第2話 次の競輪の神様だと・・・?
声の主を見て驚いたアリサ。自分しかいないはずの部屋に、一人の少年が立っていたのだ。
年齢は十歳くらいで、サラリとした金髪。服装はこれから七五三に神社へ行くのか、少し高そうなジャケットにシャツを着て、『コナン君か?』と言いたくなるような短パンを履いている。見た目は子供でも、十年後には同世代の女性の目をくぎ付けにしそうな整った容姿である。
「誰ですか?」
少年に対し、思わず敬語で話しかけたアリサ。だが、自分より年下ながら、勝手に人の家の中に現れたのだ。不審者としか言いようがない。
「私は競輪の神様だ」
その少年は何の迷いもなく、躊躇せず、堂々と宣言した。
が、それを聞いて唖然としているアリサだが、すぐに我に返る。
「キミ、ここはよその人のお家だよ?勝手に入ってきたらダメだよ?」
目の前の現実が受け入れられないながらも、どうにか正気を保ち、少年へ優しく問いかけるアリサ。ちなみに、これが五十代の小太りな男性だったなら、容赦なく魔法で攻撃したが。
「むう。信じていない様子だな?なら、よい。証拠をお見せしよう」
少年はアリサに向かって手をかざす。
「えっ!」
まさかとは思ったが、そう思ったときには手遅れだった。アリサは一瞬にして、眩い光に包まれた。
「はっ!」
次にアリサが気づいたとき、そこは彼女のアパートの一室ではなかった。
じめっとした空気だが、晴れていて暑かった。そして、その空の下、多くの人がそこにはいた。
そこは競輪場だった。
「ここって・・・?」
「君のいた世界では来たことがないかな?ここは岸和田競輪場だ」
「岸和田?」
そう言われて、過去を思い出そうとするアリサ。
岸和田競輪場は、近年は高松宮記念杯競輪の開催地として有名だ。しかし、アリサ自身は過去に数えるほどしか訪れたことしかない場所だった。
母・雷鳴なら何度も来ているだろう。だが、アリサの記憶では、確か中学二年生のとき、母と一緒に訪れたのが最後のはずだ。そのときは高松宮記念杯競輪ではなく、岸和田の記念競輪(GⅢ)のタイミングだった気がした。今のような初夏ではなく、冬の寒い時期だった。
「説明しよう。ここは君が暮らしている世界とは異なる世界線だ。『平行世界』とでも言おうか?」
「待って!君は本当に『競輪の神様』なの?」
競輪の神様は前回のバトル後に消滅したはず。だが、自分自身はこうして異能の力によって、またもや並行世界に来ている。そんな質問をするだけ無駄なのかもしれない。
「君が信じられないのも無理はない。だが、それは前任者が消滅したに過ぎない」
「何ですって?」
自称・『競輪の神様』少年の言葉に驚愕するアリサ。
これまでの競輪の神様は、老紳士だった。しかし、前回の勝負直後、文字通り『消滅』した。しかし、それで終わりではなかったということだ。
「では、早速で申し訳ないが、ルールを説明しよう」
競輪の神様少年は早くも今回の勝負内容の説明を開始する。
「待って!」と、それを引き留めるアリサ。
「おや、何か問題でも?」
キョトンとする神様にアリサは詰め寄る。
「じゃあ、何?前回までのお爺ちゃん神様はいなくなったけど、キミが後釜ってことなの?」
「ああ、理解が早くて助かる」
神様は嬉しそうに微笑む。態度がデカいのは前任者と変わっていない気がするが、この可愛い笑顔だけがせめてもの救いか。この笑顔だけなら、神様というより天使ともいえるが。
「じゃあ、私は君との勝負に勝たないといけないのね?」
「そういうことだ。では、改めてルール説明を。今回の高松宮記念杯競輪の決勝戦において、二車単で勝負だ。そうだな?僕も引き継いだばかりだし、軽めにいこう。軍資金は五千円用意した」
競輪の神様は、そう言って五千円札を一枚差し出してきた。
簡単に五千円札を差し出してきたが、この五千円を稼ぐために大人がどんな苦労をしているのか知っているのだろうか?
「五千円。これだけ稼ぐには、どれだけ働かねばならない?そうは思わんかね?だが、その五千円を躊躇なく競輪に使うのだ。人間とはよくわからん生き物だよ?そうは思わんかね?お姉さん」
「ぐぬぬぬっ・・・!」
言いたいことを先に言われ、更に痛いところを指摘されてしまい、反論できなかったアリサ。
「そうだ。ギフトを与えよう」
競輪の神様は何か書類のような物を差し出す。それは岸和田で発売されている競輪専門予想紙だった。
「そうだった。ここは関西では専門紙は横書きだが、平気かな?」
アリサに確認する神様。
競輪専門予想紙という物は、西日本と東日本とで紙面の構成が異なる。
選手のデータ(直近の成績など)やレース予想が記載される専門予想紙だが、西日本はそのデータが横書きで、東日本が縦書きになっている。
「多分、平気よ・・・」
アリサは専門予想紙を受け取った。
「今までのように、決勝戦の締切時刻に会おう。今日の16時27分だ。そこで君の答えを聞く。健闘を祈るよ」
そう言い残し、競輪の神様は岸和田競輪場内の人混みの中に消えていった。
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