻めてくるようなことはない。


「必要な情報は手に入れた。戻るぞ」


 実戦は経験したいが、あの数を相手にするつもりはない。


 魔物の拠点から目を離して帰り道を進もうとする。


 背後から地響きが聞こえた。


 高い魔力を感じて嫌な予感がする。


「え……あれは……」


 隣にいた兵は、俺が先ほど見ていた場所を指さしながら、青ざめた顔をして呟いた。


 首だけ動かして、何が起こったのか確認する。


「レッサー・アースドラゴン……!」


 二足歩行する蜥蜴のような姿をしたドラゴンの一種だ。


 ドラゴンの中でも最下位に位置する種族であるため、翼はなくブレスも吐けないが、小さい前足にある鋭い爪と口にある鋭い牙で攻撃してくる。


 鉄製の武具なら紙のように貫くほど強力だ。


 また太くて長い尻尾を鞭のように使う。


 複数の人間をまとめて吹き飛ばせるほどの威力があり、大人数で囲って戦うのも難しい。


 全身は緑色の堅い鱗に覆われていて、一般兵が持っているような剣や槍では弾かれてしまう。


 ダメージを与えるのであれば、目や口内、腹といった柔らかい部分を狙わなければならず、攻守ともに隙の少ない魔物である。


 今の俺たちが勝てる相手じゃない。


「逃げるぞ」


 リザードマンたちは、レッサー・アースドラゴンに蹂躙されて終わるだろう。


 幸いなことに俺たちは気づいてないようで、一時撤退して対策を練る時間はある。


 私兵だけでは絶対に勝てないので、王国に救援要請を出して――。


「まってください。なんかおかしいです」


 強力な魔物を見ても冷静なアデーレは、異変に気づいたようだ。


「あれ、首輪がついてませんか?」


 もう一度だけレッサー・アースドラゴンを見ると、首輪があった。


 しかも何本もの鎖がついていて、十数のリザードマンが暴れ出さないように引っ張っている。


 近くにはマントを身につけ、フードをかぶった人間らしき姿もあった。


 顔や体格がわからないので性別は不明、リザードマンと話しているようだ。


 さらにフードをかぶった人間の足下には、第三村の村長が横たわっている。


「リザードマンと人間が取引? レッサー・アースドラゴンと村長を交換したのか?」


 ありえない!!


 と思ったが、現実はいつも俺の予想を悪い意味で超える。


「間違いないと思います。よく見ると、鱗が剥がれている箇所や血が固まった痕跡も見えますね。首輪で指示できるようにしているのかもしれません」


 奴隷の首輪の魔物バージョンということか?


 ゲーム内では魔物を使役する職業もあったので操作する魔道具があっても不思議ではないが、そもそもの話、レッサー・アースドラゴンは捕獲が難しい。


 仮にリザードマンが数百体いても、勝つことすらできないだろう。


 取引相手の人間が捕獲したのだとしたら、相当な実力者になる。


 しかも、俺と敵対している可能性が高い。


 ジャックは悪徳貴族として活躍していたこともあって、敵の心当たりは多くゲーム知識を使っても特定はできそうにない。


「もういいだろう。逃げるぞ」


 早めに気づけて良かった。


 できることは少ないが、防衛計画を考え直そう。


 転生してから問題続きだと頭を抱えながら、第三村へと戻ることにした。

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