第33話 家庭環境。

 中間テスト最終日。

 午前中で終わった学校という開放感からかクラスの雰囲気は明るい。


 三好香耶も今日は堂々と彼氏くん(たけふみ)とデートができると笑顔である。


 僕は昨日と同じように千夏に向日葵を頼んですぐに家に帰った。


 昼間は暇になるが、夕飯の準備を事前に済ませておかなければならない。


 学生であり総長であり作家であり主夫である僕はそこそこ忙しいのである。


 ついでにアラサー女上司の面倒も見なければいけない。


 てきぱきと家事炊事をして女装を済ませて呼んでいた本郷がバイクで家に来た。


「ありがとう本郷」

「いえ」


 本郷も今日は隊服を着用している。

 とりあえず本郷のバイクの後ろにまたがり昨日の廃墟へと向かう。


 月下組という名前の団体ではあるが、暴走族ではない。


 うるさいマフラーは恥ずかしいからと止めさせた。

 うるさくて恥ずかしいマフラーに金を掛けるより性能やタイヤなどに金を掛けさせた。


 暴走族と判断されると警察との小競り合いが面倒だったし、普通に街中を走ってて恥ずかしい。


 最初は皆が「あの爆音がいいんっすよ」とか言ってたので、仮面ライダー達がなぜカッコイイのかを話した。


 さらに白バイ隊員のバイクのカッコ良さを分析して教え込んだ。

 ちなみに白バイ隊員で良い人はバイクをめちゃくちゃ褒めるとつい嬉しくて甘くなるのでみんなめ褒めるようにと言ってある。


 実際かなりいじってある白バイ隊員のバイクはバイク好きからすればかなりの価値があるらしい。


 僕はバイクに興味がないのでどうでもいいが。


「着きました」

「ありがとう本郷」

「……にしても、こんなとこに1人で入っていってお嬢に何かあったらどうするんですか」


 本郷は寂れた廃墟を眺めながら僕に説教を始めた。

 本郷のこういう過保護なところは勘弁してほしい。


「その時はその時よ」

「……次こんな事あったら勝手に着いてきますからね?」

「テスト結果で私に勝ったら同行を許すわ」

「……精進します」


 僕と本郷が入るとすでに男A、Bは中にいた。

 スマホで確認するとたけふみもこちらに近づいているようだった。


「……ほ、本郷武明……月下組、副総長……マジかよ……」

「本郷、あなた有名人ね。よかったわね」

「……怯えられてて良かったもなにもないですよお嬢」


 大柄で体格もいい本郷にビビりまくっている男A、B。


「あれれー。たけふみきゅんがいないわよー」

「い、今から来ますっ!」

「ほんとっす! 信じて下さい!」


 2人とも土下座して許しを乞うている。可哀想に。


「他の組員は?」

「20名ほど後で来ます」

「十分ね」


 他校の組員もいるし、テスト期間がまちまちだったりするため、今日集めたメンツはテスト期間が終わった組員だけである。


「たけふみ! なんでこんなとこ入らなきゃ……え? なに? どういう事? ……」


 騒がしく入ってきた三好香耶。

 そして暗い顔をして続けて入ってきたたけふみ。


 たけふみが本郷の顔を見て顔面蒼白になっていた。

 ……本郷、どんな噂なのよ。

「なにわの本郷」みたいな通り名とかあるのかしら。


「たけふみ君。罪人の連行に感謝するわ」

「ちょっとたけふみ! どういう事?!」

「うるさい」

「痛っ!」


 たけふみが三好香耶の背中を突き飛ばし、三好は埃だらけの床に転んだ。

 制服は汚れ、短いスカートからは黒のレースの下着が丸見えとなった。


 そして組員たちも到着したのか、バイクの音が次々に外から聞こえてきた。

 その音に困惑し怯え始める三好香耶。


「ねぇ……たけふみ……たけふみっ!」


 涙目になる三好。

 下を向くたけふみ。


 続々と入ってくる組員たち。


 組員全員が入ってきたのか、廃墟の両端に並んで立つ組員たち。


「「「「「「お嬢! お疲れ様です!!」」」」」」


 組員たちの大きな声での挨拶にビクッと震える三好。


「みんなごめんね。せっかくのテスト明けなのに」


 僕はそう言ってゆっくりと三好の元に歩いていった。


「さてと三好香耶。初めまして。私は月宮れお。月下組を率いる総長なのだけど、今日は貴女に用があってね」

「……月下組……」


 名前は知っているのか、困惑と恐怖が滲んでいる。


「私には貴女と同じ学校に友達がいるの。雨宮向日葵って子なんだけど」


 僕がそう言った瞬間、三好の顔は凍りついた。


「ち、違うのっ!!」


 今の状況を理解したのだろう。

 急に言い訳を始めようと三好を僕は黙らせた。


「貴女こ言い訳を聞く為に呼んだんじゃないわ。知りたい事はもう知っているの」


 そう言って僕は1歩近づく。

 座り込んだまま震えている三好が手を着いて後退り、床の埃を引き摺った。


「三好香耶、母子家庭。母親は頑張って若作りしてキャバクラで働いていて、よく男を家に連れ込んでいる。父親は蒸発。母親の男関係で何度か警察沙汰になっている。強姦されかけた事もあるそうね。なかなかにハードな家庭環境ね。素敵だわ」


 僕は調べた情報をざっと並べてまた三好に1歩近づく。


「だからと言って人を虐めていいとは限らないわ。ましてや女の髪を切ろうとするとか、私には理解出来ないわ」


 そうして僕はハサミを取り出した。

 美容師が使うようなハサミではなく、家庭用のハサミだ。

 使い古していて切れ味も悪い。


「なので、とりあえず貴女の髪を切ってみる事にするわ。汚い金髪なのだし、べつにいいわよね?」


 因果応報。勧善懲悪。

 巡り巡って自分に帰ってくる。

 とても素敵な言葉である。


「い……嫌……こ、来ないで……」


 また1歩近づき、三好は1歩下がる。


「た、たけふみ……助けて……」


 三好の呼びかけに対してたけふみは下を向いて無視をした。


「たけふみっ!!」


 だが三好の悲痛の叫びはそれでも届かない。


「貴女を助けてくれる人は誰もいないの」

「……嫌っ」

「たけふみ君は貴方を見捨てたの」


 僕は終始笑顔で三好に話しかける。

 三好は顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら、僕に土下座をした。


「……ごべんなざい……ごべんなざい……」


 埃と汚れの酷い床に頭を擦り付けて震える声で謝り続けた。


「私に謝っても意味はないわ」


 謝って済むなら警察は要らないし、こうして月下組を率いて囲んだりする必要もない。


「どうしてひーちゃんを虐めたの?」


 僕はしゃがんで頭を下げる三好を見つめた。


「……羨ましかった……から……」

「なにが?」


 汚い床には涙を含んだ埃が滲んでいく。


「……綺麗で……可愛くて……羨ましかった……」

「そうよね。ひーちゃん可愛いわよね。長い白髪は綺麗だし、クリっとしたお目目と白いまつ毛。肌も透き通る白さだし尊いのよね」


 僕はうんうんと頷きながら答えた。

 ついでに手に持っていたハサミもじょきじょきしながら。


「可愛いくて羨ましかったならなんで仲良くなろうと思わなかったの?」


 僕はあえてこの質問をした。


「……立川に、逆らえなかった……から」

「そうよね〜。親が議員だしなんか偉そうだし、取り巻きとかも面倒くさそうだしね〜」


 三好は俯いて小さく頷いた。

 三好も立川も顔はそこそこ良い部類。


 2人がメインでつるんでいれば目立つしクラス内での力関係をコントロールできると立川は踏んでいたのだろう。


「三好香耶、貴女は頭が悪いわ。とっても頭が悪い」

「……だって……」

「だって何? 家庭環境が悪いから仕方がない?」


 僕は立ち上がって両手を広げた。


「ここに居る私の組員もほとんど貴女と同じような経験があるわ。でも貴女より頭が良いし、悪い事もしない」

「…………」

「三好香耶、貴女にチャンスをあげる」


 悲劇のヒロイン顔が気に食わない。


「学校で向日葵に謝る事。みんながいる前でね。そうして向日葵が許してくれたら、私は貴女が立川に怯えなくて済むように手助けしてあげる」


 力なく顔を上げた三好。


 クラスのみんながいる前での謝罪。

 それはつまり立川を裏切るという事。


 それを知っているのか、了承する事を躊躇している。


「貴女がこのまま過ごしてて、将来がどうなるかわかる? 貴女は貴女の母親と同じ事になるわ。もしかしたらもっと悲惨かもしれない。体を売って過ごす? 権力者に怯えて日陰で生きる? 貴女はどうしたい?」


 小さな拳を握り締める三好。

 カラフルなネイルが手のひらにくい込んでいる。


「…………くなぃ…………」

「聞こえない」

「お母さんみたいにっ……なりたくないっ!!」


 小さな子供みたいに泣きわめく三好。

 三好の母との生活は苦痛だったのだろう。


 僕は泣いている三好を抱きしめた。

 そのまま頭を撫でながらもう片方の手で背中をさすり、落ち着くまで待った。


 組員たちが何名か釣られて後ろで泣いている。


「三好香耶。泣き止みなさい。泣いてる場合ではないもの」


 僕は立ち上がって三好に手を伸ばした。


「貴女に誰も味方がいないなら、私が貴女の味方になるわ」


 僕を見上げた三好は弱々しくも手を伸ばした。

 そうして僕の手を握った。

 僕は三好を引っ張り上げた。


「もう。顔がぐちゃぐちゃじゃない」


 僕はハンカチを渡して涙を拭かせた。

 小さく「……ありがと……」と言ってもまだ涙声だった。


「そこのオス3匹も月下組に入れる事にしたわ。本郷、適切な組員を宛がって根性を鍛え直して」

「了解しました」


 ぽかんとしていたたけふみたち3人。


「とくにたけふみ君は自分の彼女を助けようとしなかったから、徹底的にね」

「はい」


 僕は組員たちに向き直った。


「月夜の下で善行を」


 心臓を2回叩きながらそう呟いた。


「「「「「「月夜の下で善行を!!」」」」」」


 埃だらけ廃墟に猛々たけだけしくスローガンが響いた。

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