第147話・お下品ですわ!
「本当に
頬に流れる汗を感じながら、ティラノは作戦内容を確認する。その眼は驚きに見開き、言葉は語彙力を失っていた。
「もちろんざますわ」
「マジかよ……マジで……勘弁してくれよ……」
両手で頭を抱えしゃがみ込み、悩み始めるティラノ。『みなさん、ちょっとよろしいかしら?』とみんなを集めたメデューサの口から出た戦術は、あのティラノが
「ふっ……いくら相談しても無駄ですよ。私のスピードについてこられる者などいません。
「ホント、やかましいヤツだな。誰のせいなんだよ、ったく」
「ティラノさん、あなたがやらなければずっとあのままですよ」
「なあ、俺様じゃなきゃ駄目なのか? アクロだっているのに……」
懇願する様に仲間を見るティラノ。しかし名指ししたアクロはすでに目を瞑って寝たふりをし、知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。
「駄目に決まっておろう」
「諦めるでヤンスよ。これはティラノにしか出来ないでヤンス」
「だってよう……この作戦なら、姉っちでもいいじゃねえか」
「あら、ティラノさん。私の代わりに魔法が使えまして? それにアクロさんが『ティラノ姉さんのかっちょよか所見たいっちゃ』って言っていたざます」
「うっ……。悪夢だぜ」
ティラノは気持ちを入れ替えようと、バシャバシャと顔を洗い始めた。そしてゆっくりと立ち上がり両手で自分の頬を“パンッ”と叩くと、小さく『ふう』と息を吐いて気合を入れた。
「さて、お待たせしましたキピオさん。捕まえて差し上げますわ」
「それは
――皆の視線が、一斉にティラノに向く。
「みんな恨むぞ……」
「ティラノ、目的達成の為に犠牲はつきものだぞ!」
「んじゃミノっちが……」
「断る!!」
ティラノがぼやきながら数歩進み出ると同時に、残りの四人がキピオを囲むように散らばった。各々が得物を構え目標を眼前に捉える。
「気合でヤンスよ!」
ティラノはキピオを見据えながら右足を引き、斜に構える。
「ディラノ、躊躇ずるなよ!」
腰を少しだけ落として膝を曲げ、そして上体を反らせた。
「おお、いけ、ティラノ!」
右手を頬にあて、左手を太ももの間に挟み……
「ティラノさん、今ざます!」
――そして
「うっふん!!」
「……」
辺り一面を包む微妙な空気と、呆気にとられ絶句する面々。メデューサの作戦とは言え、流石にこれは“いたたまれない”と言うべきか。
「だから嫌だったんだよ!」
「誘惑しろってそういうことじゃないだろう」
「それ言うか? ミノっちが自分でやってみろよ」
「断る!!」
ウチの知識がベースのティラノにとって、
「ならばここはワシの筋肉美を!」
「いやいや、オレのモフモフのしっぽでどうだ?」
「……もうなんでも良い気がしてきたでやんすよ」
「
呆気にとられたのはキピオも同様で、あまりに予想外なティラノの行動に言葉を失っていた。その隙を見逃さず、取り囲んでいたミノタウロス達が一斉に距離を詰める。
「なるほど、“奇抜な行動で隙を作りだす”ということですか。なんとも
――しかし、メデューサの本当の目的はここにあった。
「その余裕ぶっこいている不遜な態度が、あなたの弱点ざますわ」
「
ミノタウロスが突進する。リザードマンの爪が、ウェアウルフの牙が、キピオを捉えようと攻め寄せた。そして少し遅れて正面からティラノが距離を詰める。
「だ・か・ら・余裕なのですよ。この私の超スピードで……」
キピオが迫ってくる四人の間をすり抜けようと、軽くステップを踏もうとした時だった。
「こ、これは……
足が動かない、動けない。その時初めて、キピオは自分の足元の異変に気が付いた。
「残念ですわね。
「いや、断じて見惚れてはないが……
「ほんの一瞬の隙で良かったのです。さあ、観念してくださいまし」
「ふっ、だからと言って霊体の私には触ることが出来ませんよ! 触れられなければ捕まえられない。最初からあなた方の負けは決まっていたのです!」
足元を氷で固められて、さらには屈強な戦士四人に囲まれて、それでもなお威勢が良いスキピオニクス。
「んで、姉っち。こいつの言う通り触れないけど、この後どうすんだ?」
「彼らは『霊体だから触れられない』つまり、物理的な干渉が不可能だとしつこく印象付けてきました」
「だけど、実際触れられないでヤンスよ?」
「キピオは移動の際、水線を描いて移動していたざます。それはつまり、水面に対して物理的な干渉があったということ」
メデューサはキピオの足元を指差し、『そこ、触れますわよ?』とティラノに触れる様に促した。
「それに、凍るということは物理的な干渉が可能ということざます」
「お、触れた。足だけど捕まえたぜ!」
「つまりキピオ、
“水飛沫を立てずに水線だけ残して走る”
最初はみんな、絶対的な身体能力が生み出す超スピードで“水面を走った”と思い込まされていた。加えて触れられない身体。それらが相乗効果となり、“超絶”を演出していたということだった。そしてそれをフェイクだと見破らない限り、捕まえられないというトリック。……なんともウチ好みな戦術だ。
「実際は、単に“足だけが実体で軽かった”というだけのことですね」
「バレましたか。
「あらあら、お下品ですわ!」
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