あなたの初めてを私に2

 首を傾げるジ。

 何か話すべきことがあったろうか。


「エ、私はちょっと片付けるべき仕事ができたので失礼します。


 今日の鍛錬はこれぐらいにしましょう」


「ええっ、いきなりですね……」


 ジにだけ分かるようにパチリとウインクしてオロネアは去っていった。

 若干母親満喫しているように見えるのはジだけだろうか。


「……どうする?」


「そうだね、お昼は?」


「いやまだだ」


「じゃあ一緒に食べない?」


「そうしようか」


「でもまだちょっと早いし汗も引かないから、休憩してもいい?」


「もちろん。


 ……その」


「ん、なーに?」


「俺に言いたいことっていうか、やってほしいこと?


 そんなのがあるって……」


 考えても分からないので直接聞くしかない。

 地雷を踏む可能性はあるけれどオロネアの言葉も無視できない。


「あっ……先生だな!」


 誰がそんなことを言うのか分かっている。

 ポロッと漏らしたことがあるのはオロネアにだけだった。


 ニコニコとしながら穏やかに話を聞いてくれるのでつい余計なことまで言ってしまう。

 教会でお年寄りの話を聞いているのでエも聞き上手な方だけどオロネアはさらに話を引き出すのがうまい。


「て、なんなんだ?」


「えっと、そのさ……私から言うのもおかしいんだけどさ。


 私待ってたんだよ?」


「何を待ってたんだ?」


 何かエを待たせるようなことをしていたか平静を装いながら必死に考える。


「……ジからお願いされるの」


 照れ臭そうに唇を尖らせるエ。


「俺がお願いするのを待ってたって……どういうことだ?」


「むう……だーかーらー!


 ジもアーティファクト貰ったでしょ!」


「ああ、それにはお前も一緒にいたろ」


「それでさ……そのアーティファクトは自分1人じゃダメじゃない?」


 言いにくそうにモジモジとする。

 ここに来てようやくジはエが何を言いたいのか理解した。


「……悪かったな」


「……何が?」


「そんなこと悩ませて、言わせて」


 エスタルに貰ったアーティファクト。

 それは他人の魔獣からも魔力を受け取れるという代物であったけれど、互いに信頼している相手で許しを得なければならない。


 当然ながらエやライナスなんかのことは浮かんだ。

 アーティファクトを貰った場で言っちゃえばよかったのだけど言い出せなくて、その後も機会は逸したままだった。


 エの方もてっきりジにお願いされるもんだと思ってた。

 快く引き受けるつもりだった。


 でも実際には声をかけられないまま時間が過ぎた。

 ちょっとだけ拗ねた。


 そして不安になった。

 ジにとって自分は信頼の足りない人なのかとか、もしかしたらエではなくてリンデランの方に頼んだのかなとか考えた。


 ジの力になりたかったのにそれに及ばないんじゃないかと思っていたらそれをオロネアに見抜かれてしまって、愚痴ってしまったのである。


「どう言ったらいいのかな?


 俺の初めての、契約者になってくれないか?」


 力を貸してくれだといつも力貸してくれてるし、どう表現してお願いすべきか難しい。

 初めての契約者になってくれってのもなんだかおかしいけどまあいいか。


 エが笑顔になったし、どんな言葉であれ意図が伝わればいい。


「もちろん!


 ふへへっ、しょうがないなぁ〜」


 初めてというならまだ誰にも先を越されていない。

 小躍りしたいぐらいの気持ちでエはジのお願いを引き受けた。


「それでどうやるの?」


「手を出して」


「手?」


「えっと、こう」


「こう?」


 スッとエが手を差し出した。

 手のひらを上に向けて出してくれたのだけどジは相手に手のひらを向けるように出してほしいとジェスチャーする。


「ちょっと指を開いて」


「うん。


 えっ!


 ななな!」


 軽く開いて向けられたエの手にジは自分の手を合わせて指を絡ませる。

 恋人がやるような手の繋ぎに似ていて、ボンっとエの顔が真っ赤になる。


 信頼してたら親密な手の繋ぎ方をしていても大丈夫だろう。

 そんな思惑があるとか、ないとか。


 当時のドラゴンがどんな考えを持ってこんなやり方にしたのかは知らないけど手を恋人のように繋ぐことが必要だった。

 エだからいいけどライナスにもやってもらおうと思うとゲンナリする。


 これもまた言い出せなかった1つの原因でもある。


「ほ、ほんとに……ひ、必要なことだよね?」


 髪と同じぐらい真っ赤になったエ。

 アーティファクトを言い訳に手を繋ぐことを迫るなんて、可愛らしいといえば可愛らしいけどジはそんな卑怯な真似はしない。


 またジは大きくなっている。

 剣の鍛錬で固くなった手のひらに小さくて、いつの間にか同じになっていたのに、またいつの間にかほんの少しだけジの方が大きくなっていた背。


 目の前にこんなふうに立つ機会なんて滅多にないからこうするたびにジが男の子になっていくのを感じる。


「シェルフィーナを呼び出して」


「う、うん……」


 エがフェニックスのシェルフィーナを呼び出す。

 炎にもエの髪にも似た赤い鳳。


 知性を感じさせる優しげな目でジを見てゆっくりと頭を下げた。

 なぜ毎回ジに挨拶するのか不思議だけど丁寧な性格なんだろうととりあえず思っておく。


 そしてジはフィオスを呼び出す。

 シェルフィーナはフィオスにも一礼をする。

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