第38話 メイクは大変。
「……ここが、雲原邸……」
僕は今、雲原の家の前にいる。
僕はメイク道具やらウィッグやらを詰め込んだキャリーバッグをなんとなく握り直してインターホンを押した。
「雨宮くん、いらっしゃい」
「直人遅い!」
「義兄さんいらっしゃ〜い」
「……お邪魔、します」
すでに先に来ていた千夏と向日葵も出迎えて僕はいざ戦地へと足を踏み入れた。
「雨宮直人」で会うのはどうしても緊張する。
ましてや学校ではほとんど会話なんてしない。
女装時はなんともないのに、なぜだろうか。
「雨宮くん……いや、雨宮先生、お茶とお菓子です。どうぞ」
「……先生って呼ぶのやめて……」
なんか歯痒い。
「じゃあ直人せんせー」
「千夏も悪ノリやめてね?」
本来は「三宮なお」の状態で行くつもりだった。
だがしかし、せっかくならビフォーアフターも見たいとか言い出したのが千夏。
さらに悪ノリしたのが向日葵。
向日葵の「義兄さん可愛い弄り」はどうにかならんものか。
僕の最近の悩みである。
「私がメイクしてあげてた時より化粧品ずいぶん増えたね〜」
「まあ、色々と必要になったりもした、から」
最初は買いに行くも恥ずかしかったが、最低限の女装して行けばそれほど恥ずかしくないことが判明してからはちょくちょく買ったりしている。
「わたしより多い」
向日葵は僕の化粧ポーチを漁りながら目を輝かせている。
「雨宮お師匠、流石です」
「……」
雲原はあれだな。
真面目に言ってるんだよな。うん。
茶化す気とかなく「先生」とか「師匠」とか付けてんだな。
素直というかなんというか……
「なぁ、とりあえず女装してもいい? なんか精神的に耐えられないんだが」
雲原の部屋は思いのほか「女子」って感じの部屋だ。
ぬいぐるみもベッドにあったりするし、千夏の部屋とは違う。
ファンシーとでも言うのが正しいか。
しかしファンシーというほど地雷臭もしない。
「男子が妄想する女子の部屋」である。
そんな中でワイワイキャッキャな女子高生3人に囲まれた陰キャ形態の僕はあまりにも場違い。
今なら有栖川さんの事務所が天国に感じられる事だろう。
あの生活感満載なほどよい汚さとか。
「いいよー」
「トイレってどこ?」
「え? 直人ここで着替えたりしないの?」
「……」
ここでパンツ一丁になれと申すかこの幼馴染……
鬼畜過ぎる。
「雨宮お師匠、ここは私たちが部屋を一旦出ますのでとりあえずお着替え下さい」
「あ、うん。……ありがとう」
カオス過ぎる。扱いもだしなんかもう色々と。
それでもとりあえず3人が部屋を一旦出たので僕は女子服に着替えた。
今日は「三宮なお」特化の服を用意してある為、清楚系の服がメインだ。
「着替え終わった」
「昔は直人に無理やり女性服着させて遊んでたの思い出す〜」
「洗顔してくる」
顔面はまだ普通の状態だからより恥ずかしい。
僕は女装した状態で洗面台を借りて洗顔して部屋に戻った。
メイクをするのも大変なのである。
「恥じらう義兄さん可愛い」
「お師匠……なんか、なんとも言えない背徳感がある……」
「……とりあえず始める」
弄りを無視して化粧水と乳液でスキンケア。
もう突っ込んだら負けだ。
向日葵がでへでへしながら観てくるが無視。
なんか向日葵の性癖が千夏のせいで歪んでいっている気がする。
お義兄ちゃん、心配よ向日葵。
僕はとりあえずメイクを始める前に邪魔な髪の毛をウィッグネットを付けて弊害を無くす。
「義兄さん、でこちゃん、可愛い」
「向日葵、やめて恥ずかしい」
「お師匠、頭の形綺麗だね」
「……ありがとう?」
適当に流しつつ日焼け止め、下地、コンシーラー、パウダーファンデーションを終えてひとまずベースメイクを終える。
世の男子は何を言っているのか全くわからないだろう。
大丈夫。僕もそんなに対してわかってない。
ドラク○なら新しい呪文だと言ってもきっとバレないレベル。
とりあえずこのベースメイクというのがプラモデルで言えば組み付けは終わったみたいな感じ。
こっから細かな塗装したりシール貼ったり車外の部品付けたりがアイシャドウとか眉毛描いたり目元や口紅とかの工程となる。
要するにメイクはとにかくめんどくさい。
世の女性って凄いって思いますはい。
「義兄さん、可愛い……」
「ひーちゃん、鏡越しにガン見するのやめて。恥ずかしいから」
「なおちゃん、可愛い〜」
「千夏、やめてね?」
「お師匠、乙女」
「一応男なんだけども」
肩から3人の圧を感じるし鏡越しで見られるしで恥ずかしい。
どんな羞恥プレイだよ罰ゲームかこれ。
「雲原さんにメイクを教えると言っても、特別な事はなにもしていないから、そのまま自分のメイク続けるよ」
「お師匠の技を見て学びます」
「……頑張って」
「三宮なお」の時のメイクはベースに時間が多少かかるくらいで、後はテープで二重まぶたにしてアイメイクと眉毛描いてってくらい。
「月宮れお」は地雷系のファッションとかストリート系ファッションだったりともっとメイクも時間がかかる。
個人的には「月宮れお」のファッションの方が楽しい気がするからどっちもどっちだけど。
「っと。あとはウィッグ被ってほぼ終わり」
「おお〜! 義兄さん可愛い」
「ひーちゃん、いちいち可愛いを連呼しないでちょうだい。恥ずかしいの」
向日葵がぶーぶー言いながらそれでも可愛いと言い続ける。
僕は非常に複雑な心境である。
「お師匠、これだけ、ですか……」
「ええ。そうよ」
ウィッグもブラッシングを終えて完成。
ちなみに黒のストレートしかウィッグを付けないのは手入れが楽だからである。
コスプレイヤーさんとかならキャラに似せる為に時間もかかるからさぞかし大変だろう。
「雲原さん的には物足りないかもしれないけれど、これくらいで丁度いいって言うのが男子的な感想? かしらね。ベースメイクさえある程度自然に仕上がってたら問題ないわ」
ぶっちゃけ、男からすればメイクにどんだけ時間使ってるかなんてわかんないし、パッと見で綺麗ならそれでいい。
黒のストレートのウィッグで頬の輪郭とかぼかしてれば男だとまずバレない。
女の子でも丸顔が嫌で髪型を工夫して隠してたりするし、見せ方は自由だ。
「まあ、10代の女の子を装うメイクならの話だけどね」
年齢や服装によってもメイクは変わる。
肌の具合によっても変わるからさらに大変だけど。
「じゃあ今度は雲原さんね。とりあえず洗顔してきて」
「はいお師匠」
そうして洗顔に化粧水、乳液、日焼け止めを終えた雲原。
雲原は元がそもそもいいし二重まぶただ。
僕の場合は印象を変える為に一重から二重にしているだけだからまぶた以外を同じ工程でメイクしていく。
「……」
綺麗な肌を僕の目の前で晒す雲原。
目を閉じてじっとしているとはいえ、思春期の女の子の顔面が普段使っているスマホとの距離よりも近い。
「なお〜いやらしい気持ちになってるでしょ〜」
「……単純に他人にメイクをするのが初めてだから緊張しているだけよ」
「……義兄さんの初めてがっ! ……」
「なんでそこで残念がるのよ……」
僕はどうにか煩悩を取り除き雲原のメイクに専念する。
千夏のちゃちゃ入れにも耐えてなんとかメイクを終えた。
「……どうかしら? 雲原さん」
「ナチュラルなのに品があって……これ。これですお師匠!」
「そう。良かったわ」
「なおちゃん! わたしもやって!!」
「……顔洗ってらっしゃい」
その後の向日葵はほとんど変わんなかった。
そもそも色白だし
「ふふん♪ なおちゃんとお揃い」
「義姉妹だもんね〜」
「ね〜」
でも向日葵が上機嫌なので良しとしよう。
ちなみに、向日葵のメイクは雲原より緊張した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます