14 立つ鳥は跡を濁さぬか

 ◆


「はい、そしたらまっすぐ帰ってくださいね」

「はい」

「ええ」

「……」

「……」

「そこのお二人、返事は?」


 にっこりとひろが笑うと、恭弥きょうやは、ぴっと背筋を伸ばして、はいっ、と若干涙の混じった声で返事をする。

 それを見た深雪みゆき渋々しぶしぶ、といったていで返事をした。


 場所はこの廃病院の正面玄関。

 あの後、ひろに連れられて、と言うよりは見張られて、悠輔ゆうすけ達はこうして寄り道することなく、正面玄関まで辿たどり着いたのだった。


「言っときますけど、わたし達はもう少し残りますので、戻ってきたりしたら、本気でケツを蹴り上げますからね?」


 五体接地法かますようなフィジカルの人間にケツを蹴り上げられたら、相当に痛いだろう、と思う。

 だが、悠輔ゆうすけはそんなものを味わうはめにならずとも、戻る気はさらさらない。そもそも仕方なく来たわけだし。


「か、唐国からくにちゃん、暴力はやめようよ……」

「えぇ……言って聞く気がないなら、恐怖による条件付けをした方が、互いの効率化じゃないですか? 論理をわかる気がないなら、感情でわかるようにしてもらわないと」


 やぶをつついた恭弥きょうやが、とんでもない発言を引き出した気がするが、今回はこちらが全面的に悪いので、悠輔ゆうすけは聞き流すことにてっする。


「あと、あの良ければ連絡先……」

「ほう、ナンパするだけの余裕はあると。残念ながら教える気はさらさらありませんが」

「たぶんこいつ、霊能力者と知り合いなんだぜ、って合コンでしたいだけなんで、それでお願いします」

「いやいや、唐国からくにちゃん、十分美人じゃん」


 恭弥きょうやの下心丸出しの言葉を悠輔ゆうすけが補足すると、当の本人がもっともろ出しな下心で反論してくる。

 しかし、ひろはふん、と鼻で笑って言った。


「そもそもわたしの好み、理知的な男性なので、かけ離れてるんですよ」

「……え、俺、理知的じゃない?」


 この場の女性陣全員から白い目が恭弥きょうやに向けられる。

 悠輔ゆうすけあきれた視線を送るしかない。


「……霊能力者の連絡先知ってるからって軽率けいそつな行動されるのもイヤなので、どなたにも連絡先は渡しませんからね?」

「ああ……そんな気はしてました」


 恭弥きょうやのことを完全に黙殺したひろが言い放ったのに対して、都子みやこが苦笑する。

 悠輔ゆうすけもそれには同意であるし、自分がひろの立場だったら同じことをする。


「これから先、平穏な人生を送りたいなら、わたし達の連絡先を手に入れるより、わたし達からの忠告だけ覚えておいてください」

「……肝に銘じます」

「絶対に忘れません」


 君子あやうきに近寄らず。

 悠輔ゆうすけは、今後は周りに流されずにそれを守りたいと思う。

 たぶん都子みやこも同じだ。

 恭弥きょうや深雪みゆきはただうなずくだけにとどまった。


 ◆


「ちぇっ、連絡先欲しかったな~」

「あんたは絶対相手にされない。諭吉ゆきち十人けてもいい」


 ぽつぽつとかろうじてまばらにある古びた街灯のある道を歩きながら、恭弥きょうや不貞腐ふてくされて落としたつぶやきに、深雪みゆきが深々とくぎを刺す。


「理知的じゃないだけじゃなくて、あたしを置いてくような意気地いくじなしでもあるわけだし」


 これは完全に根に持たれてそうだが、悠輔ゆうすけ恭弥きょうやかばう義理はない。

 残念だが当然の帰結であるがゆえに。

 ふと振り向けば、殿しんがり都子みやこが立ち止まって廃墟の方を見ていた。


島田しまださん?」

「……夢、見てたみたいだったなって、ちょっと思って」


 そう言って、都子みやこはこちらを見る。

 そういえば、都子みやこは何やら色々と聞こえていたようだった。

 確か、織歌おりかだけ、とは言っていたが、夢みたい、ということは、そうしたのが落ち着いたのだろうか。


「ちょっと、藤代ふじしろ都子みやこー、置いてくよ……津曲つまがりが」


 深雪みゆきの呼びかけに、前を向いた都子みやこが小走りに悠輔ゆうすけを追い越して、悠輔ゆうすけはその後ろを、どこか清々すがすがしさを感じながら歩みを進めた。

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