第62話 デートの約束

 咲かぬなら、咲くまで待とう、百合の花


 こんにちは、リリアン・ミルスター11歳と少しです。


「それでモグモグ『勇者物語』の売り上げはどうなのロバート? モグモグ」


 私はクッキーを食べながらロバートにそう質問をしていく。


 ここはいつもの小屋だ、対面の席に座るロバートが怪訝そうな表情を浮かべながら答えて来る。


「はいリリアン様『勇者物語』全三巻はお陰様で完売しまして、重版が決定しております」


「そう、モグモグ男の子向けの狭いジャンルだから心配してたけど問題ないなら良かったわ、ゴクゴク」


 クッキーを食べた所で喉が渇いていたのだ、そこにお茶が来るのは有難い。


「書いているのが『リリー&ユリー』ですから、作者買いをした方が多かったのですけど……主人公が少年勇者じゃないですか? どうにもそれが可愛いと年上の女性に好評でして……正直言って予想外の層に売れた感じはあります」


 次はしょっぱいお煎餅か、私はもっかいクッキーがいいんだけどなぁ。


「パリパリッ、モグモグまだこの世界に名付けされていない概念を先取りしてるお姉さま方がいるのね……世界は違う様で変わらないのね……」


 この世界にあったまだ名付けもされていなかった未成熟な概念、そう! ショタコンという概念を正式な知識として世に生み出してしまった訳だ……前世ではエドワード君と嫁さんとかがそうだったんだけど名付けはしなかったんだよ。


 今回ちょびっとだけ意識してユリアに書かせて『ショタコン』という言葉を登場させけどさぁ……一応子供向けの本なんだけどね。


「リリアン様が何を言って居るのか理解できかねます……それはそうとリリアン様」


 私は差し出されたお茶をコクコクと飲みながらロバートに答えていく。


「何? ロバート」


「なんで俺のユリアの膝の上に乗ってクッキーをアーンされたりお茶を飲ませて貰ったりしているんですか?」


「うわぁ、婚約した途端にユリアを呼び捨てで俺のとか言い出したわよ、ねぇユリア、本当にロバートでいいの? 束縛系な男かもよ」


 少し前にお見合いを承知したロバートはその見合いの席でユリアに告白をしてきた、そうだよね、前から好きだったのはユリア以外にバレバレだったからね、興奮しちゃったんだろうけども……お見合いが始まって数分で『結婚して下さい』は無いだろうに……。


 ユリアは泣きながらOKしちゃうしさぁ……せっかく用意したお見合いの席がパーだよね、悔しいので見合い中の話のタネになるかと作った渾身のデザート達は私とユリアのお腹に収まった。


「ロバート様、貴方が私の出身を気にしないと言って下さって涙が出る程嬉しかったです、ですけど……そのせい……そのおかげでミルスター家への養女の話が無くなり私とリリアン様の間に出来るはずだった絆が……無くなりました」


「えっと……嬉しかった話に聞こえないのは気のせいかなユリア……」


 ロバートは困惑している、私にもそう聞こえるけど安心しろ、ちゃんとユリアはロバートの事が好きだから。


 ただし。


「だから、言ってるでしょうユリア、私と貴方は『魂の絆に寄って結ばれていると、それは形式だけの物とは違うって、そう言ったでしょう?』ユリアお姉様?」


 そう言いながら、仰け反る様に下からユリアを見上げる私。


「リリアン様! はい……はい! そうです、私は一生貴方様のお側にお仕えします、『死が二人を分かつとも貴方とは永遠に魂の姉妹』です」


 ユリアが私の事の方がもっと好きなだけの話だ、なんてな。


「それってこの間出版し始めた『百合物語』の中の貴族学校の先輩後輩の女子達が『百合姉妹』の契約を結ぶ時のセリフじゃないですか! びっくりさせないで下さい、からかい過ぎですよリリアン様にユリア」


 あらま、ロバートが元ネタに気付いてしまった様だ、演技はこれまでだな。


「ふふふ、中々の演技力だったでしょう? ロバート」

「え?」


 ん?


 私は後ろを向いてユリアを見る、その頬はちょっと赤い


「あれ? どうしました二人共」


 ロバートがさらに声をかけて来たので私はユリアの膝から降りると空いている椅子へと向かう。


「そうね、ロバートをからかい過ぎたわ、ユリア、お茶のお代わりをお願いね」


「……はいリリアン様」


 お茶の用意を再度し始めたユリアを後にロバートの会話を続ける私。


「それで『百合物語』の方の売り上げはどう?」


「リリアン様が完全予約注文制にしろとおっしゃいましたよね?」


 そうだね、ジャンルとしては狭いし売れ残ったら嫌だから、ある程度予約が溜まったら採算の取れる量を印刷するという方式を提案したんだけども。


「もうすでに三版目に入ってます、それと共に続きを早く出してくれと……その……各所からの要望がすごくてですね、続刊を早く出してくれという要望の数だけなら『騎士物語』の方が多いのですが、『百合物語』は濃いめというか……どれだけ続きを熱望しているかの思いのたけを綴った手紙とかが送られてくる事が多くて……後でファンレターと共にお持ちしますね」


 うわぁ……ガチ? もしかして私はガチのユリラーを生み出してしまったのかしら?


 ファンレターなんかはロバートの商会に送られて来るらしい、でもね、それ用の住所とか公開してないのよね……つまりファンレターを出して来る人は作者に渡されるかも判らない物を出版元に送って来る訳で、ガチのファンなのよねぇ。


 内容はヤバい物があるかもだし、そういうのにある程度耐性のある私がチェックしてから安全な物だけユリアに見せている……中には安全じゃ無い物も当然ある、私はほら日本で20歳くらいまでの記憶があるからインターネットとかSNSとかの混沌とした状態とかも知っているし、えぐい漫画やアニメとか見ていてある程度判っているからね……。


「売れているのなら問題無いわ、それなら次はどの設定の小説にしようかしらね、どう思うユリア? ……ユリア? どうしたの?」


 私とロバートと自分のお茶を淹れ直してテーブルに置いて自分の席に座ったユリアだが何だか元気が無い、自分のお茶のカップの側面を爪でガリガリと触りながら何かこう……拗ねている?


 うーん……どうしたんだろ。


「なんでも有りません、リリアン様が選んでくれたものをちゃんと書きますから大丈夫です」


 どうにも投げやりな言葉を吐くユリア、急にどうしたんだ、ロバートとも顔を見合わせるが彼も原因が判らないらしく無言だ。


 小説には書き手の心が現れる、こんな状態のユリアに書かせる訳にはいかないな。


「最近ユリアを働かせすぎたかしらね、少しお休みにしましょうか?」


 書けるからといって延々と書かせてしまったのは良くなかったのかもしれない。


「そうですね、たまには気晴らしとかした方がいいかもしれません、そうだ、もうすぐ王都の音楽劇場で大人向けの演劇が催されるらしいですし、行ってみないか? ユリア」


 おー、ロバートがユリアをデートに誘っている、元々は音楽を聞かせるだけの場所だから舞台設備とかどうなんだろね? ちょっと気に成るなぁ、帰ってきたらユリアに聞こうっと。


「そうですね……リリアン様はどう思いますか?」


 何故かこちらをチラチラ見ながらユリアが私に聞いてくる、ロバートのデートをどう思うかって? そりゃあ。


「いいんじゃない? ユリアもたまには遊ぶ事も必要でしょうし」


「そ、そうですか! ではいつ行きましょうか?」


「そりゃユリアの都合の良い日でいいんじゃないかしら」


「私ならいつでも……ロバート様、その演劇はいつでも見られるのでしょうか?」


 ロバートに質問をぶつけるユリア、そういやチケットとか存在するのかねぇ?


「ん? ああ、主催者から開催期間中のVIP席の権利を貰っていてね、いつでも大丈夫だよ」


 おお、さすがは新進気鋭の商売人であるロバートだ、新しいジャンルで一気にトップクラスの商売人として躍り出たからな、色々な所から仲良くなりたいってこういう話とかも来るのかもね。


「わぁ! ありがとうございますロバート様! それなら初日に早速行ってみましょうリリアン様! 私すっごく楽しみです!」


「ん?」

「え?」


 ユリアの言い方に違和感を覚えた私とロバートは向き合うと視線で会話を始める……。


 そういう事だよね? という視線をロバートに送る。


 勘違いしてますね……という視線が私に返って来る。


 自分から言えよと私はロバートに視線を送る。


 こんなに嬉しそうな顔で喜んで居るユリアに間違いなんて指摘できないでしょ! という視線が返って来る。


 お前がちゃんとデートだって最初に言わないのがいけないんだろと視線を返す。


 普通気付くと思うじゃないですか、というかユリアとリリアン様が仲良すぎなんですよ! という視線が返ってきた。


 知るか! 夫になるなら嫁の好感度をきっちり上げろバーカ!


 馬鹿って言う方が馬鹿なんですよ!


「リリアン様とロバート様が仲良さげに見つめ合ってます……私を見て下さいリリアン様」


 ……良し、私の事を馬鹿だと言うロバートの事などもう知らん。


「じゃ、その演劇の初日にありがたく私とユリアの二人でデートしようか?」


 そうニッコリ笑顔でユリアを誘う私だった。


「はい! リリアン様!」



 私の事を恨めし気に見るロバート、だがもう遅い! 最初に躊躇したのはロバートなのだから。


 ……。


 ……なんちゃってな、まぁ私も鬼じゃない。


「演劇の感想は後でロバートにユリアから教えてあげなさいね、二人っきりで」


「あ……はい……」


 顔を真っ赤にしたユリアが答えた、ほらな、普通にロバートの事は好きなんだよ、この子は。


 ロバートもユリアのその表情を見て嬉しそうにしていた。

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