第23話 女子会パーティ②
「美味ひー!!」
「美味しいね」
サーモンのカルパッチョやカプレーゼ、白身魚のムニエルなどを頬張りながらニコニコの千夏。
他にもいくつか作ったが、みんなでやったわりに中々に出来が良い。
「火加減、心配だったけど、ちゃんと美味しい」
「レシピでは火加減の感覚って分かりにくいものね」
フライパンを熱する火をじっと見つめる向日葵は可愛かった。
屈んでお口をキュッと閉めて睨み付けている向日葵は微笑ましい。
「うちの店長が作ってる料理によってはもっとシビアな火加減とかあるって言ってたわ。ひと時も目を離せないレシピとか」
「店長さん、どこかのレストランで働いてたりしたのかしら?」
「そうだと思う」
そう言いながら白身魚のムニエルをフォークとナイフで丁寧に口に運ぶ雲原。
その上品さにそこはかとないエロスを感じる仕草。
勉強になります。
「いざスウィ〜ツへ!!」
「ちなっちゃん食べるの早っ!」
ハニーマスタードチキンを咀嚼していた雲原が目を丸くして千夏を見ている。
普段学校ではお話しながら千夏と雲原と向日葵の3人でお昼は食べているからそこまで気にならなかったのだろう。
「向日葵ちゃん、美味しい。向日葵ちゃんの味がする」
「……幼馴染だけど、通報するしかないようね」
「いやいやなおさんや、これは美食家としての食レポであるわけですよええ」
「ちなっちゃん、大丈夫? 救急車呼ぶ?」
「雲ちゃん、真面目に心配しないで」
「ち、千夏ちゃん、なんかごめんね? わたしの汗とか髪の毛とか入ってた? 異物混入は気を付けてたんだけど……」
「全く入ってないから大丈夫だよ向日葵ちゃん。いやむしろ入ってて欲しい。向日葵ちゃんのエキスを……」
雲原が千夏の豹変ぶりに若干引いている。
学校ではもう少しまともなのだが、他生徒の目が無いとこうして可愛い子に対してのセクハラが出てくる癖がある。
そのせいで僕は女装をさせられた訳でもある。
千夏も一人っ子であり、姉妹に憧れがあったらしいのだが、今ではこんな残念な癖に変わってしまったのである。
非常に残念なやつである。
「そういえば3人は幼馴染なの?」
雲原が質問してきた。
まずいな、そういえばそこの擦り合わせはしてなかった。
うっかり「幼馴染を通報」なんて言わなければ余計な詮索を今されることもなかったかもしれない。
仕方がないので即興で設定を作るしかない。
「私と千夏が小学校からの付き合い。私と向日葵は中学で同じだったわ。と言ってもひーちゃんとは少しの間しか居なかったけど」
自然な目配せで向日葵と千夏に話を合わせるように促した。
千夏とは確かに幼馴染だが、それは「雨宮直人」である。だが知っている情報を扱うならこっちの方が都合がいい。
逆に向日葵とは同じ屋根の下で暮らしてこそいるが、向日葵のそれまではほとんど知らない。
体質や性格からある程度の出来事は想像できるし、それだから今こうして女装してまで一緒にいる。
「私が途中で引っ越したから」
「でもこうして一緒にいるっていいわね」
「ええ」
重ねた嘘に悪意はない。
その嘘に罪悪感すら抱けなくなった僕は人として駄目かもしれない。
「ひーちゃんが笑ってるのを見るのが好きだもの」
隣でお菓子を食べて頬をたらして幸せそうにしている向日葵を見てそう思う。
これは「三宮なお」としての感情であり、「雨宮直人」としての感情かはわからない。
でも、誰かにとっての当たり前を向日葵が一緒に共有しているのは純粋に嬉しい。
向日葵には僕みたいになってほしくない。
だから向日葵には笑っていてもらわなければいけない。
「わたしもなおちゃんと居るの好きっ」
そう言って抱き着いてきた向日葵。
紙切れ1枚の義兄妹。
それでも今だけは友達。
華奢な体から伝わる体温は食事中だからかあたたかい。
「ひーちゃん、口元に付いてるわよ」
僕はそう言ってハンカチを取り出して向日葵の口元を拭いた。
1日しか違わない誕生日なのに、手のかかる義妹である。
まあ、千夏のようにアホみたいな付着の仕方はしていないから良いけれど。
「雲ちゃん、私たちもイチャイチャする?」
「……なぜそうなるのよ……」
「いやなんとなく」
「千夏ちゃんも真琴ちゃんも仲良いね」
向日葵が2人を見て微笑むと千夏が雲原に抱き着いた。
千夏、こんなに見境なく百合百合するやつだったのか……
「雲ちゃん、向日葵ちゃんの笑顔が眩しすぎやしませんか」
「ええ。浄化されそうだった。ちなっちゃんの穢れのお陰で持ちこたえられたわ。ありがとう」
「それどういう意味?!」
楽しげな女子会。
食べて飲んで話して笑って。
出会ってまだ日が浅いのに、ここにいるみんなは楽しげに笑っている。
それは向日葵にはできて、僕にはできない事。
向日葵は体質さえなければ、もっと周りにたくさんの人がいてくれるはずの人間。
千夏も雲原も、向日葵と仲良くしたくて、守りたくて微笑んでくれる。
向日葵が笑っていられる間は、きっとふたりは離れない。そう思った。
☆☆☆
『では先生、原稿の修正お願いしますね』
「わかりました」
お食事会も終わり陽が暮れて担当編集とのやり取りを終えた頃、自室をノックする音が聞こえてきた。
「義兄さん」
「入っていいぞ」
画面を素早く切り替えて向日葵を出迎えた。
お風呂上がりでほかほかの向日葵は、薄手のパジャマに黒縁メガネ。
カラコンも外して紅眼も晒している。
「どうした?」
とりあえずベッドに座らせて僕も隣に座り、話を聞くことにした。
少し様子がおかしい。
「そ、その……なおちゃんが義兄さんだって事、真琴ちゃんに言った方がいいのかなって」
「間接的にでも嘘を加担するのが辛いか?」
「……なんか、騙してるみたいかなって思って」
向日葵の為に僕が付いた嘘。
それで向日葵が罪悪感を感じてしまった。
「それに、眼の事も……」
向日葵の眼。
その事は僕も知らない。
なぜか千夏にもこの眼の事は隠している。
こんなにも綺麗な瞳なのに、なぜ隠すのかと疑問にも思う。
でも向日葵の体質を考えれば、それも納得してしまう境遇でもある。
知られたくないコンプレックス。
誰にだってある。
「向日葵が話したいと思うならそうすればいい。人には誰だって隠したい事とか、秘密にしている事はある」
向日葵は不安げな上目遣いで僕を見た。
「……義兄さんにも?」
「ああ。たくさんある」
「女装の事?」
「それもあるけど、向日葵も親父も優香さんも知らない事もある」
親父には小説の事と探偵助手の事は話しているが、月下組の事は教えていない。
「けど、墓場まで持ってくようなもんはない。人と関わってく上で話す事ものちのちあるし、向日葵にだってそのうち話したい事もある」
「……そのうち?」
「ああ」
「今はダメで、そのうちなら良い……」
「関係性の問題だ。結局」
人間だけが秘密を持ち、それを打ち明けるという行為ができる。
人間以外の動物は本能に従い生きている。
そこに嘘は必要が無い。
「ッ?! に、義兄さんっ?! ……」
僕は不意に向日葵を押し倒した。
覆い被さるようにして向日葵を見下ろした。
急な出来事に慌てふためく向日葵は動揺していて、怖がってもいる。
「たとえば、僕と向日葵の関係性は何?」
「……か、関係性……」
押し倒されて動揺している向日葵はそれ以上してこない僕に不信感を抱き更に動揺している。
「正解は紙切れ1枚の義兄妹。これは今のところ覆らない」
向日葵を押し倒しているにも関わらず反応しない自分に悲しさすら覚えた。それも他人事のように感じる自分は頭がおかしい。
「でも血の繋がりはない。子孫繁栄という概念だけで言えば問題ない」
我ながらロマンの欠片も無い発言である。
獣と変わらない原理。
「再婚によって暮らし始めた期間はわずか。義兄妹てしては浅いし、男女というには歪だ」
「……」
僕は向日葵から離れて立ち上がった。
そうして手を差し出した。
困惑しながらも向日葵は手を取り、僕は引き上げて向日葵を再びベッドに座らせた。
「安心してくれ。僕には性欲がほとんどない」
僕も座り直して下を向いた。
脳裏に母さんの顔が不意に浮かんで少し苛立った。
「秘密や隠し事を打ち明けるには、互いの関係性が大事だ」
僕は向日葵の眼を見て話を続けた。
「僕がたとえば向日葵の事が異性として好きだったとして、向日葵は今、どう感じる? 一緒に住み始めたばかりの他人。義理とはいえ兄妹。それ以上でもそれ以外でもない」
「……うん……」
「でももし向日葵が義兄である僕の事を好きで相思相愛であった場合、それは先に進む事が初めてできる」
そう言いながら、僕はなにをやっているのだろうとどこか考えていた。
ひねくれた告白だとしてももう少し痛々しくはないだろう。
1番悲しいのは、こんな事を平然と義妹にして説明している自分の姿だ。
もっと上手い示し方だってあっただろうと思いながらも話を続ける。
「秘密を打ち明けたいなら、相手ともっと親しくなれ。時間を共にしろ。受け入れてもらえるように傍にいろ。打ち明けるのはそれからだ」
酷な事を言っていると同時に自覚した。
僕には出来なかった事を押し付けているのだから。
出来なかったから、こんなにも僕には「名前」がある。
僕が僕のままでは受け入れられないと決めつけてしまっている。
だからこそ、僕は都合のいい名前と姿で生きている。
「まあ、安心しろ。千夏も雲原も、向日葵を裏切るような事はしないだろうし」
「……それは、「なおちゃん」も? ……」
向日葵は僕を見た。
でも見ているのは「三宮なお」だった。
「そうだ。そもそも「三宮なお」は向日葵の友達第1号だぞ?」
そうして少し俯いて、それから向日葵は頬を弛めた。
「うん」
「だから慌てなくていい。向日葵が千夏たちと一緒に居れば、いずれ自ら話す時が来る」
「……わかった」
「ほれ、今日はもう寝ろ。お肌に悪いってなおちゃんが怒りにくるぞ」
「はーい」
落ち着いた向日葵は自室へと戻って行った。
僕もなぜか安堵してどっと疲れが来た。
向日葵と向き合っているようでいて、何人もの自分と向き合わされているような気持ちになった。
「……疲れた」
そうして僕も眠りに着いた。
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