4 日向の橘の小戸の阿波岐原

 ◆


「やっぱりさ、俺が見張っとくべきだった、とオジサンは思うわけよ」

「えー、でも窓口役な割に、そっち方面ダメダメじゃないですか、なおさん」


 むかえの車内でひろから事の顛末てんまつを聞いた運転手、正木まさき直人なおとが言うと、助手席のひろがずばりと一刀両断する。

 された側の直人なおとは、そのやたらとうっかりその筋にも見えそうな、ガタイのいい身体からだを少しばかりちぢこめて口を開いた。


「そりゃ、オジサン、単に顔が広いだけのしがない一般人ですからねえ……だからこそ、君たちみたいなうら若いお嬢さん達を夜にこうしてり出すのには申し訳なさがあるわけよ。でなきゃ、いくら紀美きみくんに持ち込んだからって簡単には車出さないよ」

「と言いつつ、なおさんに送りむかえしてもらったの、両手両足で足りないぐらいに思いますけど」


 正木まさき直人なおと

 紀美きみの数少ない一般人の友人で、なんなら同級生らしい。例に漏れず面倒見はとても良い。

 紀美きみが動く案件は同業者からおはちが回ってきたもの、最初から紀美きみが巻き込まれたもの以外は大体、この直人なおとを経由して頼まれたものであることがほとんどだ。

 ロビンいわく、仲介料取ったり、中抜きしたりしない善意のかたまり、そこは保証できる、とか。

 ちなみになおさん呼びは、紀美きみ直人なおとなおくん呼びしているせいである。


 まあ、そういう馴染なじみの人なのでひろ容赦ようしゃがない。

 織歌おりかとしては、まだ距離感をはかりかねているところがあるので、とりあえず大人しく後部座席で揺られている。

 は満足したらしく、あの後、自分が起点にしているに引っ込んでしまい、姿を見せていない。


「まだ今回はマシなやからってだけで、次同じような事があったら、やっぱりオジサン、見張りに立つわ」

「いや、それでなおさんに被害がいったら、それはそれでめんどくさいんで、マジでいいです。先生も珍しく怒ると思いますし」


 鋭さとしてもことわりとしても遠慮の一切ない返しをひろがすると、直人なおとは肩をすくめた。


「でもさ、俺、一応前に紀美きみくんからは、そうそう変な事にはならないよって言われてんだけど」

「えー、それって根拠はなんなんです?」


 それを聞いて、あ、と織歌おりかは思い当たる。


「いや、紀美きみくん、そこまでは言ってくれなくてさ」

「名前、特に使われてる音や漢字、じゃないですか、ひろちゃん」


 先程さきほど会った四人組の内、先行した二人があやうそうと織歌おりかが判断した基準は、その実、名前だったからだ。

 その観点から言えば、直人なおとという名前はあの二人の真逆なのである。


「……あーなるほど、なおがそうってことです?」

「はい。先程さきほどのあの四人の内、先行した津曲つまがりさん、勾田まがたさんのお二人はどちらも名前にの音がふくまれていたので、危険だなと私は思ったのですが」

「あのね、二人ともね」


 赤信号で車が止まり、慣性の法則のままに少しばかり身体からだが揺れる。


「できたら、専門家じゃないオジサンにもわかるように話して……」


 少しばかりわざとらしくねたように言う直人なおとに、ひろが仕方ないなあ、と言うようなため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る