2 起きながらの寝目

 ぶち、ぶっちん、ぐちゃり、ぐちょ。


 そんな、この場では霊能力者二人にしか聞こえない、肉厚にくあつさと湿しめり気を感じさせる音を立てながら、織歌おりかの腕にまとわりついた触手を食い千切ちぎってはその内腑ないふに収めていく。

 いや、織歌おりかとしても、五臓ごぞう六腑ろっぷがちゃんとあるのかはよくわからないけれど。

 とりあえず、が減らすたびに、織歌おりか微睡まどろむようなゆめうつつの感覚は、比例するようにうつつに寄っていく。


「うーん、視覚と聴覚が釣り合わない……もうちょっと優雅に食べません?」

織歌おりかが引き受けた時点でおれが食らうへひべきと確定してはいる。が、その分、すみやかにことを運ねば、織歌おりかが割を食うけだが?〉


 つっこんだひろに対して、もちゃもちゃとふくらませた白いほほを動かしつつも、はそう言う。

 ところどころ聞き取りにくいのはご愛嬌あいきょう、である。


「そういえば、皆さん、帰られました?」

「ええ。ついでに戻って来たらケツ蹴飛ばしちゃるって言っておきましたんで、大丈夫でしょう、あの一番どうしようもなさそうな津曲つまがりとかいう奴も」


 ひろは普段から割とくずれ気味の敬語だが、その実、中身はかなりたくましく切れ味もするどい、と織歌おりかは思っている。良くいだなたみたいな感じだ。

 というか、意外ととがっているので、ケツを蹴飛ばすという発言にも驚きはしなかった。

 兄がいるからか、年上の男性におくすことのないひろなら言うし、実際やる。


「そういえば、私、津曲つまがりさんとは一切会話してませんね」

「しなくていいですよ、あんなミーハー軽薄男。あわよくばナンパしてきますから」


 げえっと言わんばかりの表情を浮かべるのは、そういう事なんだろう。

 自分がはかなげな往年の少女漫画チック(ひろ談)なタイプなら、ひろはきりっとしたカッコイイできる女風のりんとした美人である、と織歌おりかは思うので、ナンパされるのもさもありなん。


勾田まがたさんは大丈夫でした?」

「ピンピンしてましたよ、懐疑心からみつく程度に。そもそも無理にひっぺがしたっても、織歌おりかがひっぺがすなら綺麗にはがれますよ。単純にひっぺがすのではなく、吸引しながらひっぺがす、みたいなもんなんですから」


 織歌おりかは本来、軽度の不幸体質である。なお、この場合の「軽度」は「体質」にかかるのではなく、「不幸」にかかる。

 周囲が軽い気持ちで気の毒に、と思うような不幸ばかり、織歌おりかには起きるのだ。


 鳥の糞害は序の口として、開けはなされた窓から飛び込んできたボールが大小さまざま何発当たったことがあるか。雨の日に決まって大きな水たまりを通過する車に何度水を浴びせられたか。


 結果として、はかない(他称)見た目にそぐわず、したたかになってしまった。

 ただ、それは紀美きみいわく、織歌おりか自身が周囲の不幸を寄せ集める上にそれを軽減して受け流す、避雷針ひらいしんみたいな特異点的力場になってるからとしか考えられない、らしい。


 そんな、不運な事に対する吸着力はピカイチと太鼓判たいこばんを押されている織歌おりかがいれば、並大抵の害意とか敵意とかけがれとか全部、織歌おりかのもとに集まるのである。


 ただし、強い意思や条件があるもの、ある種の必然の帰結はそれに限らない。


 今、織歌おりかの左腕を陣取っていて、順調にたいらげつつあるそいつがまさしくそうである。

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