第11話 恋人達の別れるわけは

 騎士の仕事は基本的に兵士の仕事と変わらない。

 普段は町の治安維持、戦争が起これば駆り出される。書類作成事が増えたが大したことはない。

 兵士と大きく違うのは、日曜の出勤は月に一度しかないこと。三交代だった兵士と比べて、騎士は基本的に普通出勤とそれより四時間ほどの遅出の二交代だ。そう、騎士は早出と夜勤が極端に少ない。その殆どを、兵士や傭兵に任せているせいだろう。

 騎士職は優遇されていて、兵士時代よりも体は楽だ。コリーンとの時間も多く取れるようになったし、女性とお茶をできるようになったのもでかい。

 なにより嬉しいのは、騎士になったロレンツォを、団長アーダルベルトが認めてくれたことである。

 アーダルベルトはロレンツォの兵士時代からの働きを鑑みて、部下を何人かつけてくれた。ロレンツォ班である。小さな班を率いる者なら他にも何人かいたが、それでも誇らしかった。


 そうして騎士として働いていたロレンツォに、恋人が出来た。相手は治癒騎士のリゼット・クルーゼ。あの時の少女だ。

 この時ロレンツォ二十二歳、リゼット二十一歳である。共に働くアクセルもリゼットのことが好きだったようだが、リゼットはロレンツォを選んでくれた。そう仕向けたのはロレンツォであったが。経験の差の勝利である。


「コリーン、すまんが今日も遅くなると思う」

「わかった。リゼットさんとデート?」

「ああ」

「いってらっしゃい」

「お前はいい人いないのか?」


 コリーン、十五歳である。法的には子どもだが、体はすでに女性のものへと変貌を遂げている。


「いない。出会いがないし。あったとしても、二十歳までは誰とも付き合わないから」

「意固地になるなよ。ちょっと付き合うくらいいいじゃないか」

「ロレンツォはリゼットさんと、そんな軽い気持ちで付き合ってるの?」

「いいや。今回は、本気だ」


 今までのお軽い、遊びの恋愛とは違う。リゼットとは、真剣に将来を考えている。


「私、いつでも別れるから、言ってね」

「まぁ残り五年の辛抱だ。そうすればコリーンも永続的なファレンテイン市民権を得られるし、そうなってからでもリゼットとの結婚は遅くない。だから気にするな」

「……うん、ごめんね。ロレンツォ」

「謝らなくていい。言っただろう? そうすることに決めたのは、俺なんだから」


 ロレンツォ自身、そんなにすぐに結婚したいわけじゃない。未婚時の恋愛を楽しみたいと思っているのだから。

 そんなこんなで、ロレンツォとリゼットの交際は続いた。

 リゼットの家はカールの隣にあり、幼少期からあのアンナに剣の指導を受けていたというだけあって、その技や気迫は敵わないことがあった。しかしそれは騎士としてのリゼットである。

 プライベートの彼女は、本当に可愛い。ロレンツォの言うことにいちいち反応して、赤くなったり睫毛を伏せたり。

 いつまで経っても慣れることなく、新鮮な表情を見せてくれる彼女が、またいい。

 いつしかロレンツォは、真剣にリゼットとの結婚を考えるようになっていた。


 しかし、交際を始めて一年後の事である。リゼットの方から「別れて欲しい」と告げられたのは。当然、ロレンツォは納得いかなかった。


「俺達は上手くやっていけていると思っていたが?」

「そうね。私もそう思う」


 ロレンツォの考えに、リゼットは同意した。


「なら、別れる必要なんてないだろう」

「あるのよ。ごめんなさい、ロレンツォ」

「……理由を教えてくれ」


 別れましょうわかりましたで済むとはリゼットも思っていないようだ。丁寧にその理由を教えてくれる。


「ウェルス、という男を知っている?」

「ああ、ファレンテイン市民権を持っていないのに、特例で兵士団に入った新鋭だな。話には聞いたことがある」

「彼はエルフよ」

「……それで?」


 その男とロレンツォと別れることと、どんな関係があるというのだろうか。まさかこのリゼットが、浮気などをするわけがない。


「アーダルベルト様はそのウェルスという男を、部下に欲しがっている。けれどエルフ排他主義者が中央官庁にいて、彼に市民権を与えるのは困難な状況なの」


 やはりどう別れに繋がるのか分からず、頷くことも出来ない。ただリゼットの話を傾聴する。


「さらにウェルスには恋人がいて、彼女は元奴隷らしいわ」

「……」


 奴隷と聞いてロレンツォは眉根を寄せた。エルフというだけでも厳しいというのに、さらに問題が重なっているのだ。


「ウェルスはその恋人と結婚の約束をしているんですって。中央官庁は、元奴隷をファレンテイン人にはできないと言って、ウェルスの騎士団入りを断固として阻止しているのよ」


 中央官庁とは、本当に頭の硬い連中である。ロレンツォも騎士になった後で聞いたのだが、昇格試験の際の推薦人が現れなかったのは、官庁の圧力があったからなんだとか。ノルトの片田舎の小僧が、十九という年齢で昇格など、品位が問われるとの事だったらしい。圧力に屈せず推薦してくれたカールには、大感謝である。


「アーダルベルト様は悩んでおられたわ。ともすれば、アーダルベルト様自身がウェルスとその恋人の仲を裂く行為に出そうなほどに」

「……で?」

「アーダルベルト様にそんなことをさせる訳にはいかない。せっかく部下にしたウェルスに、不信を抱かれるわけにはいかないものね。だから私はアーダルベルト様の許可なくその恋人の元に向かい、ウェルスと別れるよう頼んで来た」


 ロレンツォはそこまで聞いて、何となくリゼットの言いたいことが分かってきた。


「ウェルスの恋人は承諾してくれたわ。アーダルベルト様に報告すると、そこまでさせたのなら、ウェルスを騎士にしないわけにはいかないと、今必死に中央官庁と交渉している。恐らくエルフというだけなら、何とか押し切れるわ」

「それで、俺と別れることにどう繋がる?」


 そう聞いたが、本当はロレンツォにはわかっていた。リゼットは繊細な人間だ。こと恋愛に関しては。


「人の幸せを壊しておいて、私だけがのうのうと恋人と居られると思う?」


 思わない。リゼットとは、そういう人物だ。一度決めたら、もう彼女の意見をひっくり返すのは無理だろう、ということもわかっている。


「わかった。リゼットの気持ちはわかった。でも俺の気持ちはどうなる?」

「……勝手を言って、ごめんなさい。でも私には、こうすることでしかあの二人には償えない」

「誰もそんなこと、望んでないと思うけどな」


 ロレンツォは息を吐いた。どう言っても納得してくれそうにはない。今は彼女の思う通りにしてあげるほか、なさそうである。


「わかった。別れなければ、リゼットは自責の念に押し潰されそうだからな。……不本意だが、そうするよ」

「貴方なら、そう言ってくれると思った。……ありがとう」

「だが、ひとつ頼みがある」

「なに?」


 リゼットは首を傾げた。長い睫毛が艶っぽくて、その先端に少し触れる。湿ったそれは、目に溜まった涙を吸い取った証だろう。


「いつか、ウェルスとその恋人が幸せになった時。俺達に特定の人がいなければ、もう一度やり直してくれないか?」


 その問いに、リゼットはロレンツォの胸に向かって、こくんと首を縦に下ろしてくれていた。

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