第19話 愉悦の後の代償は

 ケイティを風呂に入らせると、コリーンが部屋から出てきた。しかしその顔はやはり、良い表情ではなかった。


「コリーン、すまないな。服を貸してもらって」

「……なんでここに来たの?」

「なんで? いつでも来てくれと言ったのはお前だろう?」

「でも、あの人を連れてくるなんて……」

「コリーン、ケイティ嬢を知っているのか?」


 ロレンツォが問うと、コリーンは嘆息する。


「処女をもらって下さいって書いた紙を持って立ってた人でしょ」

「お前も見たのか」

「あの人に紙とペンを貸してあげたのは、私だから」

「そうだったのか」


 驚きの声を上げると、コリーンは訝る。


「ロレンツォ、まさか、本当にあの人の処女を……」

「ああ、そのつもりだが?」


 コリーンの顔が、一瞬強張る。蔑んでいるようにも……そして、傷付いているようにも見えた。


「……やめてよ」

「どうしてだ?」

「ここは私の家だから」

「少しだけ我慢してくれ。あんな必死な女性を放ってはおけないだろう? 可哀想じゃないか」


 コリーンは何か言いたくなるのをぐっと堪えているようだった。しかし最後は「好きにすれば」と自室に戻って行った。


 風呂から上がったケイティを、ロレンツォは部屋に誘った。彼女は牛乳臭い服ではなく、コリーンに借りた服を身に纏っている。

 コリーンよりも背の高いケイティは着丈が短くなっており、膝丈のワンピースのはずが膝上十センチまで上がってしまっていた。


「いいですね、お似合いですよ」

「こんな丈のスカート、学生以来よ。恥ずかしいわっ」

「眼福です。こちらにお座り下さい」

「あの、なるべく早く終わらせてくれると嬉しいんだけど……私、早くスティーグのところに行かなきゃいけないから……」


 もじもじとベッドから目を逸らすように懇願するケイティを、ロレンツォは包むように抱き締める。


「ロレンツォ様っ」

「嫌ですよ。折角だから俺も楽しみたい。いいでしょう?」

「でも、コリーンが隣に……」

「気にせず声を上げてくれて結構ですよ。聞かれていると思った方が、興奮しませんか?」


 そう、それがロレンツォの目的である。

 ロレンツォがこんな男である事は、コリーンは百も承知だろう。ただそれを実感させる事で、自分への興味を失わせたかった。


「ロレン……」

「ファーストキスは奪いません。それはスティーグ殿にあげてください」

「きゃ、きゃああっ!!」


 ロレンツォの手が膝から順に上げていくと、ケイティに拒否の態勢を取られた。しかしロレンツォはクスクスと笑みを漏らす。楽しくて仕方がない。


「やはり処女はこうでなくては……」


 ケイティの嬌声が響く中、ロレンツォはケイティにそっと話し掛ける。


「ケイティ嬢、感じながらでいいので聞いてくれますか?」

「いやあ、あああああっ」

「処女はやはり、スティーグ殿に捧げるべきです」

「え……? あっああう」

「俺が処女をもらったことにしてあげますので、スティーグ殿に抱かれるといいでしょう」

「ああ、じゃあ、もう……っ、やめぇ……っ」

「嫌ですよ。俺はこれが目的ですから」


 ケイティの弱い部分を攻め続けながら、ロレンツォは目を瞑った。


 コリーンの香りがするな。


 ケイティの髪からはこの家の石鹸のいい香り。それに、ワンピースからわずかにコリーンの香りがした。


 コリーンはどんな声で啼くんだ?

 あいつは、どんな顔を見せる?


 目を瞑っていると、手の中のケイティがコリーンに入れ替わっているように感じる。

 大事な大事な娘を犯しているような背徳感に襲われ、ロレンツォはいけないと思っていつつも己を欲情させてしまう。


 っく……何で、俺は……コリーンを想像して、こんな……っ


 己の状態は、ケイティのせいであると確定させる為に、ロレンツォはケイティを苛め続けた。

 ケイティはロレンツォの容赦の無い攻めに、あられもない声を上げていた。


 やがてケイティの足腰が立たなくなると、ロレンツォはその行為を止めて、彼女をスティーグの家まで送った。

 そのスティーグに「ケイティの処女をもらった」と嘘を付くと、かわす間も無く思いっきり殴られた。再びノース地区の家に戻ってきた時には、すでに日付を跨いだ後だ。

 しかしドアノブを回そうとすると、鍵が掛かっていた。

 ロレンツォはポケットから鍵を出そうとして、それがないことに気付く。自分の部屋に置き忘れてしまったのだ。


「コリーン……開けてくれ。……寝てしまったかな。大声を出す訳にもいかないし」


 イースト地区の家の鍵も、部屋の中だ。財布はあるので、どこかの宿に泊まろうかと考えていた時、そっと扉が開いた。


「起きてたか、コリーン」

「っな、どうしたの!その顔!」


 手加減なしでスティーグに殴られたあとを見て、コリーンは目を見広げた。


「大丈夫!? あの人、本当は美人局だったの?!」

「つつもたせって……お前は本当に色んな言葉を勉強してるな。おしどり夫婦って分かるか?」

「仲睦まじい夫婦のことで、語源はおしどりがつがいで一緒に泳ぐ姿から生まれた言葉……って、いいから入って! 手当てしないと!」


 コリーンに手を引っ張られ、ロレンツォは中に入る。コリーンがテキパキと布を濡らしてロレンツォの頬に当ててくれた。


「っく、っつつつ」

「うわぁ……どうしよう、熱持ってるよ。部屋で寝てて。お風呂から桶を持ってくるから」


 ロレンツォは言われるがまま、自室のベッドに寝転んだ。先ほどまでケイティが喘いでいた場所だ。

 すぐにコリーンが替えの布と桶を持って現れる。しかし部屋に入った途端、彼女は顔をしかめた。嗅覚の鋭いコリーンは、女の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。


「いい、自分でできる」

「いいから、眠ってて! こんななっちゃって、もう……一晩冷やせば何とかなる、かな……」

「一晩、俺に付き添うつもりか? 明日も仕事だろう?」

「一晩くらい大丈夫。私、本当はまだ若いから」

「そうだな」


 っく、とロレンツォは笑いかけたが、痛みを感じて止めた。激痛だ。どんどん痛くなってくる。まさか、骨が折れてやしないだろうなと青ざめた。


「大丈夫、ロレンツォ……」

「……泣き言を言っていいか?」

「いいよ」

「痛い。めちゃくちゃ痛い。泣きそうだ」


 ロレンツォがそういうと、コリーンの方が泣きそうな顔をして布を取り替えてくれた。


「どうしよう、医者を……ううん、リゼットさんを呼んで来ようか?」

「ああ、だが、もうこんな時間だ。リゼットはもう寝てる。それにコリーンが行くと変に勘繰られそうだからな。いいよ、明日朝一で治してもらう」

「……そう」


 リゼットは治癒魔法が使える優秀な治癒師だ。彼女に頼めばこの怪我も治してくれるだろう。

 コリーンは桶に浸した布をギュッと絞り、再び交換してくれた。冷たさが心地良く、ほんの少しだけ痛みを緩和してくれる。


「すまんな、コリーン」

「いいよ。私が熱を出した時、ロレンツォがこうして看病してくれた事があったでしょ。お返しできて嬉しいよ」

「あれはまだお前が幼かった頃だろう。大きくなってからは、してやってないな」

「風邪なんて、ここ四、五年ひいてないよ。ロレンツォは風邪ひいてても仕事行っちゃうしさ。一度、こうやって看病してみたかったんだ」


 コリーンに微笑まれ、何なぜだかロレンツォは胸が押さえつけられたようになった。


「じゃあ、看病してもらうか……」

「うん、そうして」

「ありがとう、コリーン……」

「おやすみ、ロレンツォ」


 コリーンに促されてロレンツォは目を瞑った。

 頬が熱を持ち、左目は開けようとしても開からない状態になっている。ズキズキと痛む顔面は、意識を朦朧とさせた。


 コリーン。

 どうして。

 どうして、あの時、俺はコリーンを。

 お前で欲情するなんて、どうかしてる。

 ユーファで欲情するようなもんだ。

 コリーンは、大事な……家族なのに。


 ロレンツォの意識は、より深い所に沈んで行った。

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